四十一話・鈴音との張り込み
噂がどんどん拡散されていった次の日、飛鳥は学校に来ていた。
昨日は意気揚々と話し合いをしていた俺たちだが、遠目からでも分かる本人の意気消沈ぶりを見ると少し自分たちの見通しが甘かったのではないかと不安になってくる。
とりあえずは、教室が違うので飛鳥のいたクラスを素通りして一度自分の席に鞄を置きに行く。
「ね、ねえ山元。飛鳥が落ち込んでるんだけど、どうしたらいい?」
普段ならこのような状況で積極的にかかわっていきそうなアリスですら、不安げな表情を浮かべ教室で会うなり俺に話しかけてくる始末だ。
「俺に聞くなよ。ここは教室が同じ孝宏に任せよう」
うん。そうだ。それがいい。
多分孝宏ならいい感じに気を遣って、話しかけてくれそうだ。
根拠はないけど何かそんな気がしないでもなくもない訳でもなくもない。
「僕も無理だよ。さっき話しかけたら空返事で返されただけだし」
「おお、お前こっちの教室に来てたのか」
生気の抜けた顔でショックを受けたように項垂れていた。
早速飛鳥に撃沈されたようだ。
「私も何か変な感じの会話になっちゃった」
鈴音も同じような感じになっている。
聞くまでもなく孝宏と同じような経験をしたんだろう。
「鈴音でもこれか。こいつは結構重症だな。聞いた感じだと未だに噂は広まってはいるけど、質の悪い冗談みたいな扱われ方をしてるんだろ?」
「そうらしいね。大門寺が広めたとしても、流石に高校生ならどんな噂でも鵜呑みにするような中坊みたいな感じにはならなかったね」
「さらっと中学生を馬鹿にしたね」
朝のホームルームまで残り十分はあるな。
二人が話しかけに行っているのなら俺も足を運んでみるか。
「よし、俺も話しかけて来るよ。挨拶くらいなら普通の会話になるだろ」
「あ、うん。頑張ってね」
撃沈中の二人に変わってアリスに見送られる。
飛鳥のいる教室に向かうと、前後左右の席には誰も座っていなくて明らかに距離を置かれていた。
昨日あんな噂が流れた状態で学校を休んでいるので、話を信じる信じないに関わらず一歩引かれた対応を受けているようだ。
「よ、よお飛鳥。おはよう」
気さくな挨拶を最初に放つ。
それまでノートを見ていた手を止めて、飛鳥は視線を合わせてきた。
「き、奇遇だな! たまたま通りかかって話しかけちまったよ! 今日はいい天気だしな!」
「うわあ、ド下手糞……」
教室のドア付近から鈴音のそんな声が聞こえた。
俺の完璧な気遣いに飛鳥はゆっくりとほほ笑む。
ほれ見ろ。確かに落ち込んでいるには違いないけど、受け答えくらいは普通にしてくれるだろ。
「おはよう優作。その、昨日はごめんね。私のせいで何か巻き込んじゃって」
「気にするな。大門寺のやり方が気に食わなかっただけだ。どうせ何か誤解があるんだろ?」
「誤解って……。まあ、大門寺が全部を知っているとは思わないけど……」
「まあ、生徒会選挙は大丈夫だろ。あまりあの貼り紙を信じているやつもいないしな」
「そ、そう。えっと、よかった?」
「何で疑問形なんだ……」
「ご、ごめん! あれよね、大根おろしみたい!」
脈絡もなく訳の分からないことを言い始める。
大根おろし……。何かの例えか?
「急にどうした、好きな付け合わせの話か?」
「あー、っと、コチュジャンだっけ?」
「……お、おう」
駄目だ。話が通じない。
というよりはこっちの話を聞いている感じじゃない。
会話している形はとるけど、心ここにあらずだ。
「ああもう、優作こっち」
「ん、ああ。飛鳥、またな」
鈴音に手を引かれて廊下に戻される。
正直助かった。話を切るタイミングがよくつかめないほどには飛鳥との会話の虚無感が凄かったから。
「こっちの話全然聞いてないでしょ? 孝宏や私の時もそうだったの。平気な顔してるけど、学校にもかなり無理して来たんだろうね……」
再び自分のノートとにらめっこを始めた飛鳥を廊下から覗き込む。
やっぱり本調子ではないみたいだけど、ここまであからさまに酷いとは。
早く大門寺の誤解を解かないと飛鳥の復帰は難しそうだ。




