表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/68

【回想】000-2 桜庭碧人は画策する


「だからお願い桜庭さくらばくん! 私と付き合って‼︎」


 どうして僕のことを、好きになってしまったのか。


 そのわけを話した遊薙ゆうなぎさんは、まっすぐ僕の方を向いて、祈るように両手を組んだ。

 目尻にうっすら溜まった涙が、放課後の夕陽を反射して宝石のように光っていた。


 たしかに遊薙さんは、魅力的だ。

 今まで出会ったどんな女の子よりも可愛いし、綺麗なのは間違いないだろう。


 けれどそれでも、僕の気持ちは変わらない。


「ごめん、やっぱり嫌だ」


「……うそぉ」


 遊薙さんは今にも泣き出しそうに口元を歪めながら、両手で頭を抱えた。

 そしてうんうんと唸ったあと、一度深く息を吐いてから、また顔を上げた。


「ど、どうして? 桜庭くんには今、特定の恋人はいないと思ってたんだけど……」


「それは、まあ、そうだね……」


「じ、じゃあ……私があなたのタイプとは違った……?」


 遊薙さんは自信なさげに顔を伏せて、もじもじと上目遣いで僕を見ていた。

 そのあまりの可愛さに、僕はついつい自分の意思が弱まりそうになるのを感じる。


 けれどここで折れるわけにはいかない。

 そんなことをしたら、自分にとっても彼女にとっても、決していい結果にはならないだろうから。


「もちろん、遊薙さんのことは素敵だと思う。でも僕には今のところ、恋人を作るつもりがないんだよ」


「そ、それじゃあ……私のことは好き、ということ?」


「……いや、好きじゃない」


 遊薙さんに恋愛感情があるか。

 そう聞かれれば、僕の答えはノーだった。


 理由は僕にもわからないけれど、要するに恋心というのは、そんなに簡単なものじゃないということだろう。


 遊薙さんはとても複雑そうな表情をしていた。

 落ち込んだり、少し喜んだり、やっぱり悲しんだり。


 けれどそんな様子から、どうやら彼女が本当に僕のことを好いてくれているらしいことが、嫌でも伝わってきた。


「……これから好きになってもらえるように、努力する。だから……やっぱり付き合って欲しい」


「もし遊薙さんを好きになったとしても、僕は君と付き合わないと思う。だから、ごめん」


「……うぅ」


 遊薙さんはまた泣きそうになってしまった。

 けれど、絶対に泣かない、と言っているような強い目をしていた。


「……それじゃあ、どうすれば私と付き合ってくれるの?」


「どうすればって……どうしたってダメだ。僕は君とは付き合わない」


「そんなぁ……」


 遊薙さんは崩れ落ちそうになっていた。

 机に両手をついて、身体を支えているように見える。

 いよいよ、罪悪感がすごい。


 それにしても、ここまで粘り強いなんて……。


 僕は告白というのは、一度断られたら、少なくともその場はそれで諦めるのが普通だと思っていた。

 けれど、遊薙さんにとってはそうではないらしい。


「わ、私に原因があるの……?」


「いや、違うよ。たとえ告白してくれたのが遊薙さんじゃなくても、僕は誰とも付き合わない」


「そ、そう……」


 また、複雑な顔。

 悲しんでいるような、けれども安心したような、不思議な顔だ。

 でも、どんな顔をしていても遊薙さんは底無しに可愛かった。


「……どうして誰とも付き合わないの?」


 答える必要はない。

 そのはずだけれど、こんなに一生懸命な遊薙さんを見ていると、答えてもいいかなと思った。


「一人の時間が好きなんだ。本を読んだり、映画を見たり、考え事をしたり」


「……」


「くだらないって思うかもしれないけど、僕にとってはそれが、何よりも大切なんだよ。わかってくれなくてもいい。だから、放っておいて欲しいんだ」


 むしろ、くだらないと思ってくれた方が嬉しかった。

 そうすれば彼女も、僕に興味が無くなるだろうから。


 けれど遊薙さんは、真剣な表情で何かを考えている様子だった。

 そしてしばらくの沈黙を経て、遊薙さんはまた口を開く。


「そ、それなら私は、絶対にあなたの邪魔をしない……! 私に時間を使ってくれなくてもいいから。構ってくれなくてもいいから。だから、私と付き合って。お願い、桜庭くん!」


 遊薙さんはそんなことを言って、また祈るようにギュッと手を合わせた。


 思わず、僕は頭を掻く。

 告白を断るのって、こんなに難しかったっけ……。


 いったいどうすれば、彼女は僕を諦めてくれるんだろうか。

 ここまで食い下がられるなんて、まったくの予想外だ。

 対処法がわからない。


 さらに厄介なことに、僕は少しだけ彼女のことを、いいと思ってしまっていた。

 恋愛感情とは違う、純粋な好意。

 綺麗過ぎる外見に負けないくらい、彼女はきっと、内面も素敵なんだろう。


 もったいない。

 よりによって、僕のことを好きになってしまうなんて。

 彼女なら、もっといい相手を選び放題だろうに。


 せめて友達なら。

 友達になるだけなら、僕だって歓迎なのに。


 ……あぁ、そうか。

 その手があったか。


「……やっぱり、僕は君とは付き合えない」


 遊薙さんはこの世の終わりのような顔をした。

 だが僕の返事には、まだ続きがある。


「でも、友達から始めてみるっていうのはどうかな? いきなり付き合うっていうのは、さすがに」


「やだ! それじゃダメなの! 付き合って欲しいの!」


 僕の言葉を遮って、遊薙さんは叫んだ。


 完全にお手上げだった。


 ……あー、もう。


「嫌だって言ってるでしょ。聞き分けが悪いにも程がある」


「それくらい好きなの! 付き合ってくれるまで諦めないもん!」


「絶対に付き合わない。君が諦めるまで、僕は拒否し続ける」


 僕たちはついに、教室の中央で睨み合った。

 どうしてこんなことになってしまったのかは、もはやわからない。


 遊薙さんとの間にバチバチと不毛な火花を散らしながら、僕は考える。


 話し合いで意見が対立し、どちらも折れる気がない場合。

 人間は、果たしてどうやって物事を決定するのだろう。

 この状況を打開する方法が、何かないものか……。


 考えて考えて、さらに考えた結果として。


「……わかった。じゃあこうしよう」


 僕は例の3つの条件を、遊薙さんに提示した。

 すなわち


・僕の行動を一切制限しない

・僕が遊薙さんを好きになることを期待しない

・僕に告白したこと、僕と付き合っていることを周囲にバラさない


 ここまで遊薙さんの意志が強いとなると、きっとまともに断り切るのは難しい。

 それならいっそ、形だけの交際を始めてしまって、向こうが僕に愛想を尽かしてフる。

 そういう展開の方が現実的だし、なにより後腐れがない。


 この条件が守られているうちは、僕だって今までと変わらない生活ができる。

 けれど彼女にとって、この条件はきっとすごくつまらないはずだ。


 それに付き合っていればどうせ、遊薙さんにも僕が大したことない人間だってことが、すぐにわかるだろう。

 そうして彼女が僕を手放せば、僕はただ、身の程知らずにも遊薙さんと付き合って、そしてフラれたバカな男になる。

 その肩書きができるのは、この際仕方ない。


 少しの時間と、その後の周囲の哀れみさえ、我慢すれば。

 それで僕は、またいつもの暮らしに戻れる。


 多少の罪悪感を含んだ僕の提案を、しかし遊薙さんは驚くほど素直に聞き入れた。

 あまりにあっさり了承が取れたせいで、僕はひょっとすると、彼女にもなにか複雑な意図があるのかと疑った。


 けれど遊薙さんは、そんな策略や計略とは無縁そうに、ただ「やったぁ!」とか、「ありがとう!」とか言って無邪気にはしゃいでいた。


 その姿は、その日の遊薙さんの中でも、抜群に可愛らしくて。

 自分の心臓が、少しだけキュッと苦しくなるのが、僕には分かってしまって。


 これは、気を付けないといけないかもしれないなぁ。


 不覚にも僕は、そんなことを思ってしまっていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆◆◆ 美少女と距離を置く方法〜俺のぼっち生活が学園の高嶺の花に邪魔されるんだが〜 同作者のじれじれ系ラブコメも掲載中です!!ジャンル別週間ランキング1位も獲得した大人気作品ですので、よろしければこちらにもお越し下さい!◆◆◆
― 新着の感想 ―
[良い点] 一緒に歩いている時は、みんな同じ道を歩いているように感じます。 だけど、本当は違う。みんなそれぞれ違う自分だけの道を 歩いているんです。その道は、始まりも違えば終わりも違う。 決して同じ…
[一言] なんかもう、初っぱなから絆されかかっているような
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ