不気味な程に日常で②
先生は俺の方を見てからかうように言ってくる。
「終わらせてますよ。……飛鳥やアリスにつきっきりで見られたので」
「よかったです! 頼んだ甲斐がありました!」
「あんたのせいだったのか!?」
手を合わせて喜ぶ先生。
まさか夏休みにアリスが喫茶店に俺を呼び出して、宿題を終えるまで連日ほぼ監禁状態にしていたのがこの人の指示だったとは。
小学生のような見た目のクセに結構えぐいことするな。
「いや、そこまでしないとやらないあんたも悪いでしょうが」
「あいて!」
横にいた飛鳥にチョップをくらった。
「ふふ、それでお二人の用事って何ですか?」
先生が不思議そうに首をかしげる。
まあ、俺と飛鳥は幼なじみという接点があっても、学校で二人だけで行動するのは稀だからな。
物珍しそうな視線を向けられても無理はない。
飛鳥はそんな先生の質問に、手に持っていたファイルから二枚のプリントを取り出してから答えた。
「実は、オカ研に入部しようと思いまして。顧問の先生からの印鑑が欲しいんです」
「忘れないように飛鳥が管理してたけど、俺の分はちゃんと自分で記入してます」
そう。
俺と飛鳥は、オカルト研究会に入部するから。
今はその入部届けを提出しに来た。
「え? えええええ!?」
考えもしていなかった展開に、動揺しきった串木野先生の大声が朝から学校に響いた。
――――――――――――――――――――
放課後。
俺と飛鳥はオカ研の部室にいた。
相変わらず学生の部活にしては上等すぎるソファに腰を下ろして、メンバーである孝宏やアリスと向かい合うように座っている。
そういえば今日会ってなかったから、孝宏の説明をしてなかったな。
こいつは、うーんと、変態だな。これ以上でも以下でもない。
「というわけで、遅くなったけど俺たちも入部することにした。よろしく頼む」
「私からも改めてお願いするわ」
二人して少しだけ会釈する。
既に串木野先生から話を聞いていたのか、アリスたちは驚いた様子ではなかった。それどころか。
「え、山元って本当に部活入ってなかったんだ?」
「僕はなんだかんだ言って、しれっと入部してるとばかり思ってたよ」
ほぼ部員同然の頻度で通っていたせいもあってか、二人は俺の予想とは別な方向に驚いているようだった。
「ええ!? 二人とも入るの!?」
鈴音だけは期待どおりのリアクションをしてくれた。
部長席からガタリと立ち上がって、大きく手振りをつけて驚いてくれてる。
「どどど、どうして!? こんな急に入ろうと思ったの!?」
「どうしてって言われてもねえ……。むしろ今までなんで入ってなかったのかが不思議よ」
「俺も特に理由は……あったと思うんだけど忘れたな」
「なんだよそれ。部活入ってないキャラじゃないのかー」
「そんなよくわからんキャラ付けはいらん」
本当に自分でも何で入部していなかったのか不思議でならない。
部室に通っていた頻度からして、部活動に参加できない心配なんてなかったし。勉強も真面目にしたことないので、帰宅部でよくある学業に専念なんて理由でもない。
一体どうしてなんだろう?
「あれ? 山元、約束がどうこうみたいなこと言ってなかった?」
不意にアリスが疑問を告げた。
「……約束? そんなこと言ってたか?」
「えっと、うーん。言ってような、言ってないような……。違ったっけ?」
アリス自身もかなり曖昧な記憶から探っているようで、自信なさげに尋ねてくる。
約束って、誰とどんな約束をしていたら部活に入りませんってなるんだよ。
おかしなことを言うやつだ。
「見当もつかないな。部活に入らないなんて条件での約束なら、忘れるはずないんだけど。……忘れる、はずは」
突如周りがぼやける。
部活に今まで入らなかったのは多分だけど面倒くさがりな俺の性格が原因だと思う。この空間が心地いいから通ってはいたけど部員として活動するのは少し違うなあ、みたいな。
そんな身勝手な理由だったはず。
なのに、なんでだ?
何で俺は……。
「山元、何で泣いてるの!?」
アリスが俺のいまの状況を声に出した。
視界がぼやけたのは、目から流れる涙のせいだ。
自分でもわかる。既に目尻は決壊して、頬を伝っているくらい流れていたから。
「わ、わからない。何でこんな――って、お前らも泣いてるじゃないか」
高校生にもなって人前で涙を流すのが恥ずかしくて目を背けていた。
周りを見ると、全員が目を潤ませていたのだ。しかし、誰もその理由に心当たりがありそうじゃなかった。
何で泣いてるんだ?
一重に全員が同じことを考えている。
「あれ? 本当だ」
「僕も、なんだってこんな」
「わからないけど、何か悲しい? のかしら」
「オカルト現象だああああああ!!」
鈴音だけは感極まって泣いてるように見えるけど、確かにこの場の全員が同時に泣くなんてことあり得ない。
玉ねぎを切ってた訳でもあるまいし。
「――俺たちって、本当に、これで全員だよな?」
自分の口が勝手に動いて、そんな突拍子もない発言をしてしまう。何も意図していないのに、無意識の何かがそう発言したようだった。
その言葉は俺自身に、胸に釘を刺されたような痛みを発生させた。
何か、大切なことを。欠けてはいけない何かを忘れているような。
体験したことのない喪失感が襲ってくる。
多分俺だけじゃなくて、この場にいる全員が同じ気持ちだ。
「確か、この部活はオカルトが好きだった鈴音が作って、同級生だった俺たちも何故か巻き込まれたんだよな」
「え、ええ。私もそう思ってたわよ、でも何かしら……。何か違うような」
「私もです。文化祭前までの私にそんな勇気があったとは思えません……」
「ああもう! 気持ち悪いなあ! 頭がごわごわして、何かが取り出せないみたいだ!」
「何か、忘れちゃいけないことを、忘れてる気がする」
ムシャクシャする孝宏の気持ちがわからないでもない。全員が苦しそうに顔をしかめていた。
元からその何かが無くて、記憶にぽっかりと穴が空いている気分だ。脳の一部がドリルで削られたかのように、思い出したい何かへの断片的な記憶の破片すら出てこない。
――しかしこの日に、何か答えが出るはずもなく。
考えてもわからないことをこれ以上話し合うこともない。
考えれば考えるほど、気持ち悪さで嘔吐してしまいそうになる。
俺たちの中に大きなしこりを残して、この何かについて語られることは無くなっていった。
目の前のことで精一杯の俺たちは、また日常へと戻るのだ。
―――――――――――――――――――――
一人の少女がいた。
自他共に認める天才で、突拍子もない面白い何かをすることが大好きで。
いつも、自分の信頼できる人間に囲まれていた少女が。
俺にはそれが誰なのか、もう思い出すことが出来ない。
だけど、いまはそれでいいんだと思う。
記憶の話をしながら未来について話すのは、少し矛盾している気もするけれど。俺は多分、この欠けた記憶の正体と出会うと思うから。
根拠はないけれど、それはいつか必ず果たされる。
遠い未来の話ではなく、それこそ半年後とか?
そんな近い将来、彼女はもう一度俺たちの前に現れるだろう。
「お前、何を呆けた顔をしているのかしら」
なんて、軽口を叩きながら。
俺は再び、あの部室で彼女と会話する。
部長席にダルそうに座り、日々何か面白いことを探している彼女にまた巻き込まれる。
きっと。
いや、絶対だ。
その時は必ず来る。
友華編第一部はこれにて終了になります。
色々と不完全な部分が多く謎だけが出てしまいましたが、この続きは第二部で語らせていただきます。
次章は友華編二部ではなく、間にしばらく別な人物の話を挟む予定です。




