そして、天使は堕天する
水着回の続き?いいえ、以前出てきたお店の話です。
いつからだろう。なんのために生き、なんのために働いているのか、わからなくなったのは。
神に喜んで貰うため? この世界をうまく回すため? わからない。仕事をすればするほど、その疑問は膨らみ続ける。わからないから働く。そして、疑問がさらに湧く、それの繰り返しだ。
休みの日、何をすべきか、仕事に役立てる何かを探すも既にやり尽くした事ばかりだ。正直こんなに、考える時間だけが多くなるなら、いっそ休みなど要らない。まだ、働き続けた方がマシとも言えるだろう。
勤務の際、神様より『なんて顔色をしているんだ? 休めてないのか?』と、聞かれるも、休みは取っている。ただ、何をすべきか悩み休みにならないだけで。もちろん、笑顔で休みは頂いています、そう答えるのだが。
神様とお酒を楽しむ、会話を弾ませ和ませ、鬱憤を晴らさせる。それが、私の仕事。
休みは六勤、二休、三交代制である。夜勤、昼勤、朝勤とずれていく形になる。以前は昼勤、夜勤の二交代で、休みはもっと多く、同僚と買い物などに出掛けていたものだが、最近は出来なくなって久しく、今ではそれすら時間の無駄に思えるのは不思議だ。
同僚の天使たちと、買い物に行き、お茶を楽しむ、思い返せばまるで、燦然と輝く様に脳内に克明に浮かぶ。しかし、今では天使の数が足らず、皆が揃って休みになることは無い。
ふと、違和感を感じ立ち止まり辺りを見る。出勤の為に家を出て、いつもの通勤路を歩いていたはずである。目の錯覚か、そう思いながらも、まるで見たことの無い場所を歩く。
白昼夢、まるでそんな気分である。昼勤の為、陽は昇っているのだが、辺りがもやに包まれ、森林の匂いが満ちていた。足元は石畳ではなく、土、それも未成地でぼこぼこと歩きづらい。まるで、私の現状の様だと思いながら、向きはそのまま進む。
どれくらい経ったろうか、これが普段の通勤路ならば、既に着いているはずなのだが、一向に景色も変わらない、着く気配が無い。耳を済ましても、鳥の鳴き声、木々のざわめき、動物の鳴き声、水の流れる音。それが聴こえるのみだった。
不味い。神域へ入ってしまったかもしれない。
思考に耽るあまり、通勤路から外れ街の外の森へと立ち入ったのだろう。だが、街以外は神域、神様の領域で、許可なく立ち入ることは出来ない。してはならない、禁忌である。
やってしまった。もうこうなれば、仕事に遅刻だのどうでもよくなる。既に禁忌を犯したのだ、処罰は下る。ならば、普段行けない場所を楽しんでから戻って、おとなしく処罰を受けよう。不思議とそう思えた。
水の流れる音が大きくなる方へ歩く。天使は迷うことはない。いつでも空を飛べるのだから、迷えば飛んで街の近くまで飛べばいいのだから。
森が切れ、目の前が突然開かれる。そして、眼前に広がるのは大きな河と、丸い石で敷き詰められた河原、その上流へ目をやると瀑布が音をたて流れ落ちてきている。
瀑布の音と細かな飛沫を浴びながら、周りをさらに見る。白く小さな花が小さな集団を作るように、河原の中に点々と集まり咲いていた。
まるで、神様の様だと感じながら、風になびき揺れる白い小さな花を眺め続ける。
だが、何故だろうか。この場所も、森も全てにおいて、神域とは思えないのだ。神域とは澄みきった場所。そう聞く、ここにはそんな澄んだ気配はなく、ただ渾然一体となった香り、音、光が溢れているだけである。不意に流れる河の浅瀬へと歩き始める。
流れが緩く、浅いところを探し、ほどなくして見つける。
少し水面は揺れ、流れてはいるが、鏡になりそうなのはここしかない。水面に映る自身を何故確認しようと思ったのかはわからない、ただ、なんとなく確認をしたくなった。
そして、映し出された姿に驚愕を覚える。いつだろうか、どのタイミングだったのだろうか。
私は堕天していた。瞳の色が青から赤に変わり、羽は白から黒へ変わっていた。
堕天した者は神界からも、天界からも追放される。そういう決まりなのは天使の常識である。つまり、ここは。
神界でも、天界でもないのだ、と状況が教えてくれた。
さぁ、どうしようか? 天使は、いや、堕天使は手頃な岩に腰掛け今後どうしようかと考えを巡らせていた。
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