三十六話・スーパー仕事抱え込みガール
「は! その目は私を子供みたいに扱っている目ですね! 向けないでくださいー!」
自分の顔を手で覆って視線を防ごうとする。
こう、なんだろう。
この人と話していると、自分が生まれてから十数年でどれだけ汚れてしまったのかを思い知らされるんだよな……。
「それで先生。何か用事ですか?」
「いえいえ。廊下であったので挨拶しただけですよ。語先後礼を生徒に指導する以上、教師も負けないくらいの挨拶をするべきなので!」
先生が小さな胸を張って必死に大人アピールしている。
実際心構えは相当立派だ。大人になっても生徒と同じ振る舞いをし、自ら模範になろうとするなんて。俺にはできないだろう。
この人が慕われるのは容姿だけでなく、性格も深く関わっているというのがよくわかる。
「俺はこれから部活に行きますけど。先生もたまには来ますか?」
「あうう……、顧問なので行きたいのはやまやまなんですけど今日も他の生徒から相談を貰ってまして」
頬をかきながらバツの悪そうな顔をする。先生は俺たちの見ていないところでいつも忙しそうにしているな。
「それならそっちを優先してくださいよ。俺たちは基本だらけているだけなので」
「はい! 頑張ってだらけてくださいね! それでは、ばいならです!」
何か違う気もするけど、先生はそのままトテトテと走り去っていった。
串木野先生は放課後、よく生徒の相談にのってあげているらしい。何故か生徒指導の先生なので、指導室を使っているそうだ。
この学校の生徒なら一度くらい利用したことがあるかもしれない。そう感じるくらいには年中繁盛していて、むしろそんなに忙しいのにオカ研の顧問を引き受けてくれたことが不思議なくらいだ。
「はは、先生と話すと妙に落ち着くんだよな」
誰にも聞こえない独り言を呟いて、俺は部室へと向かった。
先生もあんなに忙しそうなんだ。偶には俺たちも部活っぽいことをしておかないとバチが当たりそうで怖い。
偶には、な。
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「おーっほっほっほ! 知覧さんとのバトルin九月の部ですわ!」
「その勝負私が取り仕切るよ! 思いっきりやっていいからね!」
「うふふふ。そろそろウザくなってきましたね」
部室に入るなり月一でこの部室を使って行われている知覧対山川のバトルが展開されていた。
ノリノリの山川や鈴音と反比例するように知覧は少しお怒りモードだ。うん、だって目が笑ってないもん。
ここだけ特別区域のように異質な空気間が漂っている。
「はあ……。今日も部活っぽいことは出来なそうだな」
ため息がこぼれる。
今回の結果も分かり切っているけれど、毎月果敢に勝負を挑む山川の不撓不屈の精神だけは素直に凄いと思う。
「あれ孝宏は? 最近部活に来ない日多いな」
「斉場は図書室に行ってるよ。何か調べ物があるんだって」
「アリス。いま着いたのか?」
ひょいっと俺の横に現れたのはクラスメイトの銀髪美少女アリスだ。
どうやらアリスも今しがた到着したらしい。
「うん。校長先生に呼び出されて遅くなっちゃった」
「校長に? 学校で爆竹でも鳴らしたのか?」
「そんなことするの山元と斉場くらいでしょ。学校には慣れたかどうか聞かれただけだよ」
あのハゲ頭がそんなことを気にするとは。
まあ、アリスは良くも悪くも学校で目立っているからな。何かしらのトラブルに巻き込まれていないか、あの男なりに気にかけていたのかもしれない。
「それでは知覧さん! 今回の勝負は一風変わってこれですわよ!」
目の前では絶賛ヒートアップ中の山川が、カードの束を取り出して知覧の眼前に突き出していた。
あれって小学生とかがやってる、カードゲームだよな?
「いつもはお茶を飲まされていますが、今回はカードで勝負ですわよ! 料理研究会主将として、カードゲームでも負けませんわ!」
最早お茶の味を否定するしないでなく、よくわからない方向に進んでいるけれど誰も否定しないので見守っておこう。
「うふふ、茶葉の魅力が分からないだけでなく勝負方針の変更までしますか。これだからお茶を飲まない愚かな若者は……私が粛清してあげましょう」
知覧もどこからともなくカードデッキを取り出す。
本当にこの二人は仲がいいな。