幽霊少女の真実③
「今の、アリス……」
マスターは黙り込んだ。
最初に見た印象は底抜けに明るい名物マスターと
いった感じだが、今は全く別の考えを持てる。
この人はアリスを本当に愛しているんだ。
俺が口にするたびに、アリスを思い出して頭を抱えるほどには。それはさっきの幸耀さんも同じだろうがあの人は、マスターとはまた別な視点でアリスを愛しているように感じた。
親に愛された経験がない俺だからこそ、大人が子供に向ける感情には敏感になっている。この二人からは軽蔑や侮蔑といった邪な気持ちは感じなかった。
きっと、アリスは恵まれた環境で育ってきたのだろう。
「奏」
いつの間にかマスターのもとに来ていた幸耀さんが肩に手を置いた。
マスターは顔を上げて幸耀さんを見る。
「アリスの友達なんだ。この子にも知る権利はあると思うよ。アリスもきっとそれを望むはずだ」
幸耀さんの優しい声にマスターは少しだけ安心したように表情が柔らかくなった。
この人の声には不思議な魅力があると思った。
聞いている人の心を無意識に和ませるような、そんな力。マスターも声を聞いてから一気に何かを決心したような顔になる。
そうして俺をじっと見る。品定めするように全身を観察していた。
「あの、私、邪魔なようなら帰りますけど……」
飛鳥が気を遣って話しかけるが、マスターは首を横に振る。
「いや、飛鳥ちゃんはもう知っとる話やしここにいてええよ。うちらが悪い気持ちになるわ」
飛鳥は次に、俺と視線を合わせる。
何が言いたいのかは何となくわかった。会って間もない人の過去に触れるんだ。俺も生半可な気持ちで聞くのでなく、自分なりに受け止めて、この厚意を無下にしてはいけない。
「アリスは、去年のちょうど今頃、病気にかかったんや。」
病気。それが、アリスの死因なのか……。
マスターがズボンのポケットに手を入れると出て来たのは一枚の写真。
一度その写真に目を落としたマスターの顔は、宝物を見るような綺麗な笑顔を浮かべる。
「これが、先月。アリスの前で撮った写真や」
そして写真を見せてくれた。
アリスの墓の。
いや、違う。
「――な!? これは!」
「――っ!」
驚きのあまり声が出る。
俺の横にいたアリスは目を見開いて、化け物でも見たかのように口を両手で抑えた。
だって、そこには。
「アリスは、うちらの会話には答えられん。でも、ご飯は自分で食べられる。もうどこまでが自分の意志があるのかは医者の先生もわからんらしい」
無表情で虚構を見つめ病院のベッドに座っているアリス、笑顔でカメラにピースを向けるマスターと幸耀さんが写っていた。
理解の追い付いていない俺にマスターがさらなる言葉を伝える。
息をするのも忘れ俺はその話に聞き入った。全身が石のように硬直している。目の前の現状に呆気にとられて、脳みそが体を動かすのすら忘れているように感じた。
「俗にいう植物人間。アリスの今の状態はそれに限りなく近いらしいんや。体の機能は何も悪ないのに、自分から動くのは最低限。病名もわからんし、医者も対応の仕様がわからんそうや」
自嘲気味に苦笑して話を終えた。
病名もない病気。確かに悪いところが分からないのは非常に親として心苦しいだろう。でも、そんなことより。
アリスが生きていた。
その事実が俺の胸に弾丸のような衝撃を伝える。
俺は今まで横にいるアリスのことをずっと、死んだ人間だと思って接していたんだ。多分、アリス本人も自分は死んでいると本気で思い込んでた。
「山元くん。顔色悪いけど大丈夫?」
幸耀さんが、心配そうに覗き込んでくる。
「あ、いえ! 何でもないです!」
そう言って俺は視線を逸らした。横にいるアリスへと。
「アリ……ス?」
視線の先に人はいない。
さっきまで俺の横にいた少女は、姿形がその場に存在していなかったのだ。