三十五話・秋の暑さに
九月の学校は個人的に一番嫌いだ。
夏休みのだらけ癖が抜けきらず、毎日眠くてあくびが止まらない。
しかも気温も高いので、今のように登校中は服が汗ばむ。
台風も多いし、九月など爆発しろ。
そんな恨み言を考えながら一人で通学していると、学校まで残り五百メートルくらいの曲がり角に誰か立っているのに気付いた。
「ん、あれは、アリスか」
遠目でもよく目立つ銀髪ですぐに誰かは判明する。
「アリス、こんなところで何してるんだ?」
近づいて声をかけると、アリスは透き通るような蒼眼で俺を見た。
四月にであったからもうすぐ半年。未だにアリスの動作にドキリとさせられることは多い。何でこんなに美人なんだろう。
「後ろに山元が見えたから、待ってた」
無自覚でこんなことを言う始末だ。
これでモテない方がおかしい。
「そうなのか。そ、それは、えーと、ご苦労?」
「ん。一緒に行こう」
緊張して変な返しになったけど、気にせず横を歩いてくる。
周りに誰もいなかったからいいけど、見られたら噂になるな。俺は嬉しいけど、アリスに迷惑だから出来ればこのまま誰にも見られずに学校に到着したい。
「今日は珍しく遅かったんだな? いつも俺が家を出る時間に学校に着いてるだろ」
「あ、あはは。昨日少し夜更かししちゃって」
「夜更かし? ゲームでもしてたのか?」
「ううん。好きな漫画のアニメの第一話が放送の日だったから。リアルタイムで見ちゃった」
「お前結構そういうの好きだよな」
以前一度だけ入ったことのあるアリスの部屋にはこれといって、アニメや漫画のグッズは無かったけれどアリスからは度々その手のサブカルチャー好きな片鱗を見る。
「うん。昔から入院すること多かったから、暇な時間に見てたの」
「お、おお……」
やっべ、気まずい。
そうさらっと触れられても、どういう反応をすればいいのか困る。
恋愛漫画の主人公ならイケメン補正でなに言ってもそれっぽくなりそうだけど、俺の場合は普通に失礼人間のレッテルを貼られるだけだ。
だから、なにも言えるはずがなくそのまま歩く。
「わ! 優作危なーい!」
「が!」
突然背後から何かに追突された。
勢い余ってそのまま前方に転んでしまう。顔面からは避けられたが、手のひらがアスファルトで擦れて少し痛かった。
直前の声で、誰が突っ込んできたのかはわかっている……。というか、またか!?
「鈴音、いい加減わざとやってるだろ……」
振り返ると案の定鈴音が申し訳なさそうに舌を出して立っていた。かわいい。
ってそうじゃない!
今日こそ注意しなければ。鈴音はたまに家の手伝いで通学が遅くなることがあるのだが、その時間帯に俺と鉢合わせると絶対に衝突される。
通学路で鈴音と出会ったときはさながら闘牛士の気分だ。
「ご、ごめーん。その、急に止まれなくて」
「そりゃあ、ローラースケートなんか履いてたらな!」
何故か鈴音は靴の裏にローラーの着いた靴を履いていた。肘と膝にはしっかりとプロテクターを装着している。
「えへへ。昨日久しぶりに昔の少女漫画読んで、主人公がこうやって登校してたから出きるかなって」
「あれは圧倒的な運動神経があるから出来るんだよ! そもそも学校はローラー登校なんて禁止だ!」
「えっ……。山元が校則の注意してる」
有名な漫画だったから何の真似をしているのか直ぐにわかった。
確かにあの通学方法は独特で憧れる気持ちもわかるけど、まさか現実にやるやつがいるなんて。
「はーい。気をつけまーす」
そのまま鈴音はつま先立ちのような体勢になって、俺たちの横を歩いてきた。
「脱がないのか?」
「普通の靴持ってきてないから」
「ええっと、私は可愛いと思うよ」
そのまま三人で談笑しながら学校に向かった。今日はいつもより少し早く到着したようで、朝のホームルームまであと十五分ほど余裕がある。
朝の一分って長いよなあ。
なんてことを考えながら、机に顎を乗せた。
「がっはっは! おお、お前今日は早いな!」
「おう、大門寺か。アリスに早歩きで連れてこられたんだよ」
「ブイ」
大門寺にピースして自慢げにするアリス。
「む、二人で来たのか? 仲が良いな!」
「あ、いや、鈴音も一緒だったよ」
ちなみに鈴音は校門前でフル装備のローラー登校を校長に見つかり、そのままどこかに連れていかれた。
涙目で助けを求めてたけど、どう考えても鈴音が悪いので無視して置いていった。




