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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
三章・飛鳥
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四十七話・恩人

 あの後。

 泣きつかれてふらふらになった黒山の肩を大門寺が支え、家まで送ると去っていった。


 公園には俺と飛鳥の二人が残されている。

 一人の人間が自殺する程の事件が過去に起こっていたのに、フタを開ければ明確な悪者なんかいない。

 このやるせない気持ちを、ぶつけようのない憎しみを。

 黒山は吐き出せる場所がなかったんだろう。


「……一応、これで終わったのかしらね」


 飛鳥の手には黒山が虐めの映像を記録していたUSBが握られている。


 これで、これ以上誰かが黒山に脅迫されることもなくなった。


「ああ。今回は俺たち完全に余計なことしたな。お前が必死に巻き込まないようにしてくれたのに、結局首を突っ込んじまった」

「もういいわ。結果的にあんたの自信を信じてうまく行ったんだし」


 飛鳥は俺を見てにっこりと微笑んだ。

 多分いまの言葉は飾りのない本心からのもの。


 でも、一つ大きな違和感に気付いた。昔からこいつに絡まれていなければ分からないような、些細な表情の変化。


「飛鳥? お前、何か無理してないか?」


 思ったときには口から言葉が出ていた。

 飛鳥の笑顔は作り物のような、必死に頬の筋肉をあげているような不格好なものに見えたからだ。


「……もう、我慢してたのに」


 指摘されると飛鳥は悔しそうに顔をしかめた。


「私、あの子の前ではちゃんと出来てた?」

「ん? おう、高校生とは思えないくらいしっかりしてたぞ。黒山も納得してくれてただろ」

「そ、よかった」


 そう言って飛鳥は近くにあったベンチに座り込んだ。


 糸が切れた人形のように勢いよく脱力して座ったので少し驚いてしまう。


「大丈夫か!? どこか悪いのか!?」

「大丈夫。少し、疲れただけだから……」


 頭を抱えて飛鳥はうつむく。

 言葉通り飛鳥はひどく疲労していた。顔つきが良くない。


 多分だけど原因は黒山との会話だろう。


「そうか。わかった」


 取り敢えず飛鳥の言葉に理解を示し、それ以上の事は聞かないでおく。


 うーんと、やることもないし、近くの自販機にお汁粉を買いに向かうか。


「ほら、温かいぞ」

「わ! ああ、ありがと」


 自販機で買いたての熱いお汁粉を頬につけると、驚かれたが素直に受け取ってくれた。

 やっぱり寒い夜にはこれだろう。かじかんでいる指がお汁粉の温もりで溶けるように動き始める。


 心なしか飛鳥の表情も少し柔らかくなった気がする。


「ん、美味しい!」

「だろ? お汁粉は自販機の中で最上の飲み物だからな。一回飲んだらしばらくは癖になるぞ」

「言い回しが怪しいけど、確かにそうね。もう半分もないもの」


 やっと飛鳥が黒山以外の話をした。


 これまでどこか思いつめたような顔をしていたから、少しだけ安堵する。


「落ち着いたか?」

「ふふ、ありがとう。おかげさまでだいぶ楽になった気がする」

「そうか。よかった」

「くす、あんたは本当に柔らかくなったわね。何か変な感じ」


 以前の俺でも同じような行動をしたと思うが、飛鳥はおかしそうに笑っていた。


「そうか? 何も変わらないと思うけれど」

「自分では気づいてないだけでしょ。……結構男前になってきた感じかしらね」


 不意にそんなことを言われては、情けないことにどきりとしてしまった。


「そ、そんなことより! 何で落胆してるんだ!? 話ぐらいは聞くぞ!」


 誤魔化そうと必死に早口で質問する。

 多分飛鳥には俺の動揺が伝わっているだろう。


「えーと、そうね。優作になら話していいか」


 一呼吸入れて何かを思い出すように虚空を見つめる。


「単純に自分が気持ち悪くなったの。燈子に説教をする資格もないのに、偉そうな口ばかり叩いて惨めになったのよ」

「惨めって……。かなり立派に見えたぞ。黒山が説得されたのも、お前が過去と向き合ってたからだろ」


「そこよ。私は本当のこというと全然吹っ切れてないの、昔のトラウマとか苦手意識ってなかなか抜けないのよ……」


 悲観的なことを言う飛鳥。

 だが、それは違う。今回の件に関して未だに俺は全てを把握しきれてないかもしれないが、それだけは断言できる。


 だって、飛鳥は。


「ったく。お前はいつまでも子供のまんまだな」

「な!?」


 悪態をつきながらベンチに座っている飛鳥の隣にどすんと腰をおとした。


 突然呆れたような事を言ったので、飛鳥は目をぱちくりさせている。


「あんたね……。なんでさっきの私の真似するのよ?」

「真似たけど本心だ。お前は、自分を過小評価しすぎなんだよ。今回も俺たちが声かけるまで、生徒会選挙で手一杯になってたのに誰にも頼らなかっただろ。自分のせいで人に迷惑かけたくないから、そんな理由で」

「そ、そうだけど。何かおかしい?」

「少なくともオカ研の連中には、迷惑なんて思うやついない。それにお前は凄いやつなんだから、それの手助けが出来るなら俺は喜んで協力するしな。一人で何でもしようとするのが、子供っぽいって思ったんだ」


 真横にある飛鳥の顔が赤く染まったのに気付いた。


 俺も慣れない台詞が恥ずかしいので似たような色になってるかもしれないが、ここまで言ったらもう何言っても同じだ。

 それで飛鳥を楽に出来るなら安いもんだと思うことにする。


「あ、あはは。あんたに慰められるなんてね」


 頬をぽりぽりかいて困っていた。

 しかし、数秒ほど間を置いて飛鳥は決心したように表情を固くする。


「そのさ。最悪なこと言ってもいい?」

「いいぞ、何でも」


 俺は視線をあわせてただ頷く。

 最悪という言葉を飛鳥が使った理由はわからないけれど、そうしないといけないと思ったから。


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