少女の覚悟と現実と②
自分の教室よりも先に飛鳥のクラスを訪ねる。
そこに飛鳥の姿はなかった。
鞄もない。でも靴箱を最初に確認したら外履きが入っていたので、学校内にいることは確実だろう。
だとしたら部室か?
そう思って俺はオカ研の部室に向かう。
教室に自分の鞄だけおいて朝のホームルームには絶対に遅刻する時間だけれど、一人で部活棟の三階の端にある教室まで歩いてきた。
朝から女子生徒を探して教室に行ったり、靴箱まで確認するなんてなんだかストーカーみたいな事をしているな、と思いながら俺は部室のドアに手をかける。
建付けが悪く重いドアを横に引くと、中ではソファに座ってスマホを眺めている見知った顔がいた。
飛鳥だ。
それまで息が詰まるような窮屈さに襲われていた喉が、飛鳥を視認してようやく緩まるのを感じる。
「優作。やっぱり来たのね」
本人は俺が来るのが分かっていたようで驚いた様子もなく、ただ手に持っていたスマホを机に置いて体を俺に向けた。
しかし、どこか疲れているように肩が落ちている。
「ああ、理由も分かってるだろ。校門前のあの張り紙は何なんだ? いたずらにしても質が悪い」
「本当よ。選挙前の妨害工作なのかは知らないけれど、ここまでしてくるとは思わなかったわ」
呆れたように飛鳥が息を吐いた。
どうやらあの貼り紙に書かれていた内容は荒唐無稽なものだったらしい。もちろんそうではないかと信じていたが、本人の様子を見るに真実ではないっぽい。
「教室には行かないでいいのか? 余計に誤解されるぞ」
「その辺は孝宏に上手く誤魔化してもらうようお願いしたわ。口だけは達者だから、私が出るよりも丸く収めてくれそうだし」
「そうなのか。はあ、ったく心配させんなよな」
何故か飛鳥が物珍しそうに目を丸めて俺を見た。
両手の指を交差させて手遊びまでしだす。
「へー、心配してくれたんだ?」
「当たり前だ。教室にいなければ落ち込んでるんじゃないかって不安になるだろ」
「ああ、確かにね。でも安心して。この部室にいるのは今だけだから。朝のホームルームが終わったら教室に行くつもり。あんな貼り紙のデマ情報なんて、朝一の雑談時間が終わったら授業の忙しさで誰も話さなくなるでしょうし」
なるほど。飛鳥が教室にいなかったのにはそういう考えだったからか。
確かに午前中は朝のホームルーム以外は、連続授業の中で長ったらしく雑談をとれる時間なんてない。昼休みになれば、あんな現実離れした嘘情報なんて信じ込んでる奴はいないだろう。
朝の人だかりも殆どは貼り紙の内容が正しいかより、こんなものを学校前に貼り付けるなんてどういうことだ、といった行動そのものの笴虐さを思ってのものだろうし。
「確かにそうだな。お前が気にしていないのならよかったよ」
「そうね。……でも、一つ気になることがあるの」
「実は、俺もだ」
あの紙が貼りつけられたのは明らかに飛鳥の選挙を妨害しようという意図があってのもの。選挙当日六日前という状況を鑑みてもまず間違いないだろう。
動機が分かったのなら、自ずと犯人を絞り込める。証拠も何もない推測だけの話になるのだけど、今回飛鳥が選挙で落ちて一番得をするのは誰かと考えたら――。
「今回の行動。まさか大門寺がやった、なんてことはないよな?」
「私に被害を与えて一番メリットがあるのは大門寺だけど、あいつがそんなことするのかしらねえ……」
同じく選挙に立候補していて、飛鳥の次に人気であろう大門寺が正直一番怪しい。
でも俺と飛鳥が疑問に思っているのは、そんな行動をあの男がするのかどうかという点だ。
豪快に笑う熱血委員長。
裏でこそこそ行動するようなタイプには思えない。
そう考えていた時だった。
「隠す気はない。お前らなら犯人捜しくらいすぐに出来るだろうしな」
背後からよく知った男の声がした。
……大門寺だ。