7.亡者
「今日も空振りか...」
コウジが悔しげに呻いた。
今いるのは大阪市の中心を南北に貫くかつての動脈、御堂筋沿いにある商業施設だ。
地下鉄と在来線が交わる場所であり、オフィス街への入り口といったところ。
ユウヤたちはここ1週間、コミュニティ活動の合間を縫ってトランペッターを捜索しているが、結果は芳しくない。
もともと、トランペッターについてはコミュニティでも捜索をしたことがあったのだ。
しかし見つけられず、また声や音による呼びかけにも応答がなかった。
この状況でこちらと交わりたがらないということは、何かしらの事情があるのだろう。
テツヤはそう判断して捜索を取りやめた。
そういう経緯もあり、生半可なことでは発見できないだろうと考えてはいたものの、手がかり一つ掴めない状況に、3班は落胆を覚えていた。
「やっぱり捜索範囲を広げるしかないかな。」
ツヨシがそう断じる。
現在、捜索はフォボスの支配下にある比較的安全なエリアに絞って行なっている。
現実的に考えて、そのエリア以外でトランペッターが今まで生き伸びるのは難しいはずだからだ。
同時に、エリア内の施設は大抵過去に足を踏み入れているため、今まで見つからなかったという事実からは外れている。
ツヨシが示唆しているのはそちらの可能性であった。
翌日。
ユウヤたちは今、大阪市の中央を真横に貫く、本町通り沿いにあるコンベンションセンターに来ている。
昨日ツヨシがテツヤと交渉し、危険地帯での活動許可を取り付けた。
条件は、あと1週間で捜索を打ち切ること。
ユウヤたち自身の疲労などを鑑みて、それがぎりぎりの譲歩だった。
逆に言えば、そんな譲歩を引き出せるほどに、コミュニティの雰囲気は悪化している。
コンベンションセンターを選んだのは、過去ここに軍需品が保管されていたことがあるからだ。
安全エリア外で生存の可能性があり、かつそれほど遠くない距離。
そういった基準で考えるとここはかなり有力な候補であった。
ただし、周囲は折り紙つきの危険生物の縄張りに囲まれている。
そのため物資があるとわかっていてもコミュニティでの採集は見送っていたのだが。
「さて、いよいよだね。」
レイコがそういってブレードについた黒い血を拭っている。
ここにたどり着くまでに、すでに2度、プレデターと遭遇している。
いずれも危険度の低い相手であったため、こちらに損害は出ていない。
が、コンベンションセンターの中はどうなっているか想像もつかない。
ユウヤは否応無く緊張が高まるのを感じていた。
「先頭はレイコ、頼む。ユウヤ、アキナ、コウジ、殿が俺だ。油断するなよ。」
ガラスの割れた自動ドアの隙間から、順に中に侵入する。
エントランスに、動くものは無い。
赤黒い染みがついたカーペットを踏みしめ、奥へ進む。
思った以上に薄暗い通路に、ユウヤたちの存在だけが音をもたらす。
ユウヤは壁についた模様をなんとはなく見やった。
それが血の跡だと気付くまでだったが。
通路の所々に、机などの什器を使ったバリケードがある。
辺りには空薬莢と、正体がよく分からない黒い物体。
何かを引きずったような黒い跡が、通路の奥へ続いている。
いずれも埃っぽく乾燥しているものの、良い兆候では無さそうだ。
ユウヤはふと、首筋に寒気を覚えた。
ハッとして振り返る。
何もいない。
見えるのは情けない顔のコウジだけだ。
「おいおい、ビックリさせるなよ…」
「ごめん。」
「コウジ、あんたはビビリすぎなんだ。警戒し過ぎるくらいで良いんだよ」
「だって…」
「まあ、確かに嫌な空気だな。」
ツヨシが言うように、ここの空気は澱んでいる。
生を感じさせない静かさと、死を感じさせる痕跡だけがあった。
「2、3階のホールが物資の集積所になっていたはずだ。何かあるとしたら、そこだろうが...」
思案気に呟くツヨシの耳に、ガタッという物音が届いた。
全員と顔を見合わせる。
「行くしか、ないようだな...」
止まっているエスカレーターを登る。
降り口には打ち壊されたバリケードが散乱していた。
そしてやはり、黒い跡。
跡は、ユウヤたちと同じ場所を目指しているように見える。
ホールの扉は、破壊されている。
外から見える範囲には動くものは何も、いない。
散乱した物資。
そして引きずられた跡が続き、ホールの中心あたりに見慣れないものがあった。
「あれは、なんでしょう?白い...蝋みたいな...?」
アキナが無意識に体を抱きながら言った。
ホール中央には白いオブジェが鎮座していた。
そこかしこから突起物が出ており、氷柱のように白いモノが垂れ固まっている。
黒い跡はそこに続いているようだ。
よく見ると、そこら中から黒い跡がオブジェに伸びている。
黒い海に浮かぶ氷山のようだ。
最大限に警戒しながら、オブジェへと近付く。
背中を濡らす汗が不快だ。
口もカラカラに乾いている。
オブジェを見ているだけで、こちらの身が毒されていくようだ。
黒い海の淵に立つ。
白い悪夢は、物ではなかった。
かつて人だったものが、悪魔の気まぐれで捏ね回され溶け合わされている。
四方より突き出た突起物は、腕だ。
生者を黄泉の国に引き摺りこまんとする亡者達の腕。
大部分の亡者達には、中身が無い。
切り開かれた身体、抉り取られた身体、食い破られた身体。
蝋のようなもので塗り固められた表情は、彼らが経験した地獄を雄弁に物語っている。
匂いはしないのに、ユウヤはそこに凄まじい腐臭を感じた。
いや、死臭か。
込み上がるものをなんとか吞み下す。
口中に広がる酸味がこの上なく不快だった。
何度も何度も唾液を飲み込む。
息がうまく入ってこない。
浅い息を繰り返し、なんとか吐き気を押さえ込んだ。
「こいつは...ひどいな」
さしものツヨシも若干青ざめている。
「プレデターの餌場ってことかい。もう居ないと信じたいけどね...」
レイコが呻いた、その時。
亡者の腕が、動いた。