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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
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   幽霊少女と過ごす放課後②

 口の中が痛い。口腔内を切ったわけではないが、表面の方がじんじん傷む。リンゴのように頬が腫れているのではないかと感じるほどにその部分に熱が籠っていた。

 

 あの後、飛鳥に連れられて近くの喫茶店に入った。お説教タイムである。

 初めて来た店だが、結構内装はおしゃれ。

 全体的にブラウンを基調とした壁や木目が見える床。カウンターの中にはコーヒー豆やカップが綺麗に展示されるかのように並べられている。

 テーブル席以外にカウンター前にも椅子が置かれており、マスターとの会話を楽しめそうだ。

 カウンター上から吊り下げられた照明が良い雰囲気を出している。


 店員は目付きの鋭い女性マスターが一人と、奥に見える厨房に男が一人いる。

 おそらく料理はあの男の人が作っているんだろう。

 クラシックなムードの場所に、第三者から見たらデートに来たと思われても仕方ない男女のペア。

 その一人はあからさまに不機嫌そうにテーブルの対面に座っていた。


「で、何であんなことしてたのよ?」


 席に着くなり飛鳥は頬杖を突きながら仏頂面で話を聞いてくる。

 この際取り繕っても仕方がないから、ある程度は正直に話したほうがいいだろうな。


「もう正直に言うよ……。実は人を探していたんだ」

「人探し? それなら警察に行きなさいよ。」

「いや、そこまで大袈裟な話じゃないんだ。事件に巻き込まれたわけではない」

「ならいいんだけど。あんた唯でさえ学校で浮いてるんだから、これ以上変なことするのやめなさいよね」


 流石は飛鳥。

 人探しといっただけで、俺があんな話かけ方をしたのにも納得したようだ。やっぱり幼馴染ってだけはある。


「任せてくれ、これ以上下がるようなもんでもないだろ」

「まあ、授業のサボり魔、先生に対しての粗暴な態度、遅刻ギリギリ男とか呼ばれてるものね。あ、あとオカ研の裏部長だったかしら」

「最後の何だ!?」

「で、誰を探してるの?」


 当然のように無視して飛鳥は聞いてくる。身を乗り出しているのに聞こえないふりとは大したメンタルじゃないか……。

 今まで無言だったが、俺の横に座っているアリスを見ると目が合い頷いてくれた。

 同意したと受け取ったので俺は飛鳥に視線を移す。


「実は――」

「ほい、いつものコーヒーや!」


 俺が話そうとしたのとほぼ同じタイミングで、マスターの女性がトレイでコーヒーを二杯運んできた。

 声が被ってしまって俺の話が中断される。


「え? 今日はまだ頼んでませんけど。」


 飛鳥は席に着くなり俺に話し始めたので、それが失礼だったと思ったのか申し訳なさそうな顔をした。


「ええで! いつも同じ時間に同じもん頼むから困っとらんわ! というか、あれやな今日はサービスや!」


 軽快な笑みを浮かべるマスター。テンションの高い人だな。

 というか、店の人が理解してるレベルで通ってるなら飛鳥はここのかなりの常連なんじゃないだろうか。


「さ、サービス? いや、それは流石に悪いですよ」


 失礼だが、あまりお店の雰囲気に合っていないマスターだと思った。こう、喫茶店のマスターって静かで落ち着いた紳士みたいなイメージが勝手にある。


「照れるのやめや! かわええなあ! 彼氏さんやろ、この子!」

「あ、気づいたか? 飛鳥がいつも世話になってます」

「あんたも乗るなあ!」


 面白そうな勘違いを話したので何も考えずに同意しといた。

 飛鳥に胸ぐらを掴まれて前後に揺すられるが、久しぶりに動揺させることができたので大満足だ。


「冗談や。雰囲気でわかるけど、その子が山元やろ?」

「何で知ってるんだ?」


 突然名前を呼ばれて驚く。

 どこかで面識があったか?

 マスターはまたもや豪快に笑って、俺の反応に喜んでいた。


「いやな、飛鳥ちゃんがよう話題に出すから入ってきた瞬間わかったで。幼馴染みなんやてなあ」

「飛鳥が、俺の話を?」

「あんな話やこんな話! ムフフな相談までなんでも聞いとるで!」

「ムフフな相談!?」

「ばかあ! 真に受けないで! マスターもやめてください、怒りますよ!」

「ははは! 美少女の困り顔は堪らんなあ」


 マスターはそう言ってカウンター前の席についた。他にお客さんがいないから話し相手が欲しいのかもしれない。


「優作、ここのマスターはこんな感じで元気な人なの。発言の八割が冗談だから信じちゃ駄目よ」


 飛鳥が顔を真っ赤にして、注意してくる。こいつがここまで取り乱すのも珍しいな。学校では、完璧超人とまで言われてるのに。


「わかってるよ。ついでになんだが、ここで夕食にしてもいいか?」

「え、いいけど? 時間早いわよ、大丈夫?」

「ああ。家に帰ってもコンビニ弁当だしな。たまには人が作った料理も食べたい。」

「……あ、そ。まあ、頼んでいいわよ。私この後用事ないから、長居しても大丈夫だし」

「おう、ありがとな」


 俺はマスターに向かい、メニュー表から選んでいたオムライスを頼もうとする。

 しかし言葉を発する前に後ろから手を引かれた。

 振り返ると、アリスが俺の袖を掴んでいた。


「なんや? トイレはあっちやで?」


 急に止まった俺に不振がるマスターだが、俺はアリスの声に集中していた。


「……これ、おすすめ」


 そう言って何かを指差す。

 そこには炒飯と書かれていた。

 しかし、そんなことよりも俺はアリスの今の発言の方が気にかかった。


 おすすめ。

 それは過去にこのお店に訪れたことがなければ、絶対に口から発せられることの無い言葉だった。

 記憶のない幽霊アリス。その発言は大前提を矛盾させることになる。まさか、アリスは。


「……お前、何か思い出したのか?」


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