三十七話・もはやボランティア部
「おーい、ボールそっちいったぞー!」
「ああ! わかってる!」
飛んできた硬式の野球ボールを受け止める。
借りたグローブを装着して後は落下地点に立つだけだ。
野球のキャッチで大事なのは変に力まないこと。自分の腕が籠だと思ってフライの下に潜り込み待機するとほぼ確実に成功する。
予定通り、ボールは綺麗に俺の手の中に収まった。
「ほらよ!」
それをピッチャーに投げ返す。
「サンキュー! その調子で頼む!」
「あと十五分だけだぞー!」
声を大にしてそのことを伝えた。
このままだといつまで経っても野球部の練習から解放されることはなさそうだ。
今俺は、飛鳥の手伝いとして野球部の部活の助人に来ている。
訳が分からないだろう。俺も分からない。
アリスが目を付けたのは放課後の飛鳥の用事。
毎日のように分刻みで部活の手伝いが入っていたからだ。
勉強熱心な生徒も多く、帰宅部も多いうちの学校ではほとんどの部活がギリギリの人数でやっている。おまけに部活の数だけは多いし。
でも、まさかその手伝いを飛鳥がしているなんて思わなかった。
生徒会の仕事を超えた雑務だと思うけれど、本人曰く一度頼まれた助人を引き受けたらその後は徐々に増えてしまったらしい。
その結果が今の俺の状況に繋がる。
「ありがとう。今日は助かったよ!」
「別に構わないよ。ただあれだ、飛鳥がこの手の助人を引き受けすぎて自分の事が出来てないんだ。次回からは気を遣ってもらえると助かる」
「ん? そうなのか!? 悪い、つい頼みすぎちゃってた! こんど礼するよ!」
キャプテンと思しき坊主が手を合わせて申し訳なさそうに謝罪してきた。多分だけど同級生だ。どこかで見たような顔だし。
飛鳥は人の頼みを断れないから、俺たちで少し手伝いの依頼を制限してもらうように伝える。これも今回の部活の大切な活動内容の一つだ。
「ああ。よろしく頼む」
基本聞き分けの良い奴ばかりなのですんなりと理解してくれた。
俺は野球部主将に背を向けて勢いよく駆け出す。
他の連中はしっかりやれているのか?
そんな謎の不安感が今の練習中にずっとあったから、一秒でも早く確認に行きたい。飛鳥の代わりとして参加している以上、変な行動をしたら飛鳥の評判を下げることになるかもしれないからだ。
生徒会選挙前にそれはかなりの痛手になってしまう。
まずは、……茶道部だ。
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文化部の部室棟に入って一階の茶道部室に向かう。
――パリン!
あ、変な音。
嫌な予感、というよりかは妙な胸のざわめき。虫の知らせとでもいうべきそれは意外と的中するもので騒々しい一人の声が廊下にまで響いていた。
「ごめんなさい! 茶碗割れちゃった!」
「いいんですよー。怪我はないですか?」
早速やらかしている鈴音と、マイペースな知覧のやり取りだ。
予想どおりの展開に、顔をひきつらせながら俺は茶道部の扉を開ける。
「鈴音、お前もうやらかしたのか……」
「わ、優作!? 違うよ、今たまたま割っちゃって!」
「今日一日で三個目ですね」
「お前……」
「ごめんなさい!」
平謝りする鈴音だけど、知覧は相変わらず笑って許していた。
鈴音のことだから悪意があって壊しているのでなく、本当に偶然そうなってしまった不慮の事故だと知覧も理解しているんだろう。
それでもここまで朗らかに笑えるのはある意味怖いまであるけど。
「いいんですよ。他の人が部室にいると楽しいので、それだけでも十分ありがたいです」
「千夜子ちゃん……。好き!」
「あらら、鈴音さん痛いですよ」
地母神のような優しさを持つ知覧に、感極まった鈴音が抱き着いた。
まったく女子はすぐにスキンシップをとるな。
「山元さんは部活終わったんですか?」
「ああ、野球部に行ってたけど飛鳥の予定していた時間が過ぎたから切り上げてきたんだ」
「飛鳥さんはいろんな部活の手伝いをしていたので、その時間内しか入れなかったんですけどね……」
「優作怠けたんだ、ずるーい」
「いいだろ別に。野球部も納得してくれてたんだし」
知覧が鈴音の頭を撫でながら、目を細める。
「これだから山元さんは。少しは鈴音さんを見習ってはどうですか」
鈴音を見習え……。
なるほど確かに一理あるな。
男的にはそんなのあり得ないが、郷に入っては郷に従え。今だけはその場の流れに身を任せるとしよう。なに、知覧なら許してくれるはずだ。優しそうだし。
腕を広げて、抱き合っている二人に迫る。
「よし、鈴音を見習って俺も混ざろう」
「うふふ、触れた瞬間に殺しますよ」
怒られた。




