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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
三章・飛鳥
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四十二話・歪んだ正義

「それで話の収集がつかなくなって、私が呼ばれたんですね」

「まあ、そんなところだ。すまん」


 公園のベンチで知覧に朗らかなトーンで話される。俺もさっきまで動揺していたけど、第三者である知覧千夜子の登場で大分冷静になることが出来た。

 まさか、特に関係のない中学生と接点があったなんて想定外もいいところ。惜しむらくはその点とやらが、インクがどばどばに溢れた最悪の状態で作られた薄汚れた点だったことだ。


「その、本当に悪いと思ってるんだ。不可抗力とはいえ、ナンパ紛いの事をしたのは謝る」

「優作さいってー! 大丈夫だからね、私が守るから!」

「す、すみません。ありがとうございます」


 ベンチに座っている黒山とその前に立っていた俺の間に入るように、鈴音が体を入れてきた。

 まるで不審者から娘を守る母親のような視線を向けられてしまう。


「皆さんひとまず落ち着いてください。この子も不安になってしまいます。すみませんね、怖い人たちじゃないんですよー」

「あ、は、はい。すみません、私も少し動揺しすぎました……」


 おさげの中学生は、知覧から宥められると安心したように表情が少し柔らかくなっていた。

 俺たちではどうにも警戒されすぎていたので、知覧を急遽呼んだのは大正解だった。


 高校生離れした母性で早くも黒山への距離を近づけている。自然な動作で真横に着席していた。

 歴戦のオカンにも匹敵するその流れるような他者への介入は、まさしく神業。特殊能力の類と言われても不思議ではない。


「それで、私もある程度事情は孝宏さんからお聞きしていますが、優作さんたちの口から言った方がいいのでは?」

「ああ、すまん。今まで話を切りだすタイミングがなくてな」


 鈴音も空気を読んで俺と黒山の間から身を引く。

 防壁を一つ失った黒山は警戒の色を濃ゆめて、ピンと背筋を伸ばした。


「俺たちは聞きたいことがあって来たんだ。その、黒山の姉についてのことなんだけれど」


 姉。

 その単語を口にした瞬間、黒山の目が見開いた。


「あ、え? お姉ちゃんのことですか?」


 噛み締めるように、確認してくる。

 覚悟していたことだけれど、いくら友人の為とはいえ他人の過去を自分勝手に抉るのは自分への嫌悪感がすごい。


「うん。親戚に大門寺っているでしょ。その人が今その頃の復讐みたいなことを始めてて。でも多分誤解してやりすぎている部分があるから、よければ話を聞きたいなって……」

「当時の事を知っているのが黒山さんしかいないんです。可能な範囲で教えて貰えませんか。もちろん少しでも無理だと思ったら、話さなくて結構ですよ。私たちはそれで帰りますので」


 二人が最大限黒山に配慮した物言いをしてくれる。

 しかし、表情は未だに曇ったまま。


 高校生三人に囲まれて緊張しているのもあるだろうが、それ以上に何か気分を沈めるような理由があるように見えた。

 数秒の沈黙の後に、目の前の中学生は勇気を振り絞って口を開く。


「大門寺お兄ちゃんが、復讐、ですか……。その、具体的にはどんなことを?」


 当然の疑問だろう。本来なら俺も真っ先にその事を伝えて、手伝いを申し出たかったくらいだ。しかし、何故それをせず敢えて遠回しに濁したかというと大門寺と黒山が親戚の間柄にあるからだ。


 俺にはそのような関係にある人がいるかも分からないけれど、親戚で年が近いのなら今後も付き合いはあるだろう。それなのに大門寺が復讐のために、飛鳥を生徒会選挙から蹴落とし精神的に追い詰め始めている現状を知ったら関係の修復が絶望的だと思う。

 だから今の質問にも慎重に答えないといけない。


「学校中に飛鳥さんは人殺しだーって貼り紙をつけて、生徒会選挙の妨害をしていましたね」

「後は直接飛鳥ちゃんと喋って、怒りをぶつけてたよ。許すつもりはないとか言ってたね」

「俺の気遣い!?」


 女子二人がはっきりと事実を言う。

 鈴音ならまだしも知覧までそんなことを言うなんて……。折角気を遣っていたのに台無しじゃないか。


 恐る恐る黒山の方を見ると、驚いて狼狽するかと思っていたが意外にも落ち着いた様子で今の話を聞いていた。


「優作さん。私たちは黒山さんに助力を求めているのに、肝心なところを濁しては失礼ですよ」

「まあ、知り合いが何かしたのなら正直に伝えないと。同じ立場だったら私もその方がいいかな」

「え、そういうものなのか……?」


 女心って難しい。

 話に頷いて何かを考えていた黒山がはっとしたように顔を上げた。


「その、先輩方が言ってた飛鳥って……。もしかして神谷飛鳥さんのことですか?」


 質問というよりかは確認のようなトーンだ。

 つまり、黒山咲だけでなく目の前の少女も。


「もしかしてお前も、飛鳥と面識があるのか?」

「……はい。何となく話が見えてきました。大門寺お兄ちゃんが、お姉ちゃんが自殺したのに飛鳥さんが関わっていると思い今言われたような事をしたんですね」

「そうです。私も人伝に聞いた話でしかないですけど、大門寺さんはかなり険しい表情をしていたとお聞きしました。飛鳥さんも精神的に不安定な状態です」

「そうですか……。そんなことになっていたんですね……」


 黒山は知覧の言葉に視線を下におろした。

 お姉ちゃんが自殺。その言葉を本人から聞いたとき、自分のなかでようやく黒山咲という人間が死んでいることを事実として受け止められた。


 黒山の言葉には、そのくらいの重みがある。身内が亡くなった話なんてしたいわけがないのだから。

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