050 いろいろあります桜庭くん
映画部に顔を出した翌日も、また遊薙さんはメッセージを送ってきた。
『今日の放課後会う!』
『少しだけなら』
『え、なにかあるの?』
『ちょっと予定が』
『どんな予定?』
……うーん。
そのまま返事をするか、ちょっと迷ってしまう。
だったらそんな予定を入れるな、と思われるかもしれないけれど、べつに悪いことをしているわけじゃないのだ、僕も。
ただ、遊薙さんにとってはおもしろくないんだろうなあ……。
『紗和さんと映画のディスクを借りに』
そこで、遊薙さんからの返信が止まった。
やっぱりなんとなく、罪悪感がある。
そもそも、そういう気持ちになるというだけでも、以前の僕とはずいぶん変わったと思う。
けれどこの新しい視点が、必ずしも僕の考え方まで変えるというわけではない。
趣味の合う友達と、その趣味のために出かける。
僕はそんなことにまで、恋愛を持ち込みたくないのだ。
世間の人がどう思うかは知らない。
それでも僕は自分の考えが間違っているとは思わないし、この考えを人に押し付けようとも思わない。
こういうところが、僕が恋愛に向いてない理由の一つでもあるけれど……。
いや、この話は今しなくてもだろう。
『じゃあもういい』
遊薙さんの返事は、それだけだった。
だから言ってるんだ。
僕なんかやめとけって。
◆ ◆ ◆
紗和さんとは昇降口で合流した。
今日もボブカットを揺らした紗和さんは、僕を見るなりトコトコと駆けて来て、ペコリとお辞儀をする。
「桜庭先輩、おまたせしました!」
「いいよ。じゃあ、行こうか」
「はい!」
二人で靴を履き替えて、校門を出た。
目的地は駅前のレンタル屋さんだ。
電車を使えばもっと大きいところがあるけれど、今日はそこまでのエネルギーは無い。
映画部の話や中学の頃の話をしていると、レンタル店にはすぐに着いた。
「一年会えてなかったので、オススメが溜まっちゃってるんですよねぇ」
「そうだね」
ちなみに、中学の頃は僕が携帯電話を持っていなかったため、紗和さんとは連絡先を交換するということもなかった。
本当にまる一年以上、話していなかったことになる。
紗和さんの言う通り、オススメしたい作品はかなりの数になっていた。
僕らはあーだこーだと映画の話をしながら、棚を順番にザーッと見ていく。
「これ、有名だけどイマイチでした。期待してたんだけどなぁ」
「僕も見たよ、それ。内容はダメだったね、設定はおもしろそうだったんだけど」
「そう、そうなんですよねぇ。もったいないというかなんというか……」
「あ、これ良かったよ。『獄中のアンドロイド』」
「それは私も好きです! 映画館で見たかったなぁ」
「たしかにね」
話し合いの結果、お互いに三本ずつオススメを出して借りることになった。
三本に厳選するのはなかなか難しいので、選ぶのにもそれなりの時間が掛かりそうだ。
「先輩、やっぱり今でも、本読んで映画見てばっかりなんですか?」
「うん、もちろん」
僕が答えると、紗和さんはクスクスと笑った。
「だめですよぉ、もっとお友達とも仲良くしないと」
「仲良くしてる……と思うけどなぁ」
「ちゃんとお友達いるんですか?」
「……まあ、それなりに」
「相変わらずですねぇ」
心外なことを言う紗和さん。
まあ、彼女は以前から僕の社交性の無さを気にかけていた、というか、問題視していたようではあるけれど。
でも僕だって、ちゃんと友達くらいいる。
和真、白戸さん、御倉さん、それからあとは……成瀬さんとか?
……なんだかこうして数えてみると、かなり少ないような気もしないでもない。
だがまあ、僕は少数精鋭タイプなのだ。
「……彼女さんとかは、いないんですか?」
「……いないよ」
少し、返答が遅れてしまう。
嘘をつくというのは、やっぱりいつまで経っても精神に良くない。
「へ、へぇ……。でも桜庭先輩って、ちょっとだけ女の子に人気ありますよね」
「そんなことないよ」
「で、でも! 中学の時も、彼女できてましたし……」
「……」
『だって、桜庭くんが好きって言ってたから!』
また、あのセリフが蘇る。
口の中に、苦い味が広がるような気がした。
視界が揺れて、お腹のあたりが締め付けられる。
藍奈といい紗和さんといい、どうしてそう、あの話を持ち出したがるんだ……。
「……なんで、別れちゃったんですか?」
「紗和さん」
「仲良さそうだったのに……。急に別れたって聞いて、私」
「紗和さん」
「え、は、はい……?」
「もう、この話やめて」
「あ……ご、ごめんなさい……」
紗和さんは驚いて、そして少しだけ、怯えているようだった。
どうやら、うまく語気をコントロールできていなかったらしい。
『好きな人の好きなものだもん、好きにならなくちゃ!』
けれど、僕は本当に、これ以上この話をしたくなかったのだ。
彼女には悪いけれど、僕にだって思い出したくないことはある。
しょんぼりしている様子の紗和さんにも、僕は気の利いた言葉をかけられなかった。
僕らはそのままお互いの映画を選び合って、お店の前で別れた。
『ホントはちょっと、苦手だけどね』
あぁ。
でも今日は、映画は見られそうにないな。