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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
二章・友華 一部
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三十四話・不気味な程に日常で

 長かった夏休みが終わった。

 部活にでも入っていたら夏休みなんてすぐに終わると聞くけれど、生憎俺には縁のないような話だ。今年までは。


 すっかり緑に彩られた桜の木を眺める。来年の春にはまた、学校前の坂道を白く幻想的に染めるんだろう。


「おっはよー優作!」

「おお。鈴ぅ!?」


 背後から声をかけられたので振り返ると同時に、みぞおちへの頭突きをくらった。

 前もこんなことあったよな……?


「あれ? 優作どうかしたの?」

「なんでも、ない! 久しぶりに会えて驚いただけだ」


 ホーミングランチャーのように的確に俺へのダメージを与えてきたのは、クラスメイトの坂上鈴音だ。


 天真爛漫で誰よりも明るいが、それは人の前で自分の本性を出すのが怖いから行っていた演技。本当の鈴音はどちらかというと静かな方で、普段の鈴音とは真逆の人格なのだ。

 本人がその多重の性格を抱える自分に折り合いをつけたようで、今ではどちらも本当の自分として楽しく生活しているようだ。


「え? うわ、なんか優作がそう言うと気持ち悪いですね……」


 若干引いたように、俺の気の利いた返しを否定された。

 これは、本来の鈴音の方だな。

 いつもの鈴音なら、そうなんだ! とか笑って言ってスルーするだろうし。


「お前のせいだろ!?」

「あはは。挨拶ですよ挨拶。優作が一人寂しく歩いていたので、景気づけに一発と思いまして」

「そんな軽い気持ちで改心の一撃をしないでくれ」


 学校でも敬語の鈴音を時々見ることがあるけれど、俺と二人きりだと取り分けこの喋り方になることが多い。


「あっ! というか急ぎませんと! 時間かなりギリギリですよ!」


 思い出したようにはっとする鈴音。

 感情が最新ネット回線もビックリの速度で変化していくのは、いまになっても顕在だ。


「俺はいいよ。遅刻くらい何とでも言い訳できる」

「もう! 行きますよ!」

「あ、ちょ、やめ! 手を掴むなあ!」


 早朝。

 四百メートルほど全力疾走をして俺の足は死んだ。



――――――――――――――――――――



「おっはよー!」


 鈴音と一緒に教室に入る。

 毎日元気な声で挨拶するものだから、鈴音が到着したのはクラスだけでなく学年全体に伝わるほどだ。

 ちなみに教室では基本うるさい方が表に出ている。


「おはよう鈴音。あれ、今日は山元と一緒だったの?」


 他のクラスメイトからの挨拶を鈴音が丁寧に返しながら一番窓側の席に一緒に向かう。俺の横が鈴音の席だからだ。

 俺の後ろの席で、先に到着していた少女が俺たちを見るなり目を丸くしていた。


「おはようアリスちゃん。通学中に会ったから一緒に来たんだ!」

「そうなんだ、ふふ仲良いね。山元もおはよう」

「おはよう。お前はいつも早いよな」


 目の前の銀髪蒼眼の少女、上赤アリスに挨拶を返した。

 俺との出会いは四月。そして今年の六月頃にこの学校に転入してきた。


 既にアリスは学校内で超がつくほど人気である。万人の横を通ったら、その万人が振り返るだろう異国のお姫様のような容姿と、クールそうに見えて実はかなりノリが良い部分が男女問わず注目の的になっている。

 噂ではアリスが転入した辺りから、実家の喫茶店の売上が右肩上がりだとかなんとか。


「うん。私は少しでも早く学校に来たいから」

「真面目な奴だな。そんなに勉強が好きなのか?」

「ううん。勉強じゃなくて、学校のみんなが好きだよ。喋っていると楽しいし」

「「「きゅん」」」


 俺を含めてクラスの全員が自分の胸を押さえた。

 こいつ、これを天然で言ってるのか!?


「私もアリスちゃん大好きー!」


 行動力の化身。鈴音が勢いよく抱きつく。


「わ! す、鈴音!? 重い!」


 アリスに鈴音が抱き着くのも最早見慣れた光景だ。

 明るく元気な鈴音と、落ち着いた雰囲気のアリスは不思議と気が合うらしい。


「がっはっは! お前らは相変わらずのようだな!」


 背後から豪快な笑い声。

 これは考える必要もなく大門寺のものだ。

 とにかく体格が良い柔道部員。いや、確かもう主将になったんだっけ。

 人柄もよく人望も厚いクラス委員長、と聞けば聖人のような人物だが唯一の欠点であるドM体質がそれを差し引いても余りあるくらいのデバフになっていて彼女はいないらしい。


「こっちの台詞だ。鈴音といい、朝からよくそんな元気があるな――って、誰だお前!?」


 後ろを振り向くと頭の中で想像していた姿の大門寺は存在していなかった。黒光りする何かが立っている。


「はっは! 夏は海に行ってな! 太陽に身を当てて脱水症状になるまで体を虐めていたら黒くなってしまった!」

「うわあ、アメリカのボディビルダーみたいだな」

「筋肉も張ってる。ムキムキだ」

「筋肉をつければそれだけ気持ちのいい攻撃を長く味わえるからな!」

「ひえ……」


 鈴音が引いている。

 しかしアリスは何故か目を輝かせて大門寺の腕や胸をぺたぺた触っていた。まさか、筋肉好きなのか?


「やめなさいアリス。ばっちいわよ」


 大門寺の胸筋に触れたアリスの腕を、いつの間にか教室に入ってきていた飛鳥が遮った。

 クラスが違うのに何でいるんだよ、と思ったがツッコまないでおく。


「おはよう飛鳥ちゃん!」

「飛鳥、痛い」

「あ、ごめんなさい。アリスが大門寺を触る光景が見ていられなかったのよ。ほら優作、行くわよ」


 何故なら、今日に限っては飛鳥が教室を訪れることを知っていたから。


「む? もうホームルームの時間だが、二人とも用事か? それと飛鳥、もっと罵ってくれないか?」

「ええ。少し串木野先生にね。黙って、黒板消し投げるわよ」

「是非とも!」

「わざわざ朝一の必要はないと思うけどな」

「いいから来なさいな」


 足早に廊下へと向かっていく飛鳥の後ろについて行く。無視された大門寺は、少し嬉しそうだ。

 アリスと鈴音はキョトンとした顔をしてたけど、まあ無理もない。


 俺と飛鳥は。

 今日、オカ研に入部するのだ。

 ホームルームのために教室に向かってきていた串木野先生と、階段の踊り場で鉢合わせる。 


「おはようございます先生。実は少し用事があるんです」

「あ、おはようございます! 二人とも宿題は終わらせてますかー?」


 先生は俺の方を見てからかうように言ってきた。


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