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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
二章・友華 一部
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   ああ、世界は美しい③

 うーん、筋は通っている。……俺が部活に入っていないという点を除けば。


 だが引っかかるのはそれを友華がしようとしていることだ。

 普段はタメ語で接するように指示して、先輩扱いされることを嫌悪しているこいつのセリフとは思えなかった。


「そう、なんだな。なら聞かせてくれ、友華先輩の御大層な心構えとやらを」

「不満げなのが気に食わないのだけれど、話してあげるわ。――いいこと。この世界は驚くほど不安定な土台の上に成り立っているのよ」


 意を決したように友華が発した言葉は、心構えというよりはさっきの世界観の続きのような内容だった。


「あのなあ、だから訳の分からない話はやめにしろって」

「真面目な話よ。……今回だけは、ちゃんと聞いてほしいわ」

「う、わかった。聞くから。続きを話してくれよ」


 表情が暗くなったので、まるで俺が悪いような気分になり謎の罪悪感に駆られた。

 友華は俺の言葉を聞くと、顔を上げて続きを話し始める。


「お前はこの世界に、唯一絶対の何かが存在すると思ったことがあるかしら?」

「絶対のもの……。数学や科学とかか、理系の科目は結構そうじゃないか? 間違った知識はないだろ、証明とか面倒で俺は嫌いな教科だけど」

「ふふ、数学だったらそれが成り立つ証明をして、科学だったら観測や実験をしたりして正確なデータをとる。確かに一見正しく見えるわよね」

「一見正しいって。まるで本当は正しくないような言いぶりだな」


「そういう面もあるってことよ。そうね……。例えば公理からユークリッド幾何学が導き出されてるでしょ。でも非ユークリッド幾何学はある種でその前提を批判するものだわ。数学でさえそんな側面があるという事よ」


「……すまん。何を言っているのか全く分からん」

「お前、流石にもう少し勉強した方がいいわよ……。数学の式とか図形の概念は、公理っていう証明の必要すらない明らかに自明な法則を基にして考えられているってことよ。それがユークリッド幾何学」


「へえー。自明な法則? っていうのがあるのか」


 その手の話が苦手すぎるので疑問じみた返しになるが、友華は呆れることもなく俺が理解できないのが分かっていたかのように説明を続けた。


「平行な二本の線はどこまでいっても交わらないでしょ。そういうのが公理よ。でもね非ユークリッド幾何学っていうのは発想の逆転。平行線も交わるって考えて、数学を見直しても幾何学として矛盾が出ないっていうのが判明しちゃったの。むしろ新しい幾何学体系の発見にすら繋がったわ」


「いや、平行線は交わらないだろ? その考えは前提がおかしい」


「そういう話ではなくて、この矛盾で一番衝撃的なのは私たちが真だと思い込んで公理にしてしまえば、いくらでも新しい理論が生まれちゃうってことなのよ。公理は証明の必要がないくらい当たり前のもの。でも、逆に言えばあるラインで黙認してしまった暗黙の了解ってことよ。受験問題にさえ証明せよって問題を出す癖にその学問の根底には、これは当たり前だから証明いらないっす、ていう譲歩した部分が存在しているの。数学に限らず、あらゆる学問はそうなっているわ。根源にある確実な一つの何かを判明させなければ学問にならないのなら、数学も科学も根こそぎ破綻するもの。黙認している部分があるのよ、どんなものにでも」


 友華は俺でもわかるように一から十まで話してくれた。

 つまるところ俺たちが普段正しいと思っているものは、深く追及するとどこかで妥協している部分に直面してしまう場合が殆どだということだろう。


 でも、今の友華の話がその通りなら。


「……だとしたら、世界っていうのは思ったよりも単純な一言で証明できるってことなのか?」


 俺の一言に友華は目を丸くする。

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔とはこのことだろう。

 

 そして、一気に吹き出した。


「っぷ、あはははは! そうね、ええそうよ! 根源の何かが分からないだけで、それが判明すれば色んな物事は驚くくらい単純でわかりやすく説明できるわね。お前のそういう考え嫌いじゃないわよ」

「そんなにおかしいこと言ったか? お前今凄い顔で笑ってるぞ」


 友華のツボに入ったようで、過去一くらいの大爆笑をしていた。

 腹筋を痛めたのか、笑い終わったら息を荒くしたままお腹を押さえる。


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