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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
三章・飛鳥
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三十九話・少女の覚悟と現実と

「ちっがうわよ。――私、選挙で勝てると思う?」


 初めてだった。

 飛鳥が選挙について不安そうな顔をしたのは。

 他のオカ研のメンバー前ではいつも気丈に、余裕で受かるみたいな素振りを見せているけれど飛鳥自身心配が全くないわけではなかったんだ。


 薄暗い景色の中でも、飛鳥の瞳がそれを悠々と語っているのを確認できた。

 勝つか負けるか、か。

 そんなの――。


「勝つに決まっているだろ。お前だし」


 飛鳥なら勝つに決まっている。

 いくら大門寺がイレギュラーな相手だったとしても、飛鳥には常日頃から培っていた信頼がある。

 これはそう簡単に覆されない大きなアドバンテージだ。


「そ、そう。随分簡単に言うわね」

「当たり前だ。選挙まであと一週間だし、今までの行動がよかったお前なら間違いなく受かるだろ」


 俺も大門寺が参加すると聞いたときは、動揺して冷静に分析が出来ていなかった。普通に考えて飛鳥の勝率は高い。


「そういえばどうして飛鳥は、生徒会長になろうと思ってるんだ?」


 不意に気になったことを質問してみる。

 飛鳥はこれまでの高校生活で、生徒会長になることを念頭にして行動していた場合が多い。

 一年の頃から生徒会に入り、副会長の座に就く。そして持ち前のリーダーシップを発揮し、生徒からの信頼を獲得してきた。

そこには生徒会長になるための深い理由があるのだろう。

 

 飛鳥は顎に人差し指を当てて一瞬考え込む。


「えっと、言ってもいいけど面白い話じゃないわよ? あんたが思ってるほど大層な理由でもないし」 

「構わない。教えてくれ」

「ま、大学への推薦欲しさね。成績でも行けるところは多いけど、生徒会長なら推薦で合格の確立を上げられそうでしょ。理由なんてそんなものよ」

「本当にそれだけなのか? よくまあ、今まで真面目に行動し続けられたな」

「私基本的に勝負では負けたくないの。生徒会選挙でも、ね。少しでも勝ちの目が増えるのなら、それに沿った行動をしちゃうでしょ」


 からかうように言ってくる。

 うーん、まったくわからん。俺ならいかに楽して目標を達成できるかを考えるのに。


 飛鳥は勉強も運動もかなりのレベルで出来るが、それは本人の根っこに誰よりも負けず嫌いな部分があるからだったのか。

 動機は不純かもしれないけれど、自分の中で飛鳥の行動に対しては妙に納得できた。


「そうか。生徒会長になったら、オカ研を優遇してくれよ」

「そんな訳ないでしょ。政治家じゃないんだから」


 飛鳥なら生徒会長になれると思う。

 相手が大門寺だろうが、関係ない。


「俺が変わらないとか言ってるけど、お前こそ昔から変わってないな」


 笑いながらそう言うと飛鳥が首を傾げる。


「変わってない? 私が?」

「いつまで経っても子供みたいに負けず嫌いだ」


 飛鳥は何がおかしかったのか頬を緩める。

 さっきは俺のことを子ども扱いしていたけど、飛鳥だって高校二年生。優秀だけれどまだまだ子供のような面もある。人よりは少し大人びているけれど。


「そ。確かにそうかもね」

「悪い意味じゃないぞ?」

「わかってるわよ。――絶対に勝つから見ててね」


 拳を前に突き出して、まるで少年漫画のキャラクターみたいな台詞を口にされた。

 強い決意がそこに込められている。


 ポニーテールが秋風に揺られて、普段は意識していない飛鳥の容姿の良さに目が行ってしまう。

 俺がこの学校に入る前、荒れていた時期に関わってくれたのはこいつだけだ。

 今の俺を構成する大切な要素の一つに、目の前の幼馴染が含まれていることを改めて実感させられる。間違っても口には出せないけど。


「おう、期待してるよ」

「ええ! 期待しときなさい!」


 その日はそこで飛鳥と別れた。

 自身に満ち溢れた飛鳥は、どこか普段と違って儚く艶やかな少女に見えた。

 そう見えたのは腰を前に曲げて、上目遣いで視線を合わせてくる飛鳥の姿に俺の鼓動が無意識に活発になっていたからかもしれない。


「じゃあな」

「また明日ね」


 今日はこれ以上一緒にいてはいけない。

 何かに気づいてしまいそうだったので、俺はその言葉を最後に手を振って自分の家に帰る。


 明日も同じような日が来ると思っていたから。

 世界なんて数時間あれば、何か一つ新しい要素が加われば、簡単にその日常を変えてしまうってことを知っていた筈なのに。



――――――――――――――――――――――



 次の日、学校に向かうと時間的に朝のホームルームギリギリなのにも関わらず、校門前には多くの人が集まっていた。

 学生だけではなく、朝の散歩をしているような年の老人や主婦っぽい人まで集まっている。


「わるい。ちょっと通らせてくれ」


 何事かと、俺はその人波をかき分けて注目の的になっている校門前の掲示板を見た。

 普段は学校行事の日程や、部活の大会記録を貼っている場所だ。


 例えば、昨日まで聖人君主のような扱いを受けていたとしてもその人間の後ろめたい何かが公表されたら人間は一気に悪い情報に飛びつくだろう。

 政治家なんかも、普段は全然名前を聞かない人が多いのに悪いことをした途端に世間で一気に有名になる。だからテレビも政治家の善い行いよりも、悪い行動をした人ばかりを取り上げる。


 原理としては、人間は心理的に悪い情報の方が記憶に残りやすいから。

 だとしたら今の目の前の情報は、俺たちの日常を壊すのに十分すぎる効力を発揮するだろう。

 掲示板には一枚の紙が貼られている。新聞の切り抜きで作られたような文字で、大きくこう書かれていた。




 ――神谷飛鳥は昔、同級生を殺している。



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