天才少女の未練⑤
もはや隠す気ゼロの連中からの肝試しドッキリを掻い潜り、長かったような短かったような山道もゴールが見えてくる。
向かい側に出る道だったようで、アスファルトで舗装された道路が見えた。
ゴールまで残り十メートル程。
「ああ、やっと終わるわ……」
この数分で数年分は老けてしまった友華が、心願成就の念を強く感じさせるようにそう呟いた。
「いや、あいつらのことだ。絶対最後に何か仕掛けて来るぞ」
「わかっているわよ。大丈夫、退路が確保できているから直ぐに逃げ出すわ」
情けないが、妙にやり切ったような表情だったから楽しんでくれたのかもしれない。
想像の範疇でしかないが、みんなが今回肝試しを行ったのは友華に部活の最後の思い出を作って貰いたかったからだと思う。
その意味では大成功だろう。
「二人とも少し待って!」
「……アリスか」
背後からかけられた声に振り向くとそこにはアリスが立っていた。
暗い森の中でアリスの銀髪は月明かりに照らされて、透き通るようになびいているのが分かった。
どうやら最後の刺客はこいつのようだ。
「てっきり鈴音がリベンジしてくると思っていたのだけれど……。アリスが怖がらせるのかしら?」
「そう。私が最後にして最強の怪異。アリスです」
ふんすと自信満々に胸を張るアリス。
怖がらせるような雰囲気ではないが、一体ここから何をするつもりなんだ。
アリスが歩きながら俺たちに近づいてくる。
「私がするのは簡単なマジック。二人を怯えさせるにはこれしかないかなって思うから」
「マジック。 こんな暗闇で何をするつもりなのかしら」
「アリスってそういうの得意なのか?」
もう手を伸ばせば触れられるほどの位置にアリスが迫る。
疑問を浮かべる俺たちの反応を歯牙にもかけずに、悠々自適に散歩するかのような素振りであった。
そして、ゆっくりと友華に近づいて。
「はい。貫通マジック」
友華の体を貫通した。
グロイ感じではなく、煙が通るようにふわっと通り過ぎて行ったのだ。
透き通るような髪色といったが、今見ると全身の色素が少し薄いように見える。
「ひあああ!?――あふ」
「友華!」
訳の分からない状況に耐えきれず気絶した友華の体を慌てて支えた。
「あ、やっちゃった……。大丈夫?」
「やっちゃったじゃないだろ……。友華完全に落ちたぞ」
申し訳なさそうにするアリスだけど、友華はしばらく起きなそうだ。
って、そんなことより――。
「今のは、何なんだ? マジックじゃないだろ」
アリスがいま起こした友華をすり抜ける現象。
これがマジックでないのはわかるが、その方法に見当がつかなかった。いや、一つだけ考えられる可能性はあるにはあるけど……。
俺は一度このような光景を見たことがある。あの時アリスはトラックをすり抜けて、俺はそれを見て轢かれたと錯覚し大慌てしていたっけ。
「まさか、また幽霊に戻ったのか?」
そうでないと俺の過去の経験からは説明のつかない出来事だったので、気づけば疑問は口から出ていた。
アリスはこくりと頷く。
「うん。実は起きてからも頑張れば体から出れるようになってた。幽体離脱みたいな感じ?」
「そこで首を傾げられてもな。というか大丈夫なのか、自分の体から出てるんだろ?」
「わ!」
何故か突然、両手を俺の前に広げて大声をあげられる。
幽霊だったときにいつでも戻れるって……。すごいことだけど、不安の方が大きい。
「なんだ急に」
「ドッキリ。山元は怖くないの? 全然怯えないね」
「当たり前だろ。この姿は初対面ってわけじゃないんだし」
「むう……」
なぜか不安げだった。
頬を膨らませて俺を睨んでいる。
肩を支えていた友華をおぶって、ゴールまでは進めるように準備したところでもう一つ疑問が浮かんだ。
「そういえば、その体ってことは本体はどうしたんだよ?」
「近くの木に背中を預けて出てきたから大丈夫。安全対策もばっちり」
「お、おう。でも鈴音たちはこのこと知らないんだよな? だったら早く戻った方がいいんじゃないか」
「あ、それもそうだね。待ってて、いま戻ってくる」
そう言ってそそくさと来た道を引き返していった。
しばらくしてもう一度アリスが駆け寄ってくる。今度は実体を持った状態なんだよな?
幽霊になれる。そんな他の人にはない特別な特技があるとわかっても、どうしてかアリスなら納得できてしまう不思議な信頼感があるな……。
半ば呆れるように俺は友華をおぶってアリスと一緒に下山し終えるのだった。