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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
三章・飛鳥
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   恩人②

「私がね、小学校の頃から優作に変に構ってたのは自分のためなの」

「飛鳥のため?」

「うん。低学年の頃に咲が虐めで転校して、私はそれを心のどこかで、少しだけ嬉しいって思った。……もう、虐められないんだ、ざまあみろって」

「……」


「でも他の女子がまるで革命でもしたみたいに盛り上がってるから、なんか冷静になっちゃって。ああ、私は咲に、一方的とはいえ友達だと思ってくれてた人に自分じゃなく他人に泥をかぶせて逃げたんだ。人に頼って、文句の一つも言わずにいたんだって、気付いたの。それじゃあ、咲も私がどう思っていたかなんてわかるはずないわよね。最低な弱い人間だと自分を恨んだわ」


 飛鳥のそれは、まるで証人喚問のようだった。

 自分の行動を、幼い頃の欠陥にも関わらず一つ一つ本当に後悔するように述べている。

 その辛そうな姿を見ていると、自分の心臓が張り裂けそうなほどに息が詰まった。


「そんな時、私はねあなたに出会ったの。分かりやすく集団から外れて、一人でいたあんたを見て、安心しちゃったの。この人は多分これから虐められるんだろうな、いやもう虐められているのかも……。だったら私が助けよう、咲に出来なかったことをこの人にしようって」

「……そうか」

「最悪でしょ? 私はね、あんたと関わったのは哀れみからなの。自分の罪悪感を減らすために、ずっと、利用していたのよ……!」


 最後の方はあふれでる涙を押さえて何とか言いきっていた。

 さっきまで黒山の前ではあれほど大人びて、冷静な指摘をしていた飛鳥。誰よりもその行動に苦しんだのは飛鳥自身だったのだろう。


 過去の贖罪、そして現在も抱え続ける後悔。

 飛鳥は黒山と同様かそれ以上に、黒山咲に呪われていたのかもしれない。

 その事に関して俺が何か言えることはない。関わってないからわからない。


 でも飛鳥に対しては一つだけ、確実に言えることがある。


「そうか。ありがとう」

「……なんで、お礼するのよ」


 そこにはいつもの強気なしっかり者ではなく、子供のように決壊した目尻から涙を流し続ける飛鳥がいた。


「お前がどうして俺に世話を焼いていたかなんて関係ないだろ。理由はなんであれ、俺は飛鳥がいなければ間違いなく今のようになってなかった。親と上手くいってないから、特に小学生の頃は周りの同情の目が怖かった。そんな俺に普通に話しかけてきて、普通に説教したお前には本当に感謝しているんだ。ま、最初はウザいと思ってたけどな」

「いいわよ取り繕わなくて。今だって口うるさい女って思ってるんでしょ」

「そりゃもちろん」


 飛鳥の前で飾る必要なんてない。

 ただ心からの言葉を素直に伝えればいいだけだ。だから遠慮なんてせずに思ったことを口にする。

 当然、飛鳥は少しだけ寂しそうな顔をした。


「でもな、それ以上にお前は俺にとって恩人なんだ。お前がいたから、お前がいなければとっくの昔に終わってたから。そんなどうしょうもない俺を、支えてくれて本当に感謝してるんだ」

「な、なんなのもう! 何かこう、面と向かって言われると恥ずかしいでしょ!?」

「俺だって恥ずかしい……。こんなこと言いたくもないけどな、悲観的になって自分を下げてるお前を見るのが嫌なんだよ! お前が自分を悪く言うなら俺はそれ以上にお前の良いところを言う! そのくらいは世話になったと思ってるから」


 飛鳥は昔から自分を蔑ろにする部分があった。

 俺に構ったのは自分のためだって、それがどうしたんだ。その結果俺は助けられたんだから、それだけで良いだろ。どうして自分を誉められないんだ。


「あ、ええと、あうう……」

「黒山の話もそうだ。お前は悪くない。なにも悪くなんてないんだ。もし誰かが飛鳥を責めるんなら、俺がそいつを許さないから。だから、たまには自分を誉めろよ」

「ゆう、さく……。そんなこと言われたら、私……!」


 飛鳥は涙を流し続ける。

 でもそれは悲しいからじゃなくて、きっと嬉しいから。俺がそうだったように、自分を認めてくれる人がいるのは本当に泣きたいほど嬉しいんだ。


「お前が俺にしたことを、返したいだけだ」

「う、ひぐ、うう……! ごめん!」


 飛鳥は俺の胸に顔を埋めてきた。

突然のことで驚いたが、何もない空中に視線をそらして心を落ち着けようと試みる。


「私は! 本当は謝りたくて! 咲ちゃんを救えなくて、皆から虐められてるのに知らんぷりしてごめんって! でも、いないから! 何も出来なくて!」

「ああ」

「本当に最悪! 生徒会長も、皆が学校を過ごしやすくなればって思って目指してるけど! 全部、全部、私が満足したいからだから!」

「会長目指している理由。やっぱり嘘ついてたのか、そんなことだろうと思ったよ」


 飛鳥は泣いていた。

 俺は一つ一つに返答するしか出来ない。

 でも今は、これでいいんだ。飛鳥が子供の様に泣けるのは多分途方もなく久しぶりなことだろうから。


 必死に大人ぶって、自分と同じような後悔を誰にもしてほしくなくて。

 その為だけにいろんな人間の力になれる、臆病で強い俺の幼なじみは、その後数分間泣くのをやめなかった。


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