神々の黄昏。〜ラグナロク〜
大変ながらくお待たせしました。やる気ゲージがまったくたまらず申し訳ない。
それは、本当に、小さな、それこそ、大きな湖の湖面に落とした小石程度が生み出すような波紋。その波紋が、何故か共鳴し、連動し、同調して大津波となった。
そう、後の情報管理課の報告書に記されている。しかし、真相を知るものは一柱とて居ないのだ。なぜなら、何処が最初の波紋なのか、彼らにもわからないのだから。
そして、いつ巻き込まれたのかも、神たちは理解をしていないのだから。
◆◇◆
天界のカフェテラス、天界でも一際大きく育った大樹の幹、太く枝分かれした枝の上に広がる数々のオープンテラス席、木々のざわめき、さわやかに抜ける風、柔らかな木漏れ日、天使によるハープの演奏、それらが混ざり合い、溶け合い緩やかな時間が流れる。
そんな、温かくも心地よい空間。
普段ならば、穏やかな空気に包まれ、日々の疲れを癒やす事のできる空間。
それが、一柱の行動で姿を変えた。
「やぁ、そこのケモミミのお嬢さん。是非ともわたしにモフらせてくれないかね?」
その一言で。
︎︎ それが、『エルフスキー』の男神だったのがいけなかった。
「貴様っ! 恥を知れっ! エルフスキーたる信念を忘れたかっ!」
最初は同席していた同じく『エルフスキー』の同胞からの諫めの言葉だった。ここで、声掛けした男神が引けばもしかしたら結果は違っていたのかも知れない。
だが、現実は優しくは無かった。そう、『たら、れば』は神界でも存在しないのだ。例えそれが、様々な下界に『神々の黄昏』として形を変え語り継がれる事になる、情けない現実だとしても。
「ふっ、確かにエルフはいいものだ。だが、ほらこのお嬢さんを見たまえ。見事な毛並み、そして、尻尾に持ち上げられたスカートから覗く、絶対領域! わたしはね、気づいたのだよ。エルフはいいものだ。だが、獣っ子もそれに劣ることは無いと!」
「バカなっ! しかし、認める訳には行かないのに、何故だ! 何故目が離せないっ!」
最初は諫めた神も、ゆったりと揺れる尻尾、そしてその度にチラリとのぞく健康的な太ももから目が離せなくなる。だが、コレがトドメとなった。
「「「その穢らわしい視線を、俺達の天使ちゃんに向けてんじゃねぇ!」」」
偶然、近くにいた神の集団の目に止まったのだ。そう、日頃から犬猿の仲である『ケモナー』な彼らの目に。
「はっ! これだからパンチラエルフスキーのヤツらは!」
「貴様らはあのちっぱい達の脇チラ、パンチラで満足しとればいいものを……」
「「なんだとっ! エルフの胸は無いんじゃない! 必要が無いだけだっ!」」
「脇チラも、いいよね?」
ここであらぬ方角からの声がさらに場を混沌とさせていく。なお、声を上げたのは最大勢力である『囲炉裏』の女神だったのは誰も気づいていなかった。だがその声にこっそり頷いてしまった男神は『ケモナー』の一柱だったのだ。
それを見咎めた『エルフスキー』の男神が指さしながら、黒い笑顔を浮かべ暴露する。
「知ってるぞ? 貴様、昨日我らの神域たる『エロフの館』から出てきたケモナーだな?」と、もちろんそれに呼応するかのように『ケモナー』の集団もまた仲間を罵り始める。
「貴様っ! ケモナーの掟を忘れたかっ!」
「そんなエルフスキー性欲厨のような事を宣うとはっ! いや、それだけでなく、ヤツらのホームにまで行っていたのか!?」
だが、彼もまた負けてはいない。叱責してきたサークルの仲間を数柱指さし濁った眼をしていやらしく笑いながら告げるのだ。そしてこれが、開戦の鐘となり一気に場が荒れていく事となった。
「ふ、僕をあなた達は責められない。なにせ、囲炉裏のホームである『最高だぜっ☆』から出てきたのは、誰だ? そして、男神の禁忌に触れた、薔薇の貴腐人御用達の店から出てきたのは誰だったかな?」
「き――貴様っ、我らを脅す気か?」
「待て、我らだと? 私は潔白だ! 私はっ――」
「我は見たぞ? あれは二日前--」
「くっ! 黙れ、エルフスキーっ!」
「はっ! 何が掟よ。くだらんな、さて、どちらが性欲厨だと?」
醜い争いは口論から肉体言語へと変わるまでにそう時間は必要としなかった。そして、乱闘がテラス全域を巻き込み、誰かが神力を使いだしてからは天界は一気に地獄へと様変わりした。憩いの場は消し飛び、多数のサークル本拠地も報復制裁で焼け落ちていく。
天界は逃げ惑う天使と、荒れ狂う神々の阿鼻叫喚が支配し、天界の街が崩壊したと同時に、神界の空島へと舞台を移すのであった。
間近で自身と女神の愛の巣と、思い出の詰まった街が無残な姿に変わっていくのを見ていた新参者の絵描きの神は後に『聖戦』と名付ける大作を生み出す事となる。瓦礫の中で様々な種の天使が後光により醜い悪魔たちを照らし、無数の屍が築きあげた山頂にて慈しみの涙を流す幼い女神という構図であり、その周りには転生課、環境課、情報課の制服を着用し死んだ目をした神々を配置することで、争いの醜さと悲しみ、そして当事者たちにその惨劇を常に意識させるため各課の壁全面を使った壁画として残される事となるが、それはまた別の話である。
◇◇◇
そして物語は空島での醜い骨肉の争いへと変わったのである。既に開戦から四日が過ぎ、戦死した多数の神が光の柱となり空へと還っていったのである。それは、課もサークルすらも関係なく、無秩序に、そして盛大に。
そして、残りが僅かになった際にふと我に返った彼ら、彼女らが見たのは荒廃した神界と、天界、荒れ果てた大地に突き刺さる主を失い、鈍い光を放つ無数の武具たち。そして、神界の唯一無事だった職場である庁舎から溢れどこまでも続く淡い光の帯に目が向き顔を青くしていった。
そう、開戦から四日。全ての神とは言わないまでも、約八割の神々を巻き込んだ醜い争いにより、各課は機能不全に陥っていたのである。元から神不足であったにも関わらず、いさかいによって多くの神員を自らの手で摘んでいったのである、その事実を誰しもが受け入れられなかった。
我に返った神々は、誰とはなしに重い足取りで庁舎に向かい始め、自身の課に戻り、そして誰もが胸に大きなしこりとともに絶望を刻むのであった。
そう、戦後処理ならぬ、積みに積み上がった残務処理に無休で向き合う事によって。
ただ、ここで少しだけ、ほんの一握だけ良かった事も神知れずに起こっていた。争いの最中、神が討たれた際に神界より零れ落ちた武具の数々が数多の世界を救う手助けとなったのだ。エクスカリバー、グスタフ、レーヴァテインなどの地上における神話級の武具たち。ただ、救われるのは現地の人の子で有り神界には一切の恩恵などないのであったが……。
自身でこの地獄を生み出した神々は、一切の休みを得られず、そしてそれに巻き込まれただけの神々もまた黄昏た目をして業務をこなす機械となり果てるのであった。
そして、それは長く険しい道のりとなり原状復帰までに多くの世界が停滞し、滅び、そして溢れた魂の流転の多くを地球へと送り付ける事でバランスをとることになった。ただ、この内地球外への転生をさせた過剰な魂たちは各世界で猛威を振るう事になる。そう、魔物暴走、通称『スタンピード』として……。
それにより、業務は減ることなく、安定するまでの時間をさらに伸ばす事となり、そのおかげもあり、天界と神界は以前よりも大きく、美しい世界へと復興を遂げることとなり、長い刑期を終えて庁舎から出てきた神々は皆同じ気持ちを胸に抱いたという。
『争いは何も生まない。他を認め、許しあう事こそが一番である』と。