顔面至上主義令嬢は自分にしか興味がない
思いつきで書いたものです。
気軽にサクッと読んでいただけたら嬉しいです。
「顔がいいだけで素敵な婚約者を持てて、羨ましい限りですわね」
通りざまにボソッと、しかし私にしっかり聞こえるように吐き出された言葉。
私の体はふるりと震え、我慢ならずに隣に立つ人へ視線を向ける。
──それはもう、キラキラした瞳で。
「お聞きになって?妬ましいほどの美貌、完璧なスタイル。そのシルエットを一目見ただけで何も言わずにはいられない、作られるべくして作られたまさに女神のようで羨ましいですね。ですって!さすがルブタン侯爵家のご令嬢ですわ!!」
「そこまでは言ってないと思う」
呆れたように首を振る男性。
彼は一応、私の婚約者である。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
私は女神が作りたもうたこの美貌を絶賛満喫中なのだ。
事の発端は、9年前の7歳の時に遡る。
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私は、鏡を見て歓喜に震えていた。
ラインの整った綺麗な眉毛と二重のぱっちりとした目、長くコシのある睫毛。厚過ぎず薄過ぎずふっくらとした唇に、シュッとした高い鼻。毛穴など目立たずつるりとした白い肌。その白い肌を引き立てるように、ミルクティー色の柔らかく艶々した髪が腰のあたりまで伸びていた。
パーツだけでなく、全体で見ても非の打ちどころがない。小さな顔に、然るべき場所に置かれたそれぞれの完璧なパーツ。
そして横から見れば理想とされる綺麗なEライン。
まだ7歳にも関わらず、将来が約束されたようなまさに傾国の美少女。
これほどまでに神様に感謝したことがあるだろうか。神様っていたのね。本当にありがとう!
ビバ、美人!!
もちろん、7歳にして初めて自分の美貌に気付いた訳では無い。
私が美人だなんて、とっくの前に知っている。
では何故改めてこんなことを言っているのかと言うと、たった今、私の前世の記憶が蘇ったからである。
前世の私は、それはそれはブサイクだった。どんなに整えてもボサボサの眉毛と一重の薄っぺらい目、細くなよなよした短い睫毛。分厚いたらこ唇に、ぺしゃっとした潰れ鼻。毛穴は開きに開き、なんならニキビもでき放題のひどい肌だった。Eラインなんてあったもんじゃない。断崖絶壁だ。
そんな誰が見てもブサイクな私は、どこに行っても当たり前のようにイジメの対象になった。物心ついた時から様々な人に「ブス」「キモイ」「近寄るな」「菌が付く」と言われる始末。言葉だけならまだしも、手や足が出る場合もあった。
私を産んだ親ですら、「こんな顔に産んでごめんね」と謝るのだ。
その逆境に耐え、心は美しく育つ…なんてことはあるはずも無く、顔も心も汚い正真正銘のブスに育ったのである。
そんなリバーシブルブスの私の唯一の心の拠り所が、乙女ゲームだった。ゲームの中では可愛い主人公となって、簡単にイケメンを誑かし恋することが出来るのだ。顔がいいって最高。
このように乙女ゲームにしか逃げ場のなかったブスが、美少女に生まれ変わったまさにシンデレラ・ストーリー。
ただ一つ問題点を上げるとするならば、鏡に映る美少女は前世でプレイした乙女ゲームに出てくるライバルキャラに非常に酷似していることだろうか。酷似というか、7歳までの私の記憶からして間違いないだろう。
名前はティリノーア・ミュラトラン。見目は、主人公の上を行く絶世の美女として公式で描かれていた。つまり私の美貌はこの世界を作りだした神様という名の公式のお墨付きなのである。
そんな絶世の美女ティリノーアは、自身の美貌を惜しげもなく使い、男性達を魅了していくのである。所謂ぶりっ子要員であるが、顔がいいので許せる。
攻略キャラは隠しキャラ含めて全部で5人。
メインヒーローであるこの国の王太子テオドール・ランバルド。その王子の専属騎士であるリディル・アルべータ。有名侯爵家の嫡男ナイル・ロワーフ。隣国の王太子オリバー・ハルソン。隠しキャラである謎の商人シュタイナー。
それぞれ違ったキャラが立っていて、好きなゲームのひとつだった。
私は必死に、朧気な前世の記憶を辿る。
確か、ティリノーアは主人公が攻略するキャラの婚約者として登場する。つまり、主人公が誰を攻略するかによって、私の婚約者も変わってくるのだ。
そしてティリノーアの婚約者は学園の新入生歓迎パーティーで主人公に出会い、その後の学園生活の中でお互い惹かれ合い恋に落ちる。最終的に、卒業パーティーでティリノーアに婚約破棄を申し立てるのである。
プレイしていた時は、こんな美女と戦い、主人公が勝つという逆転劇が最高に優越な気分になれたのだが。
その美女になってみると、ティリノーアのような美女に靡かないなんてどういう了見だ!むしろこっちから願い下げよ!という気分になってくる。
私は鏡に向かって強く頷く。
ぶりっ子も、ライバルキャラも、私はやらない。主人公を引き立てる役なんて、このティリノーア・ミュラトランには似合わない。
この美貌を満喫しながら最後まで華々しく生きてやる!
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…そう思ってた時期が私にもありました。
もちろん、あの時の決意通りに生きては来たのだが。
ここはあくまでゲームの世界。強制力が働くのだろう。
私が10歳のとき、王族主催のパーティーが開かれた。そこには攻略キャラ4人が大集結する見事なお茶会。大変眼福ではあった。しかし数日後に親から婚約者が出来たと報告があったのだ。
見事なお茶会は、主人公のルート決定のためのものと思ってほぼ間違いないだろう。
さて、と現実に戻り、私の発言に呆れている婚約者をじっと見る。
プラチナブロンドのさらりとした髪に、溺れてしまいそうな深い深い青の瞳。彼こそ、この国の王太子であるテオドール・ランバルド。私の婚約者。
つまり主人公はテオドールルートを選んだということになる。
「実際に口に出すのは恥ずかしかったのでしょう。ルブタン嬢は心の中で確かにそう仰ってましたわ」
「ティリィのそういう前向きな考え方、嫌いじゃないよ」
クスクスと上品に笑う彼に、今度は私が呆れる番だった。
考えではなく事実なのだが。テオドールに私の美しさは効かないらしい。いつもこうやって流されてしまう。
美人は3日で飽きるというアレか?私は毎日何度この顔見ても全然飽きないんだけど。
目が腐ってるのか···?と、ジト目で見ていると、テオドールは顎に手を当てて考える仕草をした後、いい事思いついたとでも言うように麗しい横顔から流し目をいただく。
「そういえばルブタン嬢は、イケメンで優しくて頭も良くて剣の才能もある完璧な婚約者を持てて幸せですねとも言ってたね」
「そこまでは言ってないと思います」
私は真顔でふるふると首を振る。
たまに私の真似をしてこんなことを言ってくるイケメン王太子。
残念なイケメンになってしまうから本当にやめて欲しい。ゲームではそんなキャラじゃなかったよね??ねぇ??
テオドールは王道の紳士且つ王子キャラ。プレイヤーも安心して攻略が出来るのか、5人の中で1番人気が高かった。
かくいう私も最推しはテオドールだったのだが。
その王道イケメンからやや外れつつある彼を、軌道修正することはできるだろうか。
ストーリーが進んで、主人公にこの残念なイケメンをバトンタッチするには些か不安が残る。
「ルブタン嬢が僕の事をどう思ってようがどうでもいいんだけど。美しいお姫様が、僕の事をどう思ってるかはとても気になるかな?ねぇ、ティリィ?」
テオドールはニコリと花が咲いたように微笑んで、私の顔を覗き込んでくる。
はぁ…イケメン…じゃない。ふざけた後にリアルイケメン持ってくるの狡すぎる。
熱くなる頬を扇子で隠しながら、私は心の中で叱咤する。
この人は、ゲームの攻略キャラ。私は主人公のために宛てがわれた婚約者。
いつかは私を捨てる人。私のこの美貌に見向きもしない人。
だから、絶対に好きになってはだめ。ティリノーアほどの人が、一人の男に振り回されるなんて、絶対あってはならない。
「こ、こんな大勢の方がいる中で申し上げるのははずかしいですわ」
誤魔化すように、恥じらうように扇子を顔の前に持ってくると、私たちを眺めていた男女ともにほうっとため息を吐く。
そうでしょうそうでしょう、私は美しいものね!!美女の恥じらう姿なんて見たら、ため息しか出ないわよね!!
「へぇ…じゃあ、二人きりの時はたっぷりと愛を囁いてくれるのかな…?」
そんなテオドールの発言は、私の耳には入らなかった。
正面から歩いてくる令嬢。
優しい雪のような色の髪、スカイブルーのきゅるんとした瞳。愛らしい顔立ちの令嬢が、真っ直ぐこちらに向かってくる。
私は、この子を知っている。
「ティリィ···?」
急に固まった私を不審に思ったらしいテオドールは怪訝そうに眉を寄せ、私の視線を辿った。
1人のご令嬢がこちらに挨拶に来ていることに気付いたのか、ぱっと表情を変える。
その令嬢は私達の前で立ち止まると、新入生らしいやや緊張した初々しいお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私、ミモレット子爵が娘、アイラ・ミモレットと申します」
そうだ、このパーティーは主人公とヒーローが出会うためのものだった。
今までは、ストーリーにないものだったから割と自由に出来ていたのだと思う。しかし、主人公がヒーローと出会った今、ゲームの流れに逆らうということはないのだろう。
動揺する心を隠すように、お得意の笑顔を貼り付けて主人公に体を向ける。テオドールもすぐに外向けの···というよりも本来の王道王子へとシフトチェンジし、私の隣に並んだ。
「顔をあげてください。私はテオドール・ランバルド。彼女はティリノーア・ミュラトラン、私の婚約者です」
くそっ、イケメンめ···!
隣に立っているのでマジマジと見るわけにはいかないが、凛とした声はゲームの中のテオドールそのものだった。
その事実が、とても私の胸をくすぐるのと同時に苦しめる。
抗いようのないゲームの強制力。
これから、婚約破棄へのカウントダウンが始まるのだ。
───だったはずなのだ。
なんで私は卒業パーティーで白いドレスを着ているんだ!?
なんでテオドールはタキシードを着て私の隣に立ってるの!?
「アイラ様はいかがなさったのです···?」
「アイラ嬢?別にどうも」
「テオドール様は、アイラ様と婚約なさるのでは?」
「世界で1番可愛い婚約者がいるのに、なぜ他の女性と婚約せねばならない」
全く理解ができないというように、テオドールは目を眇めた。
理解できないのはこっちだ。ストーリーはどうしたストーリーは。
「世界で1番可愛い女性の隣には、世界で1番かっこいい男性が立つのが定石というものだろう?」
···もしかして私の顔面至上主義が酷すぎて、テオドールもそんな考えに流されるようになってしまったのだろうか。
そうなると、公式の王道イケメン王子の道からは外れてしまい、正しいルートを進まなくなってしまった?
主人公からしたら、攻略失敗バッドエンドなのだろうけれど···。
ご本人は笑顔で手を叩いているし、これでいいのかもしれない。
私が暮らすこの世界は、主人公のライバルが前世を思い出し、ヒーローが残念なイケメンになる、そんな世界だった。
きっと別の平行世界ではゲームの通り、主人公のライバルは前世を思い出すことなく、ヒーローもヒーローのまま、主人公と結ばれて幸せに暮らす世界があるのだろう。
婚約者を差し置いて、出会って間もない令嬢と恋をして「この人が運命の人だ!結婚する!」なんて言い出す男はほとんど碌でもないし、遅かれ早かれだったのかもしれない。
乙女ゲームの本質は、恋をして結ばれるまでの流れであって、基本的にその先は書かれない。上手いこと締めくくろうと結婚のシーンだけは入れたり、人気が出れば都合のいいように2人のその後を新作として出したりするが···。
この作品はきっと前者だったのだろう。
「テオ」
私の声に、輝かしい笑顔で答えてくれる彼に。
「愛してくれて、ありがとう」
まぁ、これからは少しはテオドールに興味を持って、向き合おうとしてみてもいいのかもしれない。