三十三話・ああ、世界は美しい
肝試しの翌日。
俺は何故か友華から学校に呼び出されていた。
夏休みの校舎は静かである。
授業に追われる学生は受験を控えた三年生以外いないし、文科系の部活は夏休みに活動することは少ない。
吹奏楽部の楽器の音がいつもの倍くらい校舎に響き渡っている。あとはグラウンドの運動部の声が時折聞こえてくる程度か。
オカ研の部室は部活棟の最上階、それも階段から一番遠い位置にあるので休日は行くだけでも面倒に感じてしまう。じんわりと制服に汗がにじみ始めていた。
部室の前に到着するとどうやら既に友華が到着しているようで、エアコンの冷気がドアの隙間から少し漏れている。
暑さから解放されたい一心で、俺は建付けの悪いドアを勢いよく開いた。
「うっす。着いたぞー」
ドアを開けると中には部長席に座っている友華がいた。
俺に気づいたようで、いじっていたパソコンから顔を上げて視線を合わせてくる。
「おはよう。思ったより早かったわね」
昨日の姿は嘘のように、すっかりいつも通りに戻っていた。
あの後、マスターが車でそれぞれの家に送り届けてくれて俺たちは帰宅した。友華は孝宏が家を知っていたので鈴音、俺の順番に送り届けられたためいつ頃帰りついたのかは知らないが、ぴんぴんしているのを見るとしっかり休めたようだ。
「そりゃあな。朝一で電話がきたら嫌でも叩き起こされる」
「早起きは三文の得よ。感謝してほしいわね」
「今のところ損しかしていないけどな」
「ほら、クロワッサンあげるわ。女子高生の食べかけよ、よかったわね」
「いま二つ目の不幸が起きたところだ」
大袈裟に身振りを入れながら友華はいつものように軽口を言う。
こいつとの付き合いも一年とちょっとになるけど、未だに個性が掴みにくい。今回のように突然俺だけ呼び出されるのも初めてのことだし。
突拍子のない行動に関しては、友華の右に出る人間はいないだろうな。
「へいへい。前置きはいいから本題に入ってくれよ、俺を呼んだのはモーニングコールのためだけじゃないんだろ」
「確かにそうね。じゃあ遠慮なく」
友華はおもむろに席を立つと、なぜか天井からぶら下がっていたロープを引いた。
――ガン!
次の瞬間、俺の後頭部に鈍い衝撃が走る――て!?
「いってえ!!」
反射的に頭を手で抑えて踞った。
い、今の衝撃は!?
何か大きなものが天井から降ってきたのはわかった。
初めて経験するタイプの痛みに悶絶しながらも、音をたてながら地面に落ちたそれを確認する。
「これは、タライ……!」
「ええ、古風なタライ落としよ」
俺の背後にはよくテレビで芸人がくらっていた鉄のタライが転がっていた。
今の衝撃はこれが頭に直撃していたのか……。
「いや、なんで急にタライなんだ!?」
行動の意味がわからない。
呼び出されたと思ったら部室に入るなり頭にタライを落とされるなんて。
子供の頃は芸人のリアクションはオーバーだ、一度くらってみたいなあなんて思っていたけど、実際に落とされたら本気で悶絶するくらいにら痛かった。
「ふふ。お前も知っているように私は性格が悪いの。やられたことは倍にして返さないと気が済まないわ」
黒髪を手でなびかせて満足げにそう告げる。
倍返しって。
じゃあ、これは昨日の肝試しの恨みってことか。
「なんだよそれ。ったく、どんだけ根に持ってるんだよ……」
「――え?」
一瞬驚いたように目を見開く友華。
「昨日の肝試しは、俺も知らなかったのに」
しかしそれは本当に僅かな時間の話で、呆れて下を見ていた俺が友華の表情に気付くわけもなかった。
「そ、そうね。私は昨日の肝試しの復讐で今のドッキリを仕掛けたの。ええ、お前の想像は珍しく大当たりよ」
少し早口にそう語る友華。
心なしか動揺しているように見えた。まあ、そんなわけないか。普段のこいつは冗談でふざけることはあっても、何かに対して大きくうろたえることはないし。
本当に歳が一つ上の先輩だとは思えないくらい、変に大人びてるところがあるんだよな。




