幼い女神は伝えたい。
むぅ。こんな感じで……いや、そうじゃない。
尊いもの……。
わたしは、話すのがにがてです。
だから、心を読んでくれる神の方が楽です。でも、やっぱり、こんなところだと、そういうわけにはいかない。
「いらっしゃいませ。女神様、本日はなにをご所望ですか?」
そう、ここは天界にあるスウィーツ専門店なのだから。透明な水晶のケースの向こうに並ぶ、果物をふんだんに使ったスウィーツが宝石のように飾られた様々なケーキがならぶ。そんなお店なのだから。
白いものは生クリーム、ほのかな黄色のクリームはカスタード、一見地味な色合いの薄茶色の糸を盛ったものは栗のモンブランと言うらしい。
わたしは、心のなかなら上手に言葉にできるのに、話すのは苦手なのです。
ショーケースを眺め、まだ食べたことのないものを指差す。
ベリーミックスミルフィーユなるものだ。幾重に重ねられたパイ生地と、その間の赤や青紫のベリーソース、上には生クリームと様々なベリーがふんだんに載っており、まるで宝箱みたいだ。
「あ、あの……こ、これ、くだしあ!」
壮大に噛んだ……逃げ出したい。ほら、カウンターの向こうの天使さんも震えてるし……。
顔が熱をおびて、赤くなってるのが自分にもわかるくらいなのに……。
「あぅ、こ、このベリーミックちゅみりゅふぃーゆをくだしあ!」
わたしは、涙眼で震えることしかできなかった。
◇◆◇
わたしは、天界に住まわれる神様のため、下界から上がってきたスウィーツを専門に再現し、作っている。
ココには、それはもう多くの神様が連日お越しになり、嬉しいことにわたしの作ったスウィーツを楽しんでくれている。
なので、作るものにも全力を注ぎ、見た目にも、味にも妥協はしない。
おや、本日初めてのお客様は、幼い女神様のようだ。店の扉前で深呼吸をしている。最近、服飾の天使たちが色々作り出しているという、私服なるものに身を包んで。たしか、ワンピースと言っただろう白い衣装の、愛らしい姿はまさに女神様である。
わたしの店は深呼吸しないと入れないような場所では無いはずなのですが、もう少し入りやすい入り口にして貰おう。建設の天使に知り合いがいるから、扉を軽くしたり、色々考えて貰うことにしよう。
ウェルカムベルの小気味良い音を伴い、幼い女神様が、ショーケース前に足を運んで貰えたようだ。
「いらっしゃいませ。女神様、本日はなにをご所望ですか?」
わたしは、できる限りの優しい声と笑顔で尋ねる。見るからに緊張している女神様に失礼が無いように。そして、心を軽くして楽しんでいただけるように。
真剣にショーケースを眺める姿に見とれながら、できるだけゆっくり吟味していただけるよう、わたしは口を閉ざすのだ。
どうやら決まったようである。
「あ、あの……これ、くだしあ!」
わたしは、そのあとのことをよく覚えていない。顔を赤らめ涙眼になり震える女神様。それしか、記憶に残っていないのだ。気づけば空は茜色に染まり、目の前には空になったショーケースが沈みいく日を反射し、わたしを照らしていた。
たしか、ココで食べていかれるか、どうかをお尋ねしたはずだ。
思い出せ、たしかにわたしは聞いたはずなのだ。鈴の音を転がすような、優しく美しい声を。なのに、なぜ、思い出せない?
たしかに聞いたはずだ。
「おもちゅ、かえりでっ!」
その言葉を……、なぜ、うまく思い出せないのだ。また、いらしてくれるかな、あの女神様。今度こそ、しっかり脳内再生出来るように記憶しなければ。
天使はそう、心に決め空になったショーケースを掃除して店を閉めるのであった。
尊さを伝えられない僕が憎い……。
足りぬ、何かが……圧倒的な何かが……。
はい、壊れかけの麦芽です。尊いイラストは視覚のみで尊みを伝えられるわけで、僕の文章の限界値を探るように、尊みの再現をしようとして失敗している感が拭えません。
尊さをどう表現したらいいのか……神よ、なぜこのような試練を僕に与えたのか!?
『いや、与えてねぇから。錯覚だから。いいから続きものの先を書けよ』