8.リスクのツケ
どうしてもこの先を書けないので、しばし寝かせます。
力不足を解消し、いつかリベンジします。
思わず後ずさったユウヤたちの前で亡者が蠢く。
白い蝋がひび割れ、中から人の半身程の物体が飛び出した。
ユウヤが反射的にトリガーを引く。
乾いた音とともに殺到する弾丸は、しかし物体を捉えられなかった。
速い。
物体は6本の足を動かし、動き回る。
見た目は猿のようでもある。
しかし異様に膨らんだ尻尾が異質さを際立たせている。
先端には鋭い針があり、ドクドクと脈打っているようだ。
「気を付けろ!まだいるぞ!」
誰かが叫んでいる。
蝋が次々と割れ、さらに数匹のプレデターが現れた。
「逝っちまいな!!」
ヴィブロブレードが1匹を捉える。
地獄の使いは金切り声をあげて切り裂かれた。
ユウヤがぼとりと落ちた死体を見ると、尻尾だけが蛇のようにのたくり、レイコの方に迫って行く。
尻尾が瞬間、大きく膨れたと思うと、先端についた針が爆発的に射出された。
針はまっすぐにレイコに向かって飛び、アーマーの隙間から左の二の腕に突き刺さる。
「レイコさん!」
「問題ない!大した傷じゃないよ!皆も気をつけな!」
ドパンッとツヨシの放った弾丸が別の1匹を吹き飛ばす。
ユウヤはすぐさま、その死体の尻尾を狙い撃った。
蛇はびくんと跳ね、動かなくなる。
レイコとツヨシが猿を、それ以外が尻尾を始末していく。
やがて周囲に静けさが戻り、悪臭と激しい吐息だけが残された。
「ふう...これは、プレデターの冬眠場所だったようだな...」
「薄気味悪い奴らだ...」
アキナは刺されたレイコの腕を確認している。
傷自体は大したことはなさそうだ。
しかし患部が青黒く腫れてしまっている。
すぐさま消毒し、包帯を巻く。
「とにかくこれで、ここにトランペッターがいないことが分かりましたね。」
「ああ、そうだな。こんな奴らが棲み着いている場所で生きていけるはずがない。
レイコの傷のこともある。撤退しよう。」
ツヨシの判断により、3班はコンベンションセンターから退散した。
取り残されたホールで、再び尻尾が蠢いていた。
撃ち抜かれた尾部の最後の力で、針の先から何かが噴射された。
白い粘り気のある液体はその実、猿達の幼生体を守る粘液なのであった。
粘液の中から、ずりずりと不気味な幼生が這い出てくる。
成体とは比べ物にならないほど小さく、目に見えるかどうかといったところだ。
彼らはゆっくりと白いオブジェまで這い寄り、その中に潜り込んだ。
そして眠る。
亡者たちの屍肉を喰らいながら、新たな獲物が現れるまで。
「そうか...収穫はなしか。」
テツヤが呻くように言った。
ここ数日でコミュニティの状況も急激に悪化してきている。
ディスノミアの痕跡はさらに数カ所で見つかった。
見えない恐怖に蝕まれ、皆かなりのストレスを抱えている。
結果の出ない捜索をこれ以上続けるべきではないと、テツヤは考えているのだろう。
ツヨシとしてもそのことに異論はなかった。
かなりの危険を犯したが、結局のところ待っていたのはグレートフォール以降よくある結果だったという訳だ。
受け入れるしかない。
人類はもう支配者ではないのだから。
ユウヤも、渋々ながら納得したようだ。
そして数日後。
ユウヤ達は犯したリスクのツケを払うことになる。
「ツヨシさん!!」
「アキナ?どうした?」
「レイコさんが...!!」
ベッドにはレイコが横になっている。
その左腕は腫れ上がり、服の上からでも異様な形状が分かる。
軍医であるノリコが、厳しい顔で様子を見ていた。
針に刺された部分を中心に腫れが出ているのは一目瞭然であった。
中心にある傷口からは、包帯越しに白い液体が溢れてきている。
固まったそれは、まるで蝋のように見える。
「あの時の...!」
「かなり不味いことになったね。ここにある医薬品じゃまるで効果がない。」
ノリコが淡々とした口調で告げる。
「どうすれば?」
「...腕を切断する。」
場の空気が鉛になったようだ。
空気がなかなか肺に入ってこない。
ユウヤは後悔に押しつぶされそうになっていた。
これは自分の言い出したことが招いた結果なのだ。
「...他に手はないのか?」
「試せることは全部試した。このままじゃ全身がやられてしまう。そうなる前に切断するしかないよ。」
ノリコはやはり、冷静に告げる。
しかしその顔はやつれ、目の下にははっきりと隈がある。
本当に、できることは全てやったのだろう。
「...わかった。何がいる?」
「そうね...切断しようにも麻酔も医療器具も足りないわ。それがあるとしたら...」
「...中央病院か。」
「ええ。」
中央病院は、大阪駅近くにある最先端の病院だった。
極めて高度な医療技術を用いる先進医療から、一般外来まで対応した総合病院である。
確かにそこならば、どのような医療機器でも揃うだろう。
だが...
「だが、中央病院は危険すぎる。」
グレートフォールの最中。
中央病院は迎撃戦を繰り広げていた自衛隊の基地の一つであった。
怪我人が続々と運び込まれ、医師達が不眠不休で働いていた。
しかしある日を境に、突如として中央病院との通信が途絶える。
幾度となく送り込まれた偵察隊は、しかし誰も帰って来ない。
唯一生還した者の証言により、そこで何が起きているのかが明らかになった。
中央病院の仲間達は生きている。
しかし彼らはもう、人の形をした別の何かだ。
見た目は普通なのだ。
だから油断する。
そして隙を見せたら最後、偵察隊は仲間だと思っていた者たちに襲われ、生き絶えて行った。
生還者は証拠として、病院内の監視カメラ映像を提示した。
そこには和やかな顔で人を殺戮する、人ではない何かが写っていた。
折しも戦況が悪化し、中央病院はそのまま放棄された。
そこに巣食うものがなんだったのか、いまだによくわかっていない。
「危険は承知です。でも、仲間を見捨てるわけにはいかない。」
ツヨシが言い切った。
「俺からもお願いします。こうなったのは元々俺が言い出したせいです。絶対に助けます!」
そういってユウヤは深々と頭を下げる。
今自分にできることはそれくらいしかないからだ。
テツヤが深々とため息をついた。
ここ数日で一気に老け込んだようだ。
「...いいだろう。確かに、品性まで捨てては生きている意味がない。だが、気をつけろよ。」
「はい。ついでに使える医療品を山ほど持ち帰りますよ。」
不敵に笑い、ツヨシが言った。
ユウヤはがっしりと右手を握った。
絶対に死なせない。