鈴音との張り込み③
「話したよ。……ビックリするくらい普通でした」
「あ、そっちの方になるのな。普通、か」
今日は二人になっても話し口調を変えていなかったのに突然変わったから少し驚く。
俺のその指摘に大きなため息で返された。
「そりゃあ、優作と二人ですし演技なんてしませんよ。周りに誰もいないですしね。普段はオカ研の皆さんの前以外で今でも半分猫被ってる私だから言えるんですけど、今日の大門寺は普通に振る舞うような演技をしていたって感じですかね。まだまだ荒いのでわかっちゃいました」
自慢気に語ってくるけど、それは本当に誇っていいことなのか……。
「えっとそれは、大門寺も何か演技しないといけないくらい悩んでいることがあるってことか?」
「はい。特に大門寺は、優作も知っての通り根っこが善人じゃないですか。幾ら仇討のような目的があるとはいえ、飛鳥ちゃんにここまでの事をして本人の中で葛藤があるのだと思います」
根が善人。
鈴音のその解釈に少し違和感を感じた。
「確かに大門寺が俺たちの見ていた通りの性格なら、そう思っていても不思議じゃないな。でも可能性として、あいつが普段の性格で自分を偽っていたことも考えといていいだろうな」
「普段の性格は本性じゃなかったってことですか? そんな生きづらそうな学校生活を送っている人なんているんでしょうか……」
「少なくとも一人俺の横にいる」
鈴音がはっとしたように目を見開く。
すごい。ここまで自分にブーメランを投げたセリフを未だかつて経験したことが無い。
「ご、ごほん! あ、あの子それっぽくないですか!?」
苦し紛れに鈴音が校門を指すと、本当に偶然だろうけどそこに写真に写っていた少女によく似た人物がいた。
写真の特徴は、今ではかなり珍しい肩の辺りに垂れたおさげの髪型。あとは失礼だけど少し幸薄そうな地味な雰囲気だ。容姿は整っていないわけではないのだけど、何となく周りにいたキャピキャピした連中と比べて温度差を感じずにはいられなかった。
「それっぽいというか……あの子じゃないか? 今時おさげの女子なんてあまり見ないし」
「で、ですよね! それじゃあ確認に行きましょう、レッツらゴー!」
「俺が悪かったから一回落ち着けって」
恥ずかしさからか若干興奮気味の鈴音と一緒に、件の生徒のところへと近づいていった。
向こうもこちらに歩いてきていたので直ぐに距離は狭まる。鮮明に顔を確認出来るので改めて見てもどうやら間違いない。
この子が、黒山咲の妹。黒山燈子なのだ。
今さら遅いけれど、俺ちのしようとしていることは目の前の少女にとっても耐え難い程に残酷な経験をさせてしまうかもしれない。
家族が、姉が自殺した理由なんて思い出したくもないだろう。
もはや飛鳥の生徒会選挙なんて二の次だ。俺ちは悪い噂を流され今にも潰れてしまいそうな飛鳥を見ていられないから、ここまで行動している。
その為には、事件の真相を知っている可能性がある人物を頼る以外方法が浮かばなかったのだ。
どれだけ罵り、軽蔑されても。
俺は、それで飛鳥が救われるなら喜んで泥を被ってやる。
遂に少女との距離は二メートル程になった。
歩道を真っ直ぐに進んで、俺たちに向かってきている。暗そうな顔で携帯を弄っているので、俺からの視線には気づいていない。
一メートル。
声を確実にかけられる距離に入ったとき、意を決して口を開いた。
「ちょっといいか。お前が黒山燈子、さん?」
「私たち近くの山成高校の二年生なんだけど、少し話いいかな?」
俺のぎこちない対応に、鈴音が笑顔で言葉を挟む。
屈託のない鈴音の笑顔から、その少女も話しかけられた瞬間の不安げな表情をやめる。
高校生から話しかけられた驚きで、怯えてしまわれたら困ると思っていたけどその心配は不要だったようだ。
「あ、は、はい! 私になにか用事で……」
そしてしどろもどろに言葉を紡いでいた途中で俺と目があう。
次の瞬間、少女はわかりやすく絶望した。さながら悪魔にでも会ったように。
「ひゃあああ! ナンパの人ですうううう!?」
「おわあ! どうしたの!?」
「ナンパってなんだ!? ……って、んん?」
ナンパの人?
なんだその聞き慣れない呼び名は。
不良野郎と揶揄されたことは昔あったけど、そんな称号は貰ったことない。
いや、待て。
そういえば過去に一度ナンパを疑われたことがあったような。
確かアリスが幽霊だった頃に、記憶の手掛かりを探して駅前で色んな人に声をかけて飛鳥に勘違いされたんだった。
そういえば……。
一番最初に声かけた子って、こんな感じだったような……。
その時自分のなかで終盤のパズルのように、ピースがパチパチとはまっていくのがわかった。
あ、そうだ。そういうことか。
なるほどなるほど……。
うん。
「……鈴音。悪い、俺前にこの子を駅前でナンパしてた!」
「えええええ!? 何してるのおおお!?」
「ごめんなさいごめんなさい! 中学生なので夜のお店では働けないんです! いや、成長した後も働くつもりは無いですが!」
泥を被るなんてもんじゃない。なんなら俺は既に沼に落ちていたようだ。
ナンパした男。
された女。
そして、クラスメイトの痴態を知った女。
立場は以上の三つに分かれ、現場は混沌を極めていた。
優作が燈子にナンパしたのは【第三話・記憶探し②】の後半です




