四十六話・あんたはマジで優しいから
日が完全に沈み、暗く人通りも少ない時間。
一人の少女が息を切らしながら路上を走っていた。
「は、っつ! は!」
何かから逃げるように。
いや、何かを追いかけるように必死の形相を浮かべていた。その行動の先にあるのは恐れや焦り。ある出来事に対しての激しい動揺からのものである。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
目的地に到着して少女は息を整える。しかし、休む時間はないと判断し手に持っていたショベルを地面に突き刺した。
近所の公園に設置されている滑り台の遊具の真下。そこを少女は一心不乱に掘り始めたのだ。一分もかからずに黒い袋を取り出す。
その袋を慌てて手に取り、少女は軽く揉んでみる。手のひらサイズ以下の硬い棒状の感覚が伝わった。
中に目的の物が入っているとわかり、少女は初めて安堵の息を吐いた。
その直後。
「わ!」
それまで明かりといえば備え付けの電灯くらいだった場所に、懐中電灯の強い明かりを浴びせられて目を細める。
「そんなところに隠していたのね」
突然の出来事に思わず声をあげてしまったが、直ぐに誰がこの場所にいるのかを理解した。そのくらい聞き覚えのある声だったのだ。
月明かりに照らされているのは一人の少女。
「飛鳥さん。何でここに……」
「久しぶりね燈子。元気してた?」
黒山燈子はこの場にいる筈のない神谷飛鳥の登場に動揺していた。
自分の鼓動が分かるほどに動悸も激しい。
「お、おかしいです……。飛鳥さんがここにいる筈がありません、だって!」
「私が大門寺に怪我をさせられて入院してるから? 悪いけどそれは嘘よ」
「……え?」
その時これまで飛鳥ばかりに注目していたが、背後に二人の男がいることに気づく。そして大体の事情を察することが出来た。
大きく落胆したような息を吐く。
「そういうことだったんですか、優作先輩」
「悪いな。全部聞いたから、流石に無視できなかった」
「燈子。その、俺は騙したかったわけではなく、やむを得なくてな」
大門寺と優作が付き添いのように飛鳥の後ろにいた。
高校生のそれも男二人がいるとなれば女の自分では状況をどうすることもできないと思い、燈子は堪忍したのか目を細めた。
「優作先輩。いつから私の事を騙していたんですか?」
そう言って袋を地面に置き携帯の画面を見せる。そこには優作からのメッセージが表示されていた。
千夜子にSNSのアカウントは教えていたので、その友人の優作が自分に連絡を遅れるのは不思議な事ではないが問題はその内容。
――飛鳥が大門寺に殴られて怪我をした。
そんな文面を送られたから燈子は夜中に家を飛び出して公園まで来たのだ。
「騙したのはその文面だけだ。昨日会ったときは本当にお前の事を信用していたし、飛鳥と大門寺の中が良くないと思っていた。でも、二人のいざこざが芝居だってわかってな。それを追及したら、真相が聞けたんだよ」
「真相って……まさかお兄ちゃん!?」
燈子が大門寺を見て目を見開く。
おかしい。この男が秘密を他人に口外するような真似をする筈がない、と。
「悪い、実は結構早い段階で飛鳥に気づかれていたんだ。俺がお前に脅迫されていたことを」
「う、嘘! だってお兄ちゃんが言わなければ飛鳥さんに気づかれるわけがありません!」
「はあ、本当にあんたは子供ね。大きくやりすぎたのよ、無計画に」
項垂れる燈子。
俺、山元優作はこの状況に正直ついていけてない。
何故なら事の発端を聞いたのはついさっきだから。未だに頭の中で上手く整理が出来ていなかった。
「なあ黒山、確認したいことがあるんだが。お前が姉を自殺に追い込むまで虐めていた元同級生に、その時の映像を元に脅しをかけていたっていうのは本当なのか?」
飛鳥から聞いたのは、全ての元凶は黒山咲の妹である燈子が姉の復讐のために当時の虐めに関与していた人間を数か月前から脅し始めたということだ。
「本当よ。現に一人が万引きを強要されて補導されたから。私があんたの行動を知ったのは、停学中のその子にお節介焼きに行ったら泣きついて理由を聞かされたからよ」
「……あの人が!」
黒山の飛鳥を見る目が鋭くなる。
力強く拳を握りしめて本当に悔しそうな表情を浮かべていた。
「続きだ。お前の親戚だった大門寺のところにも脅迫されて困り果てた奴が相談に来た。そして大門寺は脅迫をやめるように注意したが、逆に脅迫された。言うことを聞かないと、どの道動画を流して、いじめっ子の連中には報いを受けてもらうってな。変な動きをしたら即座に動画をアップロードするとも言ったんだろ?」
「……ええ、言いましたよ。お兄ちゃんがあまりにもウザく絡んできたので、その正義感は間違いだと教えてあげたんです!」
「燈子……、お前」
「そして、あんたは大門寺に私の注意を集めるように言った。いじめっ子を入れなかったら、私が一番その件には敏感に反応すると知ってたから可能性を排除したかったんでしょ。学校が同じ大門寺を手駒に出来たのはさぞかし好都合だったわね。そうすれば自分は警戒されることなく思う存分復讐が出来る。最悪全てが終わったら大門寺に擦り付けられるし」
黒山は無言で下を向いた。
それは飛鳥の言っていることは間違っていないと認めたということ。




