秋の暑さに③
体育祭の練習では主に入場や退場の練習を行うことがメインになるが、うちの学校ではそれが終わったら個人競技の練習に入れる。
今回も例にもれず二時間くらいの全体練習の時間の内、一時間だけ開閉会式の練習をして残りの一時間は自由練習時間になる。
教師たちは会議か何かで本部テントに殆どが集まっているので、学生は文字通りフリー。
だから殆どの生徒は、先生が監視につかないので雑談したり体育祭の道具で遊んだりして実質休み時間のようなものなのだ。
だってわざわざこんな時間に汗をかくほどの運動なんてしたくない。
普通はそうだろう。普通は。
「山、元……」
目の前で銀髪の少女が力無く倒れる。
吊られている糸を失った操り人形のように、突然膝から崩れたのだ。たまたま近くにいた俺が、背中から地面に接近したアリスの肩を支える。
「大丈夫かアリス!? なんだってこんな……!」
「暑いよね 最近の秋 ほんとヤバイ」
「辞世の句はやめろ! 縁起でもない!」
「ふふ、私はもうダメみたい……。パソコンのデータは消しといてね。がくり」
「アリスううう! パソコン持ってないだろ!」
アリスがそのまま意識を失った。
腕の中で、驚くほどに軽い少女はその体重の全てを俺に預ける。
翼をもがれた鳥のように、儚くそして散った。
虚しさだけが俺の腕の中にいつまでも残るのだった。
「あんたら何してるのよ……」
途中から来たので、状況を理解していない飛鳥が引き気味に話しかけてきた。
「アリスが体力の限界らしい。唯一出る大縄跳びの練習をしてたからな」
「どうして縄跳びでそんなになるの……」
呆れたように頭を抱えているが、俺はすっかりアリスのペースに引き込まれていたので飛鳥が呆れている理由がわからなかった。
「は、はあ……! そっちも、大変そうだね……」
「あんたは何で息荒いのよ! ちょ、近づかないで」
どこからともなくアリス以上に死にかけの孝宏がやって来た。
口も半開きで、服は絞れば汗が垂れそうなほどにびっしょりと濡れている。
飛鳥がすぐさま後ずさって距離をとるくらいには、見るに堪えない様だ。
「だ、大門寺のやつ、僕らを殺す気だ!」
孝宏が来た方向は確か障害物競走の練習をしていたはずだ。短い間隔だけれど、当日使う網潜りや棒で転がす輪っかのようなものを使えるのだ。
見ると孝宏以外の参加者は一人の男を除いて、全員が地に伏している。
一人の男、大門寺だけが、器用に輪っかを棒で転がしながら倒れている生徒の周りを走っている。
うん。カオスだ。
「一応聞くが、何があった?」
呼吸を整え、孝宏が幽霊にでもあったような雰囲気で話す。
「あいつ、練習をやめないんだよ。それどころか僕らが止めたら強引に首根っこを掴んで練習に参加させてきて……! 僕以外は皆ダウンしたんだ」
「がっはっは! 最近の奴は運動不足が深刻だな! もっと筋肉をつけた方がいいぞ!」
「ひぎい! お前なんでここに!?」
「孝宏。この時間は競技の練習時間だぞ? 終了の指示があるまで勝手に中断することは感心せんな」
「離せえ! どこの軍隊だ!」
「はっは! 限界を超えた先にしか、快感はないぞ!」
「それはお前だけだあ! 優作、助けて!」
「大門寺。こいつは少し素直じゃなくてな、本当は一緒に練習したいと思うんだ。思う存分使ってくれ」
気さくに笑って知り合いの男を売った。
視線だけで人を殺しそうな目をしていたが、既に大門寺の肩に担がれていたので何もされることはない。
俺は安心してアリスをおぶり保健室に運ぼうと歩を進めるのだった。
「あんたも大概性格終わってるわよね」
「そうか? まあ、逆の立場でも同じことされたと思うしな」
「……それもそうね」
納得した飛鳥はひらひらと手を振りながら体育祭の本部テントに向かっていった。
「生徒会の仕事か?」
「ええ。今の生徒会の最後の仕事よ。これが終わったら生徒会選挙だしね」
「もうそんな時期か。……お前も立候補するんだよな?」
「当然。その為に一年から入ってたんだもの」