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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
三章・飛鳥
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   飛鳥の世界②

「なああああ! 疲れたあああ!」


 放課後。オカ研の部室で一日分の疲労を吐き出すように大量の息とともに声を出す。

 

 最近は色々と忙しい日が多かったけれどその中でも今日は際立って疲労した。

 いや、今日に限っては忙しかったわけじゃないのだけれどこう、精神的に疲れたというか……。

 授業中が一番気の休まる時間というのもまた珍しい。


「何なの今日は!? 皆して何で問題行動ばっか起こすのよ!」


 部室に一人なのを良いことに思いっきり嫌味を言う。

 こんな姿誰かに見られたら、私の威厳が保てないから絶対に人前では出来ない。

 絶対に――。


「よ、よお。こんにちは」

「っ! ひゃあああ!」


 部室の掃除用具入れから何故か優作が出てきた。


 な、何でこんなところにいるの!? 隠れていたの!?

 て、ていうか見られてた? え、嘘、勘弁。そうだわ、きっとまだ誤魔化せる。落ち着きなさい飛鳥。こんな状況こそ落ち着いて冷静に考えるの。


「おっほん、こんにちは優作。いい天気ね」

「ああ。えっと、そうだな。鱗雲が綺麗だ」

「ふふ、詩人ね。何事にも趣を感じられる感性は素晴らしいと思うわよ」

「……」

「……」

「それでさっき騒いでた事だけど」

「やっぱり無理だった!」


 ワンチャンあると思っていたのに普通に駄目だった。

 優作は私のさっきの行動をすべて見ていたようで、バツの悪そうな顔をしていた。気まずいのなら聞かなければいいのに、なんでわざわざ掘り下げるのよ……。


「悪い。俺もあいつらに協力しようとして掃除用具入れから飛び出すドッキリを仕掛けようと思ってたんだけど、タイミングが掴めなくて」

「この際ツッコみは最小限にしたいから続きを聞かせて」

「最近飛鳥が忙しくて部活に来れてないだろ? それを大変に思った鈴音が今日は飛鳥を元気づけるために皆で思い思いのドッキリを仕掛けようって話になってな。朝から全員で頑張ってたところだ」

「頑張る方向性おかしくない? え、あれわざとやってたの? 凄い高等な嫌がらせじゃない」


 まさか善意で朝からあんな行動をしていたなんて。

 でも多分鈴音がそんな話を持ち掛けただけで、全員本気で楽しんでいたわよね。特に節子は初めて知覧に一泡吹かせられて嬉しそうだったし。


 まあ、らしいといえばらしいか……。


「そのさ、生徒会長大変なのか?」


 優作からその単語で呼ばれて眉がピクリと動く。


 そう、私は無事に生徒会長になれたのだ。

 生徒会選挙では大門寺と競り合いになったけれど、辛くも勝利を収められた。

 それが最初は嬉しかったのだけれど、なってみると生徒会長というのは想像よりも仕事量が多い。今までも生徒会では多くの仕事をしてきたけど、会長になるとここまで負担がかかるなんて。

 前任の会長は凄い人だったのだなと今更になって実感することになるとは。


「大変だけれど楽しいかな。結構やりがいもあるし!」


 素直になれない私は、そんな嘘を悪びれる素振りもなく言ってのけた。


「そうか。まあ、無理な事があれば今度は俺たちを頼ってくれよ」

「うん。もう一人で抱え込まないわ、今度こそ本当にアリスたちに怒られそうだしね」


 今回の件は完全に優作たちを巻き込んでしまったのに、やっぱり優作は性根は優しい人間なのだろう。


「部活にも顔を出せるときには出してくれよ。鈴音が寂しがって仕方ないんだよ」

「わかったわ。今週で引き継ぎの仕事も大体終わるから来週からは普通に来れるようにしてみるわよ」

「そうしてくれるとありがたい」


 多分優作は私が生徒会の仕事を楽しんでいないことも知ったうえでこんなことを言ってるんだろう。そういう人だ。

 互いに向かい合うようにソファに腰を下ろす。間にあるのは机だけ。

 しばらくの沈黙の後、優作が気まずそうに口を開いた。


「あー、えっと。一つ聞かせてくれ。黒山の件。お前の中での踏ん切りはついたのか?」


 満を持して優作が言ってきたのは、それを聞くために今日は私の前に来ましたとでも言いたげな程決意に満ちた視線から放たれた。


「咲のことは、もう引きずってないわよ。小学生の虐めが発端だったし、どうしょうもできないじゃない」

「……そうか」

「あの後、燈子から連絡があったの。お姉ちゃんの事は納得できませんけど、私がしたことは許されることではありませんでした。冷静になったらどれだけ恐ろしいことをしていたのかわかりました、すみませんって」

「偉く丸くなった感じだな? 本当に本人だったのか?」

「燈子は昔から優しい子なの。虫も殺さないような小学生だったもの」


 そんな燈子があそこまで剥き出しの怒りを向けてくるほどまでに、咲の死へのやるせなさは凄まじかったのだろう。


「そうだったんだな。……俺は今回何も出来なかったし、気の利いたことは言えないけど、これでよかったとは思う」

「気にしないで。優作は実際かなり助けになってくれたわ。燈子の意識があなたたちに向いてたお陰で私はあんな強引に動けたのだし。それにどこまでいっても虐めには関わってた当事者にしかわからない部分があるでしょ。逆に、そこまで深く介入されたら困るわよ」


 学生の虐めなんて鈍くさいだの顔が気持ち悪いだの、本人が意図していない下らない何かで起こるのが殆どだ。

 私だって咲に虐められていた理由は今も分からない。もしかしたらあの子にとって虐めの範疇に入っていなかったのかもしれない。


 虐めといじり。その二つの境界線が曖昧であるから、些細なコミュニケーションの延長がいつの間にか残酷な虐めに繋がってしまうのだと思う。


「何というか、子供だから許される訳じゃないけれど、子供だから責めにくい部分があるよな。何が悪いことなのかわかってないから、悪意のない悪行はどう処理すればいいのかわからなくなる、みたいな……」


 フォローになってないけど優作なりに気を紛らわせようとしてくれていた。


「そうね。言いたいことはわかるわ。行動にはそれに伴う責任能力が必要よね。日本の裁判だって責任能力の有無がどうたらこうたら言っているし」

「まあ、そんな感じだ。だから俺はこの件の話は二度としないし、お前の過去にこれ以上踏み入るつもりもない。そうしたところで結論なんて出ないだろう」


 そうしてもらえると本当に助かる。

 実のところ吹っ切れたといっても、私は納得できない気持ちを抱えている。


 何で虐められていた当事者の私を無視して咲が攻撃されたのか。 

 何を理由に咲は最初に私を遊びのような感覚で虐めてきたのか。

 何で、私は虐めをやめての一言が言えなかったのか。

 考え出したら気が滅入りそうな程に多くの後悔がある。


 でも。それでもだ。


「だからさ飛鳥。最後に聞くけど、もう大丈夫か?」


 その質問には自信をもって即答できた。


「ええ、後悔はあるし満足してもないけれど私は今の皆といるのが楽しいって思えるの。それに生徒会長になれたし、この学校で同じような境遇になってる子がいたら力になれるはずよ。昔の私が出来なかった事を、ここでは叶えられるの。それがお節介でどれだけウザがられても、間違いじゃないってあんたが教えてくれたしね」


 相手が困っていたら助けられる。

 そんな凄い人間になりたいと思う。


 私の今までの行動は、自分の罪への贖罪だったけれど。

 それでも目の前の男の子のように私に助けられたと言ってくれる人がいるのなら。

 私は今後も、様々な葛藤を持ちながら人を助け続けよう。


 換気のために開けていた窓からその時冷たい風が勢いよく流れ込んできた。

 優作も私も寒くて似たように肩を擦る。

 それが可笑しくて、真面目な話なのに頬が緩んでしまった。


「ふふ。帰りにお汁粉奢るわよ」


 誰かのために自分を使える。

 本質的にそんなことが出来る人間なんていないと思う。いつだって自分が一番大切だ。

 そんな人間は偽善者と呼ばれる。

 

 でも、そんなかっこいいい偽善者と呼ばれる人間に今後も私は憧れ続ける。

 それはきっと。凄く素敵だと思うから。




 今回は主人公である優作は第三者として他人の問題に関わっていくうえで、最初から殆ど決着がついている状態でしたので話が多少駆け足に感じられたかもしれません。

 いじめに関して部外者がどのように関わっていけばよいのか。そこには凄く難しい立ち回りが必要だと思い、今回はあくまでも一定の距離感を空けることにいたしました。

 今後の話で優作がいじめに対して深く首を突っ込むことになる展開もあるかもしれませんが、それは学生の彼ではなくもう少し成長して物事に達観した頃になると思います。


 この度は長々と私の文章にお付き合いくださりありがとうございました。

 ブクマが思ったよりも増えていて非常に嬉しい限りです。あと少しでこの物語も終盤に入りますので、最後まで読んでいただけますことを心から祈っております。

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