真相③
茶番。
その言葉を口にしたとき大門寺の眉がピクリと動いた気がした。
「茶番って、急に何を言ってるのよ?」
「優作。流石に本人たちの前でそれは不味いよ……」
飛鳥と鈴音は俺の話を妄言のように受け取っている。
今の段階で信じてもらえるとは思っていない。どのみちこの後の話をすれば、納得してくれるだろう。
「違和感は早めにあったんだよ。そうだな、大門寺が飛鳥の嫌がらせに貼り紙なんてものを使った時点でおかしかった」
「おかしかった? どの辺がさ?」
孝宏が首を傾げて聞いてくる。
「だって初日の朝に俺が飛鳥と部室にいたら、わざわざ自分が犯人だって言いに来たんだぞ。理由としてはどの道気づかれるだけだからって説明してたけど、そんなことするくらいなら黙って俺たちから問い詰められるまで待っていればいいだろ?」
「うーん……。でも大門寺は飛鳥ちゃんに仕返しをしたかったから、当てつけに来たんじゃないの? その、自分が犯人だって見せつけることで飛鳥ちゃんの罪悪感を煽りたかったみたいな……」
申し訳なさそうに鈴音が俺の話の欠陥を説明してくれる。
確かにそうだ。今のままだと妄想の域を出ない。これは俺が確信を先に把握してしまったから、大門寺の行動の動機に気づくことが出来た演繹法的なものだからだ。
「他にもおかしい部分はある。――孝宏。お前がインターネットが得意だということ、知っている人はこの学校にいなかったのか?」
「えーと……。あ、そういえば、飛鳥ちゃんは前パソコンについて色々教えたことあるから知ってたかも。珍しく素直に感心されたから覚えてるよ、へへん」
「ごめんね孝宏。こんどから少し優しくするから」
儚げな表情で虚空を見つめていた男だったが、おかげで最後のピースを手に入れることが出来た。
ここまでで俺の考えに間違いは無かった。
「優作。何をしたいんだ? そろそろはっきりさせてくれないか?」
大門寺が苛立ちを募らせている。
そう急かされなくてももう確認することはない。最後の詰めをするつもりだ。
「アリス。頼めるか?」
「うん。もう終わってるよ」
俺が話を始めたあたりから部長席に座りっぱなしだったアリスは、目をごしごしと擦りながら眠っていたかのように起き上がる。
いや、というか本当に寝ていた。
「っ! 上赤、何故それを……!?」
大門寺がアリスの持っている物を見て絶句する。
アリスにはある頼みごとをしていた。俺の話に大門寺の注意が向いているうちに、スマホを盗ってきてもらうという超重要任務だ。
眠って幽体離脱が出来る能力を使えるアリスだから出来る荒業である。
「返せ!」
「おっと! 少し待ってくれ!」
スマホを取り返しにアリスに向かっていった大門寺を背中から押さえた。
俺では数秒程度しか拘束できないけれど、その時間で十分。スマホを起動する時間に事足りる。
「ぐ! 離せ優作!」
揉みくちゃになっていよいよ手を離してしまいそうになった時。
アリスが手際よくスマホを操作して通話履歴の画面を俺たちに見せてきた。
「これが、優作が茶番って言った証拠だよ」
「え?」
「これって……」
大門寺のスマホには通話履歴の欄にある人物の名前がびっしりと書かれていた。
それが俺の今までの考察全ての下地になった証拠。
「何で、飛鳥ちゃんの名前でいっぱいなの!?」
そう。
大門寺が頻繁に連絡を取り合っていたのは他でもない飛鳥だった。
渦中の二人は、裏で連絡を取り合っていたのだ。
「……っ」
飛鳥がバツの悪そうに顔をしかめる。
「おかしいだろ。大門寺は飛鳥に対して黒山咲の事件の復讐をしようとしていた。それなのに最近は毎日のように連絡を取っている。これはどう考えても、学校でのいざこざはフェイクだったって事だろ」
予想外の出来事に部室にいた全員が固まり、沈黙が流れる。
「二人とも、優作の言ってることはどうなのさ? ……違うなら何か言いなよ」
「……それは。あれだ! 俺が飛鳥を精神的に追い詰めるために夜も電話で陰口を言ってな! そのせいでここ最近の飛鳥はどこか様子がおかしかっただろう! 全ては俺の計画通りで――」
「大門寺!」
部屋に響いたのは飛鳥の一喝。
それまで必死に言い訳していた大門寺は一瞬でおとなしくなった。
飛鳥は俺たち全員の視線が集まっているのを確認したのち、大きなため息を吐いてゆっくり口を開く。
「ごめんね。もういいわよ。無理に悪役を演じてもらわなくても」
「だ、だが、それではこのまま……」
「大丈夫。多分どうにでもなるから。もっと上手にやれるから」
不安げな顔を浮かべる大門寺に頭に手を置いて背伸びしながら優しく撫でた後、飛鳥は真面目な表情で俺たちに向き直った。
今の話しぶりは大門寺を擁護するもの。
黒山咲の自殺。
それにより咲を間接的に追い詰めていた可能性のある飛鳥は大門寺に恨まれ、そして大門寺は飛鳥を憎み復讐のために学校中に悪い噂を広めるような真似をしていた。その全ては、俺たちを含めた学校中を欺くための二人の計画だったということだ。
「なあ、大門寺。飛鳥。本当の事を教えてくれないか? どうして、こんな事をしたのかを」
「私も知りたい。何か困っているのなら協力したい!」
アリスは無自覚で言ったのだろうが、協力という言葉に飛鳥は目を見開いていた。
そして、本当に少しだけ頬を緩める。
「……ふふ。本当にアリスはお人好しね。いいわよ、まさかここまで気づかれるなんて思わなかったけど、話すわ。私と大門寺が何をしようとして、何で皆を騙す必要があったのか」




