神は休みを満喫する。
神の休日のひとこま……?
静かな湖面に、魚の波紋が浮かび、鳥達の囀りが背後の森の中から絶えることなく穏やかな風にのり聴こえてくる。
閑静な自然の中で一人の男神は腰をおろしたまま、最近天使が作り出した釣竿を握る。
餌はホットケーキの粉に、卵の卵黄を混ぜた練り餌だ。針は小指より小さく、返しもない。狙う魚は食用ではなく、この時期に繁殖行動に移る魚、地球ではタナゴと呼ばれる綺麗な婚姻色の出る小魚だ。
転生課の多忙を忘れ、とにかく、小さな浮きの動きを見逃さないように男神は静かに竿を構え続ける。
浮きが僅かに沈む、その微妙な当たりに男神は優しく合わせを入れ、ゆっくりと竿を曲げ、静かに小さな網に取り込み、水をくんだバケツに入れていく。
タナゴは、オーロラのような輝きを放ちながら、バケツの中で泳ぎ回り、男神の目を楽しませる。
「あぁ、綺麗だ。転生者の魂もこれくらい綺麗だったらなぁ……」
つい、口から溢れる愚痴に男神は顔をしかめてしまう。
「いかん、今日は久々の休みなんだ。仕事は忘れよう。はぁ、綺麗だなぁ」
荒んだ心を洗うように、バケツの中で泳ぐタナゴを眺め、楽しんだあと、バケツの水ごと湖へ戻す。
バッグから水筒と、竹で編んだふたつきの籠も一緒に取り出し蓋を開ける。
籠にはここへ来る前に、テラスの店で買ったサンドウィッチが綺麗な断面を見せ食欲をそそる。水筒からカップに紅茶を注ぎ、サンドウィッチを片手に噛る。
口の中に広がる野菜の甘味と、乳白色のソースの僅かな酸味と塩味が幾重に挟まれたハムの塩味と共に男神に満足感を与える。口に残った塩味と油分を、紅茶が洗い流すようにさらっていき、鼻に抜ける花の香りを残して胃に落ちていく。
「あぁ、旨い。はぁ、このくらいいつものお昼も美味しければなぁ……」
嘆息しては、またも口をついて出た愚痴に顔をしかめてしまう。
転生課の昼時のご飯は味がしない。決して不味いわけではなく、単純に食事を楽しめないのが原因であった。毎日積み上がる転生待ちの書類。どんなに頑張っても減らない転生者、むしろ毎日増えていくのだ。そんな多忙を極めるなか、お昼に何を食べようとも何も感じなくなるのは仕方ないことであった。
午前の転生者に『ハズレ』が多い時なんかは、さらに酷く食欲も湧かない。なぜ、こんなに転生者が多いのか? と、何度も首をかしげるが答えは聞かずともわかっている。世界が増え続けるからだ。
「あぁ、休みが永遠に続けばいいのに……」
ゆっくりと、いつの間にか傾いた陽を見つめ、竿をしまい、立ち上がり、もう一度湖を一望する。
夕方の夜を感じさせる、冷たい風が湖面を撫で、風道をつくり対岸へと消えていった。
「また来よう」そう呟き、男神は街に向け森の道を歩きだすのだった。
あれ? 満喫してなくね? とか、思った、あなたは休日を満喫してるかたです。
そして、満喫してるなぁ。と感じたかたは、もっと休みましょう。