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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
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   幽霊少女の真実②

 マスターに胸ぐらを掴まれた。そのまま少し揺らされるので脳みそが前後に振られ気分が悪くなる。


 や、やっぱりこのハイテンションな女の人はアリスの母親だったんだ。なら流れからして先程の厨房の人は父親だろうか? ……それは何となく理解できるな。


「こら奏。お客様にそんなことしたら駄目だよ?」


 注文した炒飯が乗せられた皿をトレイに乗せた旦那が慌てて仲裁に入った。


「せ、せやけど。家の天使がこんなやつの毒牙に……。」

「こんなやつて」

 

 俺から手を離してもじもじと指を遊ばせ始める。その姿はまるで恋を恥じらい楽しむ、うら若き乙女のようだ。


 この人、旦那の前だとこんな感じなんだろうか。


「アリスは僕らが思ってる以上にハッキリ物を言う子だったよ。そのアリスが話をしたのなら、この子は悪い子じゃないでしょ?」

「う、そんな目で見つめられると……。ええわ、少しだけ認めたる。男の友達がおったていうのは意外やけどな」


 アリスの一言のせいで何故か俺が追い詰められたが、マスターはひとまず納得してくれて短く息を吐いた。


「ごめんね、山元くん。アリスに関わることになると、奏は心配性になるから。はい、ご注文の炒飯になります」


 幸耀さんが言いながら炒飯を机の上に置く。


 見た目はいたって普通の炒飯だが、香ばしいにんにくの香りが鼻を刺激してきて途端に食欲がそそられた。本格的な中華の炒飯にも見劣りしない出来だった。


「いいんですか? 話中に……」


 流石に目の前の人たちがアリスの親だとわかった今、呑気に食事を取るのもどうかと思ったのだが幸耀さんが笑顔で頷いたので厚意に甘えることにした。


「その炒飯。アリスが好きでよく作っていたんだよ。他のお客さんから注文されることは全然ないんだけどね」

「そうなんですか? こんなに良い匂いなのに」

「つうか坊主、なんで幸燿さんには敬語なんや?」

「……大人っぽい雰囲気があるからだな」

「このガキ!」

「まあまあ奏。僕は子供っぽいお茶目な面も好きだよ」

「キュン! うちも好きや!」


 バカップルは無視して食べ物と一緒に置かれたスプーンを手に取り、俺は炒飯をすくう。


 見た目もいいし変な焦げ目もない。本当に美味しそうな炒飯だ。


 俺はそれを一口、口の中に入れた。

 うん。味も大丈夫だ。美味い。いや、え、なんだ?


 何か変な感じが……。


「あの、これって……。」

「隠し味を入れててね。恥ずかしながら、炒飯は僕の十八番なんだ」

「は、はあ……」


 なんか、ネバネバする。最初はパラパラの炒飯だったのに口の中に入れると途端に食感が変化した。というか、もはやガムだ。

 食感の変化は他の何物よりも不快感を底上げしていき、思わず口を開けそうになってしまう。もはや本能がこれを飲み込むことを拒否しているようだった。


「じゃ、僕少し洗い物あるから。後でアリスのこと聞かせてね」

「は、はい」


 必死に口を手で抑えて返事を返した。なんというか、この人に正直に話すのは流石に良心が痛む。

 厨房に入ってこちらの声が聞こえなくなるくらい離れてから、全身を使って飲み込み一気に咳き込んだ。


「げほ! ごほ! な、なんなんだこれ!?」


 マスターと飛鳥がそんな俺に同情するような視線を向ける。


「幸耀さんの特性炒飯や。アリスしか食べられへん」

「私はアリスとこのお店でしか話したことないけど、かなり壊れた味覚を持ってるわよ」

「壊れた、味覚……」


 横のアリスがショックを受けたようにうなだれていた。


 にしても、これだけ見た目が完璧なのに食べたら不味いとは。隠し味にどんな劇物を混入しているんだ。


「山元、なんやその、それでお金取るのは悪いから何か他の作ってもらおか? その炒飯はタダでええから」


 マスターが心配そうに忠告してくれる。


 た、確かにこの味を食べ続けるのは無理があるな。勿体ない気もするがここはありがたく別の注文を……。いや、それはよくないな。


「大丈夫だ。折角作って貰ったんだ、全部食べるよ」


 別に毒が入っているわけではないのだ。食感が苦手だからという理由で食べ物を粗末にするのはよくない。


 俺は炒飯を食べ進めた。


「はぐ! た、確かに、不味いが! 何とか食べ進めれば!」


 口の中にガムのような食感が広がり気持ち悪くなったが、もう勢いで口に入れ続けた。


「優作、あんたはよくやってるわ! それ以上は!」

「そうや! うちの店で死人を出すのは勘弁してや!」


 飛鳥とマスターが二人して止めに入るが俺は食べ続けた。


 確かに最初は勢いで口にかっこんでいた。しかし、四口目あたりからだろうか。


 俺の手は止まらなくなっていた。


「なんでか、手が止まらない!」

「ふっふー。その秘密は隠し味にある」


 俺の驚きに横にいたアリスが腕を組んで自信満々に答えた。少し誇らしそうに鼻を鳴らす。


「その炒飯は謎の隠し味で最初の数口は地獄みたいな味がするの。でも、少し我慢すれば手が止まらない。とんでもない中毒性が秘められているの、私もそれがたまらないから定期的な摂取を辞められなくなった」

「なんか、変なもん、入ってないよな!」


 あっという間に一皿食べ終わってしまった。

 生まれて初めて味わう何かが満ち足りたような謎の感覚に陥っているが、不思議とすがすがしい気分だった。


「ま、まさか、食べきるなんて……。」

「うちでも一口以降手が伸びへんのに。なんて根性や……」


 女性陣が若干引いたように俺を見ていたがそんなことは気にならないくらい達成感に震えていた。


「いや、普通に美味しかったぞ? 飛鳥も頼めばどうだ?」

「それだけは本当に勘弁して。一回食べようとしたけど、まだ口の中にあの感覚を思い出せるわ」


 本当に美味しいのに、もったいないことをしているな。


 俺は腹も膨れたので横にいたアリスに再度視線を送った。本当は声を出して話をしたいが、人の目がある。探るような視線で訴えることしかできない。

幸いなことに、アリスも俺の考えを既に理解していたらしく短く頷く。


「いいよ。私のこともっと深く聞きたいんでしょ。お父さんの炒飯を見て久しぶりに懐かしい気分になったの。気持ちは整理できた……と思う」


 最後、少し自信なさげに呟くような声になっていたが許可はもらえた。


 目の前の人がアリスの両親であることは分かったんだ。ならば、アリスがどうして今この世界に幽霊として存在しているのか。何が原因で亡くなったのか。


 そのすべてを誰よりも理解しているはずだ。嫌というほどに。


「あの、マスター。」


 空になって中華っぽい柄が見えている炒飯が入っていた皿を珍しそうに眺めているマスターに声をかける。


「なんや? 女に二言は無い、今回のお代は無料でええで」

「そうじゃないんだ。最初に言っただろ。俺はアリスを探しているって」


 やはりアリスの話に触れられるのは好ましくないのか、少し顔をしかめた。


 普段の俺なら流石に人の思い出したくもない過去を掘り下げるなんてことはしない。でも今だけは、アリスのために聞く必要があった。


「アリスは今、どこに眠っているんだ? 昔のよしみもあるし、その、挨拶に行きたくてな」


 ストレートに死因を探るのは余りにも失礼なので、俺が考え付いた最大限に配慮した聞き方をした。


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