天才少女はそこにいた②
頭のおかしい中学生、如月友華との邂逅は俺たちにとって更なる面倒ごとだと感じられた。
「そもそもお前は何で噛み付いてきたんだ? 黒山と俺たちの話を盗み聞きしてたのか?」
「盗み聞きじゃないわ。立ち聞きよ。学校近くでお前たちが燈子に話しかけた頃からね」
「結構序盤からだな! あとそれ、どっちも同じようなものだぞ」
友華とかいうこの中学生は頭が良い方なのかわからないが、どうにも人を馬鹿にした態度が鼻につく。
こんなことで時間を食っている場合ではないのに。
どんな風に言いくるめてやろうかと考えていると、腕を掴まれていた黒山が友華の耳元で何やらこしょこしょと話しかけていた。
ふむふむと頷いた友華は俺たちの方を向き直し、ぺこりと頭を下げる。
「悪かったわ。どうやら私の早とちりだったようね」
「随分と変わりようが早いな……。逆に不気味だぞ」
「燈子から言われたんですもの。信じない訳がないわ」
どうやら黒山の方から自分が姉の自殺の件で話を聞かれていたことを説明してくれたらしい。デリケートな問題だから部外者に話していいものか、と戸惑っていたので助かる。
それにこの友華という少女は、黒山の話だけは素直に聞いてくれるようだし。変な誤解を早々に解決できてよかった。
「ついでだから私も話しの続きを聞いていくわ」
「ええ……。なんでそうなるの……」
鈴音が友華のデリカシーのなさに驚愕、いや引いている。話の概要は聞いたはずなのに、友人の過去にずけずけと踏み込んでいく様はもはや驚嘆の域だ。
「燈子さんはそれでもよろしいのですか?」
「はい。それに、こう言ってはあれなんですけど、友華は頭だけは良いので先輩たちの力になってくれると思うんです! 性格は終わってますけど」
「燈子。お前私に対して厳しすぎないかしら」
「まあ、初対面でもわかるくらいだし、いつも一緒なら尚更だろう」
「お前に発言権がいつ与えられたの?」
「黒山以外には噛みつくのな!」
澄ました顔で見られてしまう。
まあ、こいつの態度はこの際無視するとして黒山が言うのだからその点は尊重するべきだろうな。
頭を掻きむしって不安丸出しの態度で話を続ける。
「ああ、もう。取り敢えずこのまま話をするとして、今後どうするのか考えていたところなんだよ」
「飛鳥ちゃんは、虐めの事についてあまり話したくないっぽいんだけど、大門寺の言う飛鳥ちゃんのせいで燈子ちゃんのお姉さんが亡くなったって内容はどうにも腑に落ちない点が多いんだよね」
鈴音の言葉に黒山が首を傾げる。
「腑に落ちない、ですか? 姉が虐めを最初に仕掛けた復讐のせいでより虐められてしまったという話で筋が通ってはいると思うんですけど」
「はい。動機もありますし、話の筋道としては間違い無いんですけど……」
「ああ。飛鳥が復讐何かのために誰かを虐めるような奴には思えないんだよ」
そう。今回の一番の問題は神谷飛鳥という人間が、間違っても虐めの加害者になるような人柄じゃないことだ。
確かに最初は虐めの被害者側で相手に対しての恨みはあったかもしれない。でもあいつが自分のされた嫌な事を、そっくりそのまま他人に返すような真似をするとは思えないのだ。
「なるほど……。その大門寺とかいう人が、何かしら大きな誤解をしている。そしてその答えを持っている人物は近くにいるのだけれど、トラウマになっているかもしれないから秘密裏に誤解の原因を探りたい。話の流れはこれでいいかしら」
「うん、間違ってないよ」
黒山もこくりと頷く。よく今のやり取りだけで、そこまでの情報を纏められたものだ。
自称天才の痛い奴だと思っていたけど、国語力は並大抵のものではないらしい。
「やはり飛鳥さんに尋ねるしかないのでしょうか?」
知覧が俺たちと同様の意見を挙げる。
ここまで手詰まりになってしまうとその方法しか浮かばない。
黒山も姉の話であって、これ以上細かい事までは把握していない様子だし。
「少し待ちなさい。その飛鳥とかいう人に話を持っていくのは最後の確認の時だけがいいわ」
「えーっと、友華。どうしてそう思ったの?」
「単純な話よ。わざわざ途中で聞くより、最後に答え合わせをするだけの方がその人の負担も減るじゃない」
当たり前のことを話す友華。
そんなこと誰もが分かり切っている話だ。
何故俺たちがここまで悩んでいるのかというと、飛鳥に聞かなければ大門寺と飛鳥のどちらが嘘を吐いているのかわからない所まで来てしまったからなわけで。
「そんな事はわかってるんだけどよ。飛鳥に聞かないと進めようがないだろ?」
「はあ。これだから童貞は。事を急ぎなのよ」
「ど、童貞じゃねえし!」
「「え?」」
「あ、すみません嘘です。童貞です」
知覧と鈴音の指すような視線の前に咄嗟の自己弁護も即座に中断した。
「お前が何を早とちりしているのか知らないけれど、この場合先入観をなくして考えることが大切よ。例えば、どちらも本当の事を言っていると考えてみるとかね」
「本当の事? 飛鳥が虐められていた。そして、大門寺がその虐めを受けていた筈の飛鳥が逆に黒山の姉に虐めをしていた場面を見たっていう証言がどちらも正しいって考えるのか?」
「今は情報が少ないから、変に先入観を持つのはよくないじゃない。それが妥当な考えよ。間違ってもその飛鳥って人が、確実に虐めをしていなかったなんて思わないことね」
正しすぎる友華の意見に俺たちは何も反論することが出来なかった。
確かに幾ら飛鳥でも小学生の頃だ。今とは人格も多少異なっていたと思うし、善悪の判断が曖昧だったというのは否定できない。
「でも、飛鳥はそんな奴じゃないんだ。本当なんだよ」
情けない。
自分の友人が悪者扱いされるかもしれないのに、何も言い返せないなんて。
「……そう。だったら、情報を集めることね。飛鳥って人とは仲が良いようだけど、大門寺については知らないことも多いのでしょう? なぜそんな行動をするのか一度その人自身について探ってみればどうかしら?」
友華はそう言い残して黒山を連れ歩き出してしまう。
日もだいぶ傾き始めているし、これ以上話しても無益に時間を浪費するだけだと感じ取ったのだろう。
「ちょ、友華! ああ、もう! ナンパ先輩、知覧先輩に私の連絡先教えているので何か力になれそうでしたら連絡してください! 私も本当の事を知りたいので!」
強引に手を引かれて連れていかれる黒山は最後にそう言い残した。
ナンパ先輩という呼称は不名誉極まりないけれど、協力者が出来たことは心強いので今は注意しないでおこう。
三人で公園に棒立ちになる。
本当に濃い中学生たちだった。
「それで、優作は何かするの? 私は明日大門寺に話しかけてみようと思うんだけど……」
「でしたら私もご一緒しますよ。鈴音さんだけですと不安――いえ、危険なので」
「何か言わなかった?」
「いえー何もー」
凄いなこの二人は。
話が終わってすぐに自分がどう動けばいいのか考えられるなんて。
友華の考えは確かに的を射ていた。でも、大門寺について調べろといわれて直ぐに何か出来そうなものは無い気がする。
流石に明日三人で問い詰めに行くのは警戒されるしな……。
孝宏はネットを使って情報を集められるし、アリスは。うん。まあ俺と、どっこいどっこいだろう。
アリスか。――もしかしたら、いけるかもしれない!
名案が頭の中に突如浮かんできた。この方法なら、大門寺について新しい情報を手に入れられるかもしれない。
「俺は……。大門寺の情報を会話以外で探ってみるよ。今夜にでも」
「今夜ですか? 随分急ですね、何かお手伝い出来ます?」
「大丈夫だ! 人数は少ない方がいいしな! というわけでさらば! また明日な!」
「え、ええ!? じゃあね!」
善は急げと言わんばかりに公園から飛び出す。
そしてすぐさまある人物に連絡をした。
三回目のコールで電話に出てくれる。
「あ、もしもし俺だ。今夜用事あるか――?」
先ほどまで沈み気味だった自分の気持ちが、再度高揚しているのを感じていた。




