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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
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一話・アリスとの出会い

序章は幽霊少女アリスをメインに置いた話になります。

少しでも物語を面白いと思ってもらえたり、登場人物を覚えていただけると幸いです。

感想やブックマークをいただけると非常にありがたいです。

 白く。

 どこまでも空白が広がる空間。

 眉を寄せたくなるほど真っ白な世界で一組の男女のいる場所には、木製の椅子が四つと机がある。

 近くには本棚やガスコンロ式のキッチンもあり、古いアパートの一室から家財ごと転移したような、摩訶不思議な光景になっていた。

 

 空間の中心には一人の女性が立っている。

 悲しむように、慈しむようになにかを見つめて立っている。


「終わりだけの世界で、あなたはこれ以上何をするの?」

 

 大切な誰かに向けた言葉は届くことはない。

 既に終わった彼女の世界がそれを許さない。


「何回も何回も、地獄みたいな経験を繰り返しているのに。とっくの昔に、あなたはおかしくなっているのかもしれないのに」


 奇跡はなく、望みもなく。

 吹けば飛ぶような小さな存在が、それでも世界に抗っている。


「私のために、何で、そこまで出きるの……」


 涙を流すことしか出来ない。

 その涙が枯れるまでに、あと何回彼が絶望するのか。

 考えただけで、狂気に震える。


「ああ、哀れな人。世界一不幸なあなた。どうか、次の世界では」


 繰り返すだろう。

 越えられないだろう。

 空白なこの場所で自分は永久に泣くのだろう。

 しかし、絞り出すように願いを吐き出す。


「幸福な人生を、送って」


 儚い妄想のような祈りは、白い世界に飲まれて消えた。 



――――――――――――――――――――――――――――――――



 高校二年生。春。

 俺の目の前で車に人がはねられた。

 薄暗い夜の交差点で信号待ちをしていた時、トラックが横断中の少女を轢いたのだ。


「――っあ」


 喉から肺に溜まっていた息が一気に吐き出される。間抜けな声が一緒に漏れた。

 その状況をあざ笑うように夜風が、肌を冷たくなでている。

 相反して心臓がドクドクと音を鳴らし血液を巡らすので、額からは汗が漏れた。

 呆然と立ち尽くす自分への警告かもしれない。


 正義のヒーローのように、困っている人を見て瞬時に動ける人間なんて極稀だ。特にそれが、命の危険を伴うともなれば。

 なぜなら、人間は所詮自分の損得でしかものを考えない。世間一般の良い奴っていうのは、相手を助けたときの自己肯定感に酔っているだけだ。

 恵まれた環境で育てられ、欲求階層の最上位、自己実現の欲求を叶えるくらいしかすることの無い人間の道楽。それが人助け。


 本当に他人のために命をかけられる人間なんて存在しない。どんな麻薬よりも強力な偽善という思考が脳を麻痺させているだけなのだから。

 ――だから。俺の行動は仕方の無いことだ。俺はその善人ではないからな。


 何故かその光景を見て最初に浮かんだのが自分への擁護だったことに我ながら驚愕する。

 交差点で、スマホを見ながらトラックを運転していた人に同年代くらいの女子がはねられた後、俺が行動を起こすまでに数秒のラグを作ってしまった。


「とりあえず、き、救急車!」


 学生服のポケットからスマホを取り出し、緊急通報をしようと試みる。

 驚いたのはトラックがそのまま通りすぎていったことだ。


 轢き逃げ。

 そう思い慌てて後を追おうとするも、追い付けるわけ無くすぐにトラックは角を曲がり姿が見えなくなる。

 悪人。いや、どんな人間でも同じ行動をとる可能性はあるだろう。

 家族や恋人とか、自分の守りたい幸せになって欲しい人に迷惑をかけたくないから。だから、誰かに迷惑をかけたくなかったからという理由で気づいたらアクセルを全開、全力逃走なんて話もよく聞く。

 善意とは、本当に響きの良い。あらとあらゆる物事の免罪符になり得る狂気の思考だ。


「……ど、どうすれば。今から追っても遅いし、人間の足で追いつけるわけがない! そ、それよりもあの女の子が先か!?」


 周囲を見渡すが、何も案は出てこないし頼れる人もいない。軽いパニック状態になってしまいそうだ。

 普通は救急車を呼ぶ、その一択しかないというのに。実際に人が死ぬ瞬間を目にしたら、ドラマのような冷静な行動はできない。


「……え? なんで慌てるの? おかしな人」

 

 疑問符を独り言にのせて、誰かの声が聞こえる。

 一人で慌てていた俺の耳をツンと突くように、聞こえるはずのない声が夜の闇の中で背後から発せられた。

 そう。聞こえるはずがない声。

 だって、おかしい。俺以外の何者かの存在があるはずない。さっき確認したように周囲には誰もいなかったのだから。


 声色からして落ち着いた女性といった印象を受けた。女性だ。後ろにいるのは。

 奇遇にもこの場にもう一人。俺が数として認識していなかった人がいる。だってそいつを今の状況で頼れる人間の一人としてカウントするのは、あまりにも突拍子のない発想だからだ。

 悩んでも話は進まないので意を決して振り返る。


「――な!?」


 言葉が詰まる。

 だって、そこには立っていたんだ。今目の前で車に轢かれた少女が。


 絹のように綺麗な珍しい銀色の長髪に、雪のように白い肌。透き通るような空を思わせる蒼眼、春の桜のような淡い薄紅色の唇と、顔全体のバランスがまるで黄金比だと感じてしまうような目と鼻の位置。百人いや万人が見てもその全てが思わず二度見してしまうだろう。

 そう考えても誇張でない程に目の前の少女は、大方この世のものとは思えない絵本のお姫様のような儚くも愛嬌のある美しい容姿をしていた。


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