あんたはマジで優しいから③
「ほんっとうに下らない。あんたのは結局子供の言い訳みたいなものじゃない」
追い詰められて今にも泣きそうな顔をしていた燈子に、飛鳥は冷たい一言を言い放った。
俺や大門寺が黙り込むしかなかった状況で、敢えて黒山を刺激するような声をかけたようにも思える。
「は……? 飛鳥さん、私の話を聞いていなかったんですか?」
当然信じられないその言葉に、黒山は鳩が豆鉄砲をくらったような顔になってしまった。
「違わないわよ。あんたは自分が納得できないことを、それっぽい言い訳をつけて必死に正当化しているだけ。どんな理由があったところで、他人を脅迫していいなんて法律で認められていないじゃない。結果だけ見れば、あんたは唯の性悪女ってことでしょ?」
「飛鳥さん! あなたって人は……!」
飛鳥の言うことは正しい。
確かに黒山の行ったことは、決して許されることではない。でもその行動の意味を俺たちは否定できる権利があるのか?
飛鳥は歩きながら黒山との距離を少しずつ詰めていく。
「はあ……。こんな話、するつもりはなかったんだけどね。あんたは私と咲の関係について誤解しているのよ」
「誤解?」
「ええ。私が咲に虐められていて、それを注意したクラスメイトの行動がエスカレートした虐めが咲の自殺の原因だった。あんたの頭ではこんな感じの話になってるんでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「咲が虐められていたのは、それこそ理由なんてないの。気づいたらある日突然、その時のリーダー格だった子が咲をターゲットにした。それだけの話よ。あんたが思ってるような、複雑な事情なんて存在しないの」
飛鳥の言った事実に驚きというよりかは、何となく同情してしまうような不思議な気持ちになった。
理由のない虐め。
それは、鈴音が受けたものと似ていると思ったからだ。
「あ、飛鳥。何を言っている? 咲の自殺は虐めだ! その虐めに何も理由が無かっただと!?」
誰よりも驚いているのは人間の醜い部分をこの中で一番知らない大門寺。
他人を貶める行為に人は何かしらの動機を持つと、未だに大門寺は信じ込んでいたのだ。
「大門寺。悪い行動に必ずしも理由なんてないものよ。特に小学生なんて自分が面白ければ他人がどう思うなんて知ったこっちゃないでしょ? むしろコミュニケーションの手段みたいに虐めをしてる子もいるじゃない」
「っ! た、確かに……!」
大門寺も話しを理解する。
しかし、この場の誰もが到底納得できるものではない。
「飛鳥さんは本当に最悪です! 正しいだけで納得なんて出来ませんよ! それなのに、私だけを一方的に悪者扱いするんですか!?」
「……ええ」
飛鳥は黒山に手を伸ばせば触れられる位置まで近づいた。
そして。黒山の顔に手を近づける。
「っ!」
殴られる。そう判断した黒山が力んで目を閉じた。
しかし、次の瞬間に黒山が体験したのは痛みではなく柔らかい暖かさだ。
「ふぇ? え?」
突然の事に目をぱちくりさせて動揺している。
黒山は顔を飛鳥の胸に埋められていた。
「ごめんね。あんたにだけ、こんなに苦しい思いをさせて。本当に、ごめんなさい」
飛鳥は優しく黒山の頭を撫でながら、ゆっくりと謝っていた。
一つ一つの言葉を噛み締めるように。
「な! 何を今さら……! そんな言葉で私が許すと思ってるんですか!?」
暴れる黒山を飛鳥が抱き締めて押さえる。
「咲はね! 転校する直前に私にあなたの話をしてくれたわ! 妹は誰よりもマジで優しいから、きっと私が虐められてたら首を突っ込んできただろうって」
「お、お姉ちゃんが……?」
「ええ。そして、こうも言ってた。優しいから、人一倍私に何かあったら引きずるって。ホントにあんたは咲の言う通りだったわね」
姉がそう言っていた。
黒山はその言葉を疑わなかった。きっと、黒山咲という人物はそんな人間なんだろう。
「咲はね、確かに私を虐めてたけど、凄い人だったのよ? 小学生の頃に、あんたの性格をわかってたんだから。そしてね、私にそれを止めるよう言ってきた。最後の会話がそんな感じだったから、余程大切にされていたんでしょうね」
「う、嘘、です……。飛鳥さんは姉に虐められて……」
「その辺は難しいのだけど、私と咲は親友だったって今でも思ってるの。きっと虐めなんて、なかったのよ。少なくても、最後に頼られるくらい仲良かった筈よ」
飛鳥は優しく微笑んだ。
それは、姉に虐められた同級生ではなく。一人の友人として本当に黒山咲を尊重しているような気がした。
「う、ああ。飛鳥さんは、お姉ちゃんを許すんですか……?」
「ええ。とっくに、ね。だから、あなたもこれ以上、咲を使うのはやめなさい。きっと妹が心配で成仏なんて出来ないわよ」
「ぐ、え、ああ。……さい。ごめんなさい、ごめんなさい」
遂に黒山は自分から飛鳥に顔を埋めた。
姉は虐められていたが、同じようなことを他人にしていたので仕方無かったのかもしれない。
以前黒山がそう語ったのは、紛れもない本心からの言葉だったんだろう。その事実と、姉が虐めで殺された二つの出来事で葛藤し続けてきたのだ。
「ごめん、なさい! 私は、おかしいって思ってたけど、自分じゃ止まれなくて!」
「ええ。大丈夫よ。一緒に謝りにいきましょう。私も、ついていくから。守るから」
黒山の復讐心が、嗚咽になって溶けていく。
夜の公園には、誰にも頼れず一人で身内の不幸を引きずり続けていた、優しい妹の声が響いていた。




