ああ、世界は美しい②
「嬉しくない褒め言葉だな……。 え、というか俺の用事は終わりなのか? 嘘だろ!?」
「暇潰しに呼んだだけだから、もう用事はないわよ?」
「マジかよ……」
開いた口が塞がらない。
ここまで訳の分からないことをしてくるやつだったなんて。
よほど昨日の件が癪に障ったのだろうか? その割にはどうも機嫌がいいように思えてしまう。その根拠はないのだけれど。
鈴音の時のように違和感を持つばかりで、昨日から少しおかしい友華の振る舞いについて正体まではわからなかった。
「じゃ、俺は帰るよ。ったく、とんだ厄日だ」
折角この時間から出歩いているんだし、帰りに孝宏の家にでも行くか。あいつなら暇つぶしに付き合ってくれるだろう。
そう思って友華に背を向けた瞬間。
俺は再び友華に声をかけられる。
「そういえば一つ、聞きたいことがあったわ」
「聞きたいこと?」
変に含みのある聞き方をしてくるから思わず聞き返してしまった。
友華は席に座って、その瞳で観察するように俺を見ている。
「ええ、別に明確な答えを求めている訳ではないのだけれどお前の考えを聞かせてほしいの」
「考えって。俺でよければ構わないけど」
「そう。じゃあ聞くわ。――お前はこの世界のことをどう考えているのかしら?」
こりゃまた随分哲学的な問いが来たものだ。
世界についてか。そんなの勿論考えたこともないけれど。
「またよくわからん事を聞いてくるな。中二病でもあるまいし、そんなこと考えたこともないぞ」
だからいつものように軽くあしらってみた。
しかし、友華はため息を吐くでもなく悲しそうに目を細める。
「冗談抜きで聞いているのよ。お前の考えを話してくれない?」
じっと。視線をずらさずに見つめてくる。
うぐ。今回はどうやら結構本気で聞いていたようだ。
ならふざけるんじゃなくて、それなりにしっかりとした答えを返さなければ。
「えっと、色んなやつがいていろんな考えがあって、暮らすだけでも息の詰まりそうな場所かな。汚くて綺麗なものがどんどん汚染されていく歪な空間だと思う……ぞ?」
言っていて不安になってきたので最後の方は疑問形になってしまったが、友華はどうやら気にした素振りもなく少しだけ頬を緩ませた。
「そう、生活していたら息が詰まる場所ね。お前らしい捻くれた回答だわ」
「そっちが聞いてきたんだろうが。なんだってそんなこと聞くんだよ?」
そう聞くと、友華は机の上に指を滑らせる。
何かを考えているように。いや、思い出しているかのようにゆっくりと話し始めるのだった。
「私はねこの世界ほど美しいものは無いと思っているわ」
俺とは真逆といってもいい考え。
この世界が美しい?
こいつは捻くれた奴だと思っていたのに、結構意外な考えだ。
「思ったより綺麗な考えだな? 複雑になりすぎて、本来快適な生活を追及するための仕組みが、人間の首を絞めている今の社会は不気味以外の何物でもないじゃないか。別に俺が捻くれているわけじゃない」
「ふふ。そういう視点も面白いわね。でも考えてごらんなさい。数十億の人間が共生するために、様々な仕組みを考えて生きようと日々画策する。そんな社会はとても素敵なものだと思わない?」
「いや、お前にしては珍しく理想論だな。第一人間は日々自分の利益しか考えていないだろ。協力しあうなんて考えてる奴は少数だ。そうじゃないと、政治家の汚職問題とかが頻発するはずがない」
「ええ、多い少ないで考えたら自分よりも他人を優先する人間なんて全体の一パーセントいるかどうかじゃないかしら。ソースはないけれど」
「なあ、本当に何の話をしたいんだ? 話が見えてこないんだよ」
どんどん哲学的な話へと展開していく友華の会話を少し中断させる。
一応自分でも話が脱線してしまった自覚があったのか、こほんと咳払いをした。
「私がしたいのは心構えの話よ、そのためにお前の考えを聞いておきたかったの」
「心構えって。何で急にそんなこと聞くんだ?」
「……もう部活も引退だもの。先輩として最後に引き継ぎでもしておこうと思ったのよ。他の奴らは休日に呼ぶのは可哀そうだから、お前くらいしか誘えなかったのだけれど」




