天才少女の未練④
「飛鳥、何してるんだ? いくら友華でもそれは怖がらないぞ」
「ええ。流石に棒立ちの飛鳥に驚くことなんてしないわ、舐めすぎよ」
山道に立っている飛鳥。
近づきながら俺たち二人が話しかけても、真顔で立ち尽くしたままだ。
もう二メートルほど先の場所に位置しているので、全身を見ることが出来る。
特に変なものを持っている素振りもない。本当に丸腰で出てきたようだ。
肝試しの驚かせ役として、こいつは何をしに来たんだ?
「優作、友華。実は折り入って二人に話があるの」
突然そう言って何かをアンダースローで放り投げてきた。
俺の片手は友華に掴まれ、もう片方の手はライト代わりのスマホを持っていたので自然と友華が受け止める。
「これは、音楽プレイヤーね。よくランニングしている人がつけているやつ」
友華の手にはイヤホンが付けられた音楽プレイヤーが握られていた。
いたって普通の機械。そういえば以前、喫茶店で使っているのを見たことがある。
俺に気づいたらすぐに止めていたが、一人の時は結構使っているのかもしれないな。
「イヤホンをつけて、再生ボタンを押しなさい」
「何をするのか予想もつかないわね。音だけならそこまで驚かないと思うわよ、ほら優作」
「おう。借りるぞ」
イヤホンのコードをとって右耳につける。友華は左耳に。
自然と顔が近くなってしまったので少しどきりとした。
しかし、その感情は直ぐに忘れ去られてしまう。
「再生を押して。話はそれからよ」
「はいはい。もしかして誰かの弱みでも録音しているのかしら」
言いながら友華は再生ボタンを押す。
すると。
『――おはよう。俺の天使ちゃん……』
「「ひ!」」
耳元で囁くように感じるほどの最高品質の音が聞こえる。
友華も俺と同じように首を震わしていた。
まさか、これは……!
『はは。相変わらず呆けた顔してんな。……そんな顔も可愛いぜ』
「あ、飛鳥……、これは何かしら?」
『ふぅー』
「ひゃん!」
『近くにあったから吹いちまったぜ。どうした、何顔赤くしてるんだよ?』
「こいつ、私の耳に息かけてきたわ!?」
「何!? 俺の耳には何も聞こえなかったぞ!?」
見悶える友華に話しかけるが相当きつかったようで、今も体を震えさしていた。
「左右の耳で刺激が別々に伝わるのよ。リアルでしょ」
流石に限界だったのか友華はイヤホンを外して、飛鳥を睨みつけている。
そんなにきつかったのか? 流石に音程度でそこまでは。
『こっちの耳にもわからせてやるよ。ふぅー』
「うるせええええええ!」
イヤホンを外して友華が持っていた音楽プレイヤーを飛鳥に投げ返した。
少し勢いがついてしまったが、飛鳥は難なく受け止めていた。
「なんなんだこれ!? 聴覚が死ぬ!」
「お前、冗談にしても限度があるわよ! 普通に鳥肌が止まらないのだけれど!」
俺たちからの全力の抗議を、飛鳥は目をつむって瞑想でもしているような顔で聞いていた。まるでこう言われることが分かっていたかのような反応だ。
そして、ゆっくりと口を開く。
「それ、私のよ」
「……え?」
呆けたような声が出る。友華も口をあんぐりと開いていた。
「だから、私の普段聞いている音声よ。CD買って同じようなのを数十枚は聞いてるわ」
「……うわあ」
友華が引いている。
俺も当然引いている。
「ふふ。結構。気持ちいいでしょ?」
「「こっわ!!」」
不気味に笑う飛鳥に俺たちは鳥肌が止まらなくなってしまった。
経験したことのないくらい体が震えているのが断言できる。
これが、恐怖という感情なのか……!
これまでのどんなホラー体験よりも全身の毛が逆立ち、震えてしまった。
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二人が見える位置の木陰にて。
「ふう、まあこんなものかしらね」
「あ、お、お帰り。すごかったね」
「飛鳥ちゃん何を聞かせてたの? 二人して凄い反応だったけど」
「えっと、鈴音は知らない方がいいよ。そういう世界もあるの」
「アリスちゃん?」
「孝宏はともかく、アリスも案外そういうの詳しいわよね」
「違う! たまたまだから!」
「でもこの前、エロ同人誌とか言ってたのよね?」
「違うよ! たまたまだから! って、飛鳥なんでそのこと知ってるの!?」
「みんな何の話をしてるの? 仲間外れみたいでやだー!」
「そのうち教えるから今は肝試しに集中するわよ。もう少しでゴールだから、次の人で最後じゃないかしら」
「じゃあ、もう一回私が行こうかな」
「ま、待って!」
「わあ! びっくりした、アリスちゃんの声だったのか……。僕そんな大声初めて聞いたよ」
「最後は、私が行ってくるから! 泥舟に乗ったつもりで任せてよ」
「え……不安だわ」




