スーパー仕事抱え込みガール④
その疑問にはちょうどトレイに料理を乗せてきたマスターが答えてくれる。
俺の炒飯と飛鳥が頼んでいたコーヒーが乗ったトレイを机に置いて、右手の指をワキワキと動かし始めた。
「マスターが? 意外だ、そんな知識があったんだな」
「言っとらんかった? うち柔道整復師の資格持っとるで」
「なぬ!?」
考えもしなかった答えが帰ってきた。
まさか、この人がそんな資格を持っていたなんて……。
柔道整復師ってあれだよな。整骨院とかで働けるとかの。いや、独立開業も出来たんじゃなかったか?
以前、孝宏から整骨院についてそんな話を聞いたことがあるような……。
「アリスのマッサージは気持ちいいのよー。飛びそう……」
「ふふ。そう言ってもらえると嬉しい。お母さんよりは上手くないけど」
「なに言うとるんや。アリスは技術だけなら立派に働けるレベルや。幸耀さんもよく骨抜きになっとるやん」
俺が見たことなかっただけで、アリスにはマッサージという特技があったようだ。
腕も見てわかるくらい確かなものっぽい。お店の中なので肩や手を揉んでいるだけだけど、マットに寝転がって全身マッサージとなったら飛鳥はどうなるんだろう。
そう思うほどに、女子がしてはいけないようなとろけた表情を浮かべていた。
「俺もやってもらいたいな」
ぽつりとそう呟いた。本当に特に他意は無い。
「え、山元それは、その……」
「キッモ」
「親の前でセクハラとはええ度胸やな!」
「待て待て! 何でそうなるんだよ!」
こいつらどんな思考回路をしているんだ!?
マスターが俺の顔面にヘッドロックをしようと伸ばしてきた手を防ぐ。
この人本当に女か!? 凄い力だ!
「あんたねえ、色んな女の子にそんなこと言ってるといつか捕まるわよ」
「リアルに鈍感系主人公の需要は無いよ?」
「結構言うな……。俺は別にたらしこみたくて言ったんじゃないって」
今の会話の中でもアリスはずっと飛鳥の肩に手を置いていた。
次第に顔をしかめていく。
「うーん、やっぱり飛鳥相当無理してるでしょ。全然よくならない」
少し厳しめに注意された飛鳥は頬をかいてバツの悪そうに笑った。
「や、あははは。今が踏ん張り時かなと思って」
「睡眠時間はどのくらい?」
「えっと、だいたい三時間……」
「三時間!?」
思わず絶句する。
確かに普段よりも疲れていそうだとは思っていたけれど、まさかそこまで睡眠時間を削っていたとは。
俺だったらそんなことをしたら次の日の学校で一日中眠りの世界にいると思う。飛鳥はそんな状況でいつもと同じように振る舞っていたのか……。
「はあ、飛鳥。無理はよくないよ。そんなことしてたら体がもたないだろうし」
「俺も同感だ。倒れたら生徒会選挙どころじゃなくなるぞ」
「うう。でも……」
両手の指を交差して弄り始める。俺たちの話も分かっているけれど、自分のやらなければならないことを無下には出来ないといった感じだろう。
昔から自分のことに関しては結構蔑ろにしてしまう奴だったがここまで重症だったとは。
今の飛鳥はこちらから多少強引に動かないと無理を続けてしまいそうだ。
俺がそう思っていたところでアリスが口を開く。
「飛鳥。予定表みたいなのある?」
「え、ええ。あるけど」
「見せて」
「いや、何か文句言われそうだし」
「見せて」
「はい」
アリスの剣幕に負けて飛鳥が鞄からメモ帳を取り出した。
マメな奴なので自分の予定は逐一記入しているんだろう。
アリスはしばらく予定帳とにらめっこした後、飛鳥の目の前でいくつかの項目に指を差す。
「これとこれ、あとこの辺も。私が代わりにやるよ」
それは俺が思っていた通りの提案だった。
飛鳥はこちらが強引に介入しないと無理をする。その強引とは、自分たちから飛鳥の予定を把握して手伝えることを提案することだ。
「ええ! いや、その悪いわよ。結構体力使うのもあるし、アリスには厳しいのよ。それにこれは全部私が引き受けたものだから、私がするのが道理でしょ。だから、アリスは何も気にしないで普段通りの生活を送って。アリスに任せたら申し訳なくてこっちが罪悪感を感じるもの」
「スーパー仕事抱え込みガールは黙って」
「アリス!?」
アリスに変なあだ名で呼ばれて目を丸くしている。
何か色々と言い訳していたけれど、頑固さならアリスも一級品だ。友達が関わることになったら、特にそれはひどくなるからな。鈴音の時もそうだったし。




