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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
三章・飛鳥
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   少女の覚悟と現実と④

「ゆう、さく?」


 背中から聞こえるのは、飛鳥の今にも消え入りそうなか細い声。


「どけ。話があるのは飛鳥だ」


 突然間に割って入ったので、当然だが大門寺の怒りを買う。

 こいつにここまで睨まれたのは初めてだ。


「まあ落ち着けって。朝のホームルームが始まってるだろ? さっさとそっちに顔出してこいよ、虐めっ子」

「……何?」


 ピクリと大門寺の眉が動く。

 安い挑発だけど、効果はあったらしい。飛鳥から注意をそらせた。


 体格がラグビー選手のような大男なので、そんな奴に正面から睨まれると滅茶苦茶怖い。飛鳥はよく言い返していたな……。


「怯えてる女子に無理矢理近づくなんて、立派な虐めだろうが。写真でも撮ってやろうか?」

「優作。いくらお前でも、この話に割って入るな。不快だ」

「は、昨日まであんなに仲良く接してたのに全部演技だったのか?」

「……お前、どこまで挑発する気だ? 手を出さないと思っているのか?」

「まあ、次期生徒会長候補が生徒に暴力なんて振るわないだろ」

「俺が立候補したのは、飛鳥を落とすためだ。……その女の思い通りに事を運ばせたくないからな。ここで貴様を殴って選挙に落ちようが、学校中に噂を流して幾らでも悪評を広げてやるだけだ」


 ヤバい。大門寺、思ってたより考えてた。

 俺が余裕を持って間に入ったのは、選挙を盾にすれば暴力は振るわれないと思ったからだ。でも今の大門寺は、一番の目的に飛鳥の妨害を考えている。

 選挙はあくまでもその手段の一つだったということだろう。


 人よりは喧嘩の経験が多いからわかるけど、大門寺と正面からやっても勝てる気がしない。そもそも、そんなこと考えたくもないし。

 うわ、頭近づけてメンチ切ってきた。

 ……どうしよう。


 肝心なところを考えていなかったので、ここからどうしたものかと行き詰まってしまう。



「何この状況? 優作と大門寺が喧嘩するの?」


 一応形だけでも大門寺と睨みあっていたら、入り口から救世主の声が聞こえる。

 本当に最高のタイミングで現れてくれたのは、俺の心の友。孝宏が俺と大門寺を交互に見ていた。


「……はあ、お前も来たのか」

「大門寺。一つ聞くぞ。なんで、飛鳥ちゃんは怯えてるんだ?」


 飛鳥を見て孝宏の表情が変わった。

 今この状況が、俺と大門寺のいざこざでないことを瞬時に理解したらしい。


「もし、飛鳥ちゃんに何かしたのなら……後悔するぞ?」


 口を強く噛み締めて怒りを露にする。

 孝宏は普段はあれだけど、友人思いだからいまの状況で怒るのも無理はない。


「あー! 孝宏怖い顔してる! やめなよバッチい!」

「山元は何かほっとしてない?」


 さらに孝宏に続いて、鈴音とアリスもやってくる。

 ……全員が朝のホームルームをすっぽかして部室に来たのだ。


「……みんな」


 飛鳥が俺たちを交互に見る。

 それでもいつも程の元気がないのは、何か過去の記憶に犯されて心ここにあらずといった状況だからか。


「は、はっはっは! まさかここまで馬鹿が多いとはな!」


 そんな俺たちを見て大門寺は初めていつものように豪快な笑い声を出した。

 しかし、それは決して普段通りに戻ったわけではない。


 入り口に向かい孝宏たちの横を通る。こちらに振り返ることなく背中を向けて立ち止まった。


「孝宏が来てしまっては、暴力でも厳しいな! だが飛鳥よ、覚えておけ」


 喋りながら歩き出す。

 廊下に不気味なほどに声を反響させて。


「お前が友人に恵まれるなど、俺は絶対に許さない」


 そう言って大門寺は誰もいない部室棟に、コンクリートと内履きの底のゴムの当たる音を響かせながら去っていった。

 状況を理解できていない鈴音とアリスは、心配そうに飛鳥に駆け寄る。飛鳥の反応は、最低限の受け答えをする程度のものだった。


「飛鳥ちゃん」


 おそらくある程度は場の雰囲気を把握している孝宏が、飛鳥に声をかけようとした俺を手で遮って先に話しかけた。


「……孝宏、どうしたのよ」

「実は教室には飛鳥ちゃんが熱っぽくて病院に行ってから来るって伝えてるんだ。だから、今日はもう帰りなよ」

「……そう」


 それを聞くと、飛鳥は安心したように鞄を手に取る。


「アリス、鈴音。そう言うわけで、今日はサボるわ。じゃね」


 辛そうに。

 噛み締めるように。

 そんなことを言うものだから、アリスと鈴音も頷くしかなかった。


「飛鳥」


 廊下に出た飛鳥に声をかける。

 ポニーテールを揺らしながら振り向いて、そして笑っていた。いや、口角を無理やり上げているだけのように見える。


「明日は、来るのか?」

「……もちろん」


 そう言って階段を下り飛鳥の姿は見えなくなる。

 このまま二度と会えなくなるのではないか。そんなある筈もない不安が頭によぎってしまう程に、飛鳥の笑顔は大きなヒビを抱えているように思えた。

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