少女の覚悟と現実と③
「……なんだよ、その反応」
「大門寺。今のはどういう意味よ」
問題の男が腕を組んで部室のドアの前に立っている。俺が開けっ放しにしていたようで、今の話を立ち聞きされていたらしい。
大門寺は普段とどこか雰囲気が違って、いつも笑っている口角が下がり唇はへの字を作っていた。
「今の話し方だと、まるでお前があれを貼ったみたいな感じになるぞ」
自分の鼓動が速まっているのを感じている。
頼む。
嘘であってくれと。
儚い希望にすがっていることが、よくわかる。
「その通りだ。あの紙は俺が貼った」
「っ!?」
「あんたねえ、そんな奴だったなんて見損なったわ」
驚くだけの俺とは違って、飛鳥が敵意を剝き出しにして大門寺を睨みつける。
柔道部の大男はその視線に一切動じることなく口を開いた。
「はは。確かに他の生徒からは、今の時点でかなり悪者扱いされているだろうな。こんな話、直ぐに信じる奴もいないだろうしな」
「はあ、今度は自分が正しいアピール? 流石に今回のはいつもみたいな悪ふざけのレベルじゃないでしょ、そのくらいわかるわよね」
「ああ、もちろんわかっている。ふざけてなんかもいない」
大門寺が今度は逆に飛鳥を少し厳しい目で見つめる。
ずっと前から何かの恨みを抱いていたように。親の仇のように。
真っ直ぐ、その鋭い眼力で殺さんばかりの様子だった。
こいつのそんな表情を、初めて見たかもしれない。
「飛鳥よ。黒山咲を覚えているか?」
そう口にしたとき、飛鳥の肩がびくりと強張ったのが分かった。
今までの態度が嘘のように、苦虫を嚙みつぶしたような顔になる。
「なんで、あんたからその名前が……」
「咲は、俺のいとこだ」
「っ! ……そう」
どういうわけか、飛鳥が動揺して後ずさる。
「待ってくれ。 話が見えないんだが、その咲って人と飛鳥に何かあったのか?」
俺の質問に大門寺は大きく頷いた。
そして、恨むように蔑むように答えをくれる。
「お前も同じ学校だったが、クラスが違うから面識がそうなかったんだろうよ。咲は三年まで飛鳥の同級生だった。そして飛鳥に虐められていた」
「……あ」
か細い声を飛鳥が挙げる。
まるでそれは、大門寺の妄言が真実であると伝えるようで。
いけない。俺が飛鳥を信じないでどうする。
その気持ちに急かされているからか、普段より大きい声で話す。
「飛鳥、冗談だよな! こいつの言ってることは全部冗談で、朝の貼り紙も嘘だ! そうなんだろ!?」
「そ、それは、全部は冗談じゃなくって……」
「すべてが本当だ。飛鳥は知らないだろ? 咲はお前たちの学校から転校して、小学六年生の頃に――」
知らない人間の知らない情報。
俺が聞いたところで、どこかテレビのニュースのように部外者視点を決め込むだけだ。
でも。飛鳥に聞かせてはいけない。
何かがおかしくなる。それだけは確実な事だ。
「大門寺やめ――」
「自殺したよ。虐めのトラウマが抜けなくてな」
最悪の内容を、最悪のタイミングで。
飛鳥はそれを聞いて、ただ立っていた。
微動だにせず直立でまるでロボットのように。
「し、死んだ……?」
「そうだ。咲はな、殺されたんだよ。お前のせいでな」
豪快で大雑把。しかし、誰よりも気のいい男で人望に厚い。
今の大門寺は、そんな普段の様子からはかけはなれていた。中身がストンと入れ替わってしまったかのように、淡々と事実であるだろう事柄を述べる。
「あ、え? 咲が自殺? おかしいわよ、だって! 私はそんなこと聞いてない!」
「当たり前だろ。転校前の学校の、それも虐めをしていた人間に咲の家族が連絡すると思うか?」
「違うのよ大門寺! あんたは誤解して――」
「お前が! 咲に虐めをしたとき、俺はその現場を見たことがある! 見苦しい言い訳はやめろ!」
「なっ!?」
声荒く発せられた大門寺の言葉に飛鳥は完全に気圧されてしまった。
話についていけてない俺でさえ、びくりと肩を強張らせてしまう程に強い怒気がこもっていたから。
もう、飛鳥は震えているだけだ。
目を見開き、突然知った現実を拒絶するように自分の腕で自分を抱きしめながら。
「ちが、私は、本当に……」
「違わんだろ。だったらどうして咲は死んだ?」
「やめ、て……」
怯える飛鳥に大門寺が詰め寄る。
話の真偽はわからないが、内容はかなり重たいものだ。
その、虐めで、人が死んだとか。ニュースで見る別な世界の話のようでいまいち現実感を持てない。
ただ自分の心臓がこの話に関わってはいけないと危険信号を発して、普段より速く動いているのはわかる。
確かに当事者どうしで話し合い、そして解決策を考えるのが一番の理想だ。大門寺と飛鳥なら、多分それが出来る。飛鳥が悪いという方向で話が進むけれど。
この話に第三者である俺が関わるのは、その咲とかいう人を侮辱することになるかもしれない。その人のために怒っている大門寺を逆撫ですることもあるだろう。だから、今回は部外者の参加する余地などない。
まあ、俺はそこまで利口な生き方を出来ないのだけれども。
「優作。お前、何の真似だ?」
「悪いな。今のお前が女子に詰め寄る変態にしか見えなかったからよ」
でも、それがどうした。
目の前で飛鳥が困っているのに、動かない理由ばかり考える暇があるなら、暇がてら動いてやる。