言の葉の魔法
私はある日、図書館で本を見つけた。
古びて色褪せているけれど、大切にされていたであろうそれに、なぜか目が吸い寄せられてしまって、離れなくて。
この本を読もう。ほぼ、直感でそう決めた。
閲覧席に座って、ページを開く。
それは、一人の少年と独りの女性の物語。一人でも虫や草花、海や風に、空といった、自然と仲良しな少年がこの世界の美しさを語り、孤独を抱えた女性がこの世界の醜さを見せつける。
二人は関わりあいながら、お互いの見る世界を、少しずつ知っていく。
『ねえ、お姉さん。この世界はきっと、綺麗じゃないからこそ、綺麗なんじゃないかな』
少年の言葉は、その幼さには似合わないほど、いや、おそらくは幼いからこそ、的を得ていた。
読み終わったときには、今までとは世界の見え方が変わった気がした。不思議な例えかもしれないけれど、二つの目を丸ごとくりぬいて、新しい目に交換してしまったみたいに。
その本には、あとがきがあった。
そして知る。この物語は、若くして亡くなった女性が遺したものであること、この本は遺族が出版社に掛け合って自費出版したものだということを。
遺族の書いたあとがきのあとには、作者によるあとがき――半ば遺書のようでもあった――があった。
『……まだ短い時間しか生きていないけれど、なぜか無性に書かなければと感じたのです。今まで見て来たこの世界の美しさも、醜さも、伝えられるものはすべて。その想いが、この物語を書かせました。命を削って書くということはこういうことか、と思うことも多々ありました。
これは、この物語はきっと、手紙です。知らない人々や、友人や、家族。そして誰よりも未来の自分に、あるいは死んで生まれ変わった自分に、「今の自分に見える世界」を伝えるための。それはあくまで、私が感じ取ったものを言葉で定義して、捉え直したものであって、私に見える世界そのものではありませんが。読者が物語を通して見たものと、多少の違いはあるかもしれませんが……少しでも伝わったのなら。
私の言葉が、魔法になったのならば。
それ以上、嬉しいことはありません』
「――言葉は、魔法だ」
思わず、私は呟いていた。
時を超えて、私は彼女の見た世界を垣間見た。
そして、心動かされて、見えるものが、聞こえるものが、感じるものが、全て変わってしまったのだ。
これが魔法でないのなら、一体何なのだろうか。
「ああ、私も書きたいなぁ」
それは、ふと降ってきた、あるいは湧いてきた、そんな思いだった。
「誰かに、私の見る世界を伝えられるような、そんな『魔法』を紡げないかな」
私が物書きを目指しはじめた、そんなある日の――遠い昔の、話である。