もはやボランティア部③
「俺に突っかかってくるな! というか普通はそうだろうが!」
襲い掛かってこようとする山川を押さえる。
ぐ、飛鳥といいこいつといい何で俺の周りの女は暴力的な奴が多いんだ!
全力で腕を掴んでいるのにそれでも若干押され気味になる。
「腕を離しなさい! ふん! ――わわ!」
「な! 危ない!」
俺に掴まれた腕を解放しようと山川が後ろに体を引く。
結構勢いが強かったので腕は俺からすっぽ抜けた。
しかし、その時に足が滑って体が浮いてしまった。このままだと後頭部から落下する。そんなことになったら大怪我の危険だってある。
頼む、間に合え!
殆ど崩れるように自分の体を山川の後頭部に回す。そしてそのまま二人して倒れた。
「いってて。大丈夫か?」
「こっちのセリフですわ……。何で急に腕を離すんですの。まあ、守っていただけたのは素直に感謝しますが」
互いに体勢のせいで顔が結構近かったから、山川が頬を赤く染める。
「あー、俺も悪かったよ。そんなに怒らせるとは思わなかったんだ」
「そうですわ! まったくもう少しデリカシーというものを身に着けてくださいまし。その、私もついカッとなりすぎたのは悪かったですわ。我を忘れていました」
どうやら頭を守ることは出来たようで、山川は悪態を吐ける程度の元気があった。反省したようで、しおらしくもなっているけれど。
よかった、これで一安心。
「山元。何してるの……」
不意に聞こえてきたのは終末のラッパの音、ではなくゴミを見るような目で俺を見ているアリスの声。
「あ、いや、その」
今の俺は山川にまたがるように倒れて、しかも後頭部に手をまわしている。
やばい。これは、ヤバい。
「部活の手伝いさぼって、節子を襲おうとしてたんだ……。偶にある同人誌みたいに!」
脳内ピンクのアリスが、この光景を見て誤解しないわけがない!
「違うって! これは不可抗力で!」
「わかってる、最初はそうだよ。偶然そうなるの。でも、若い男女にとってはそれだけでも十分なトリガーになって――」
「待て。多分一ミリもわかってないから」
「すみませんアリスさん。私も何であんなに気が動転していたのか……。まだまだ子供ってことですわね、お恥ずかしい」
「催眠!?」
「アリス! 落ち着いてくれ!」
顔を真っ赤にして俺を見てくるアリス。不味いな。完全に人の話を聞かないモードに突入している。
何事かとアリスの周りにいた料理研究会の女子たちも騒々しくなった。
このままだと本当に収集つかなくなる。どうにか止めなければ。
「流石にそれは駄目! スマホ見せて、アンインストールするから!」
「お前って普段どんなの見てるんだ!? やめろって、手を出すな!」
俺のポケットからスマホを取り出そうと手を伸ばしてきたアリスから離れる。
というか、流石にアブノーマルすぎる題材だと思う。
アリスはムッツリの気があると思っていたけれど、まさかここまで酷いとは。妄想の世界で俺は多分、太った毛深いおっさんと同等の扱いを受けていることだろう。
今度マスターに娘の部屋を一度家宅捜索するよう伝えておこうか。
そんなやり取りをしていると――。
「ねえ、あの二人って」
「アリス先輩とあの人付き合ってるんですか?」
「まさか。美女と野獣じゃない」
「いえ、でもすごく親しげですよ?」
当然ながら噂好きなうちの女子生徒たちが様々な憶測を始める。
失礼なことを言ってる奴がいたのでそいつは後でしばくとして、このままではアリスに迷惑をかけてしまう。
「アリス、落ち着いて聞いてくれ」
「画面は見ないよ……」
「なーに、催眠にかけたいわけじゃない。あれだ、お前は今少しおかしな考えになってる。落ち着いてからまた話そう。今のお前は、自分で自分を傷つける両刃の剣だ」
渾身のイケボでハードボイルドに決めてみる。
「あ、キメ顔してますわ」
今話しても埒が明かないので話をあとに持ち越そうと完璧な演技をする。元凶である山川がなにか言っていたけれど、無視していい。
「え、あー。うん?」
突然の態度の変わりようにアリスが首をかしげるけれど、そのまま頷いた。
ふう、これでなんとか丸く収まりそうだ。女の誤解は怖いからな。
「あ、そういえばこれ忘れてましてよ」
山川がなにかを差し出す。
忘れ物? 見当もつかないな。
差し出された手に反応して俺も手を出すと、スマホが返された。
「先ほど私の上に覆い被さったときに落ちてましてよ。まったく、自分の携帯くらいしっかり管理してくださいな。(顔の真横に落ちたので)倒れる直前に視界に入った時から少し記憶が曖昧ですが、落ち方的に多分壊れてはないですわ」
「お、おう」
……こいつ、わざとややこしい言い回しをしてないか?
「「「「催眠!?」」」」
「撤退!」
もはや何をいっても弁護不能な状態になったので、大勢の誤解を招いたまま俺は料理研究会から離脱した。