四十四話・アリスちゃんとの深夜徘徊in大門寺家
秋にもなれば流石に夜は冷え込む。
吐き出す息が白くなる程ではないが、夏の暑さに適応しかけていた体を震えさせるには十分だ。
俺は今、そんな思わず身震いしてしまいそうな寒さの中とあるお店の前の電柱の陰に立ち人を待っていた。
「遅い……!」
途中の自販機で買った暖かいお汁粉も既にその温度を失い、空の缶はむしろ持っていたら冷たい程だった。
待ち合わせの時間から早ニ十分。
深夜の薄暗さにも完全に目が慣れてしまった。
「ごめん山元! 遅くなっちゃった!」
ようやく目的の人物と合流する。
「遅いぞアリス……。何やってたんだ?」
寒さを緩和するために、自分の肩を摩りながら尋ねる。
俺が待っていたのはクラスメイトのアリスだ。秋だというのに白いワンピースを着て俺の前に現れる。
その銀髪はこんな夜更けにも月明かりに照らされて絹のように透き通っていた。
「いや、えっと、こんな遅くの待ち合わせだったから、途中でうっかり寝落ちしちゃって……ごめん」
「結局は来てくれたから別に怒ってないよ。それじゃあ早く行こう、幾らアリスはバレないといっても俺は補導されかねないからな」
「……あ、うん。本当に二人なんだ。飛鳥のために必要な事って、何をしに行く気なの?」
未成年なので、なるべく人に見つかるのを避けるためにそそくさと移動を開始する。
アリスを呼んだのは飛鳥に対して大門寺が抱いている誤解を解くために、大門寺について探りを入れるためだ。
「大門寺の家に行って、アリスには中の様子を見てきてもらいたいんだ。出来れば今後飛鳥にどんな嫌がらせを仕掛けようとしているのかまで調べてほしいん」
「ええ! やだよ! バレたら普通に捕まっちゃうよ!?」
「だからこんな深夜に。それも幽霊の状態で来てもらったんだろ」
はっとしたようにアリスが自分の姿を見る。
白いワンピースを着た姿はアリスが幽霊の状態である時の特徴だ。なんでその服を着ているのか分からないけど、初めて会った時からそうだったのだから他のバリエーションは無いのだと思う。
自分で言ってておかしな話だと思うが、幽体離脱が特技になった高校生なんて存在そのものがオカルトだ。鈴音が知ったら泣いて喜ぶだろうな。
「そっか。壁抜けて大門寺の部屋に行けばいいだけだもんね。確かに簡単そう」
「だろ? アリスは俺以外の人間には基本見えないんだよな?」
「自分から見てって思わない限りはそうだよ。……心配なのは変わりないけど」
「俺が外で待機してるから、万が一大門寺が見える側だったら大声上げて逃げてこいよ。声も周りには聞こえないんだし」
「嫌だよ情けない。相手に背を向けるなら死を選ぶ」
「どこの剣豪だ……」
アリスと二人そんな事を言い合いながら夜道を歩く。
そもそも、好き勝手に幽霊になれるなんて色々と不安要素も多い現象だ。
もし幽体離脱なんて芸当が出来なかったら娘が夜に出歩くことをマスターたちが許す訳がないので、この時間はその能力で作られていることには感謝しておこう。
「そういえば大門寺の家がどこにあるか知ってたの?」
「ああ。夕方に今日会った黒山咲の妹に連絡して、大体の場所を聞いたんだよ。大門寺とは親戚らしくて昔は家に遊びに行くことも多かったそうだ」
突然そんな質問をされて黒山は少し驚いていたけれど、思いの外協力的で助かった。変に勘ぐられて警戒されたら、最悪家の住所を教えて貰えなかっただろう。
「黒山さんには、鈴音と一緒に夕方会いに行ったんだよね。どんな人だった?」
「ん? あー、それなんだが、俺とアリスは面識がある奴だった」
「そうなの? お店のお客さんとか……いや、そんなに若い子は飛鳥くらいだし」
「あれだよ。俺が駅前で記憶喪失のアリスを手伝ってたときに、ナンパした女の子。最初に声かけたのが黒山だった」
「ええ! すごい偶然!」
当然だけれどアリスもかなり驚いている。そりゃ、こんな状況じゃなければこれだけでその日の話題として通せる自信があるくらい凄い確率を引いたわけだけど。
「そのせいで黒山からはナンパ先輩って呼ばれる始末だ。本当はお前がやったのにな……」
「……そんな昔のこと忘れた」
「そうか。なら昔俺がアリスに何でも好きなものを奢るって約束したのも忘れたのか」
「それは覚えてるよ! 楽しみ」
都合が悪いことは忘れ、都合の良いことは記憶を捏造する頭のようで、アリスは俺から目をそらしてバツの悪そうに星を見ていた。
そうこうしているうちに、大門寺の家に着く。
アリスの家から学校側に進んで、途中の住宅街を中に入っていったら直ぐに見つけられた。




