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4.出会い

プシュッという魅力的な音がした。

「レイコさん、これって...?」

一度見たら忘れられない銀色のラベル。

グレートフォール以降ついぞ見ることのなかった魅惑の液体。

「さっき倉庫で見つけたんだ。飲むだろ?」

「まじっすか!!!飲みます飲みます!!!」

コウジは奪い取るようにビールの缶を掴むと一気に呷った。

見ている側まで喉が渇きそうな音をたてながら、そのまま1缶を飲み干してしまった。

「はぁー!!うんめぇーー!!!」

「あんたねぇ...そんなにたくさんはないんだから少しは味って飲みなよ」

レイコが苦笑いしながら言った。

「いやいや、ビールは喉越しですから!!」

「はいはい。」


コウジは早速もう1本に手を伸ばしている。

ユウヤも1本いただき、皆と乾杯した。

もともと酒は強くないたちだが、久しぶりの、しかも調達帰りのビールはものすごく美味しかった。

喉に感じる刺激を楽しみながら、少しづつ飲んでいく。

顔が暑くなり、思考に薄い幕がかかったような気がした。

「ユウヤくん、もう真っ赤だ」

「ほんとだな。お前、飲めないんなら俺が飲んでやろうか?」

「いやいや、お前は飲みたいだけだろ。大丈夫、顔に出やすいだけだから。」

緊張が一気にほぐれ、ふわっとした空気が漂う。


「そういや、ユウヤとかは前はどんな仕事してたんだ?」

雑談の中で、自然と"前"の話になった。

「俺か?俺はシステムエンジニアだよ。」

「えっ?そうなの?知らなかった」

アキナが目を見開いた。

「いや、といっても会計とかそっちの方のシステムだったんだよ。だからメカの方は全然ダメ」

「ふーん。どの辺で働いてたの?」

「吉田ビルだよ。」

「どの辺?」

「電脳ビルの横。」

「あ、私とすごい近いね」

「そうなの?アキナさんは?」

「...私はその電脳ビルの中でした」

アキナはそういって小さく舌を出した。

電脳は日本最王手のIT企業である。

ソフトウェアからハードウェアまで幅広くカバーし、常に日本の最先端を走っていた会社だ。


「ひえー、電脳か!!どうりで優秀なわけだ!!」

コウジが囃し立てた。

「コウジは?何してた?」

「俺か、俺は...」

()()()()営業でしょ」

レイコがズバリ、言った。

「なっ、なぜそれを...!!??」

「日頃の行い。」

「ひ、ひでえ!()()()()は余計ですよ!!」

仲間達の賑やかな声を聴きながら、ユウヤはふと、ここに来た頃を思い出していた。


2ヶ月前。

最後の食料がなくなり、すでに3日が経過していた。

ユウヤはじっと座り込み、空腹に耐えている。

そこかしこから、食料を巡る諍いが聞こえて来ていた。

生き残ったわずかな人々は、今まで力を合わせて生きて来た。

手に入るだけの食料を持ち寄り、プレデターから逃れて。

しかし空腹は、そんな絆をいともたやすく破壊する。

考えられることはただ一つ。

腹が減った...


さらに2日が経った。

すでに空腹は、耐え難いところまで来ている。

「外に行こう!もう我慢できない!」

そう言って何人かの生存者が、ビルの外に出ようとしていた。

このビルの周囲は、地獄だ。

たまたまこのビルの中にコンビニやレストランが入っていたおかげで、今まで食いつないでこられたのだ。

外に待つのは、死しかない。

それがわかっていてもなお、外に出ずにはいられなかった。


彼らとともに、ユウヤも外に出た。

かつて見慣れたオフィス街は、変わり果てた姿でそこにあった。

日が高いためか、目につく範囲にプレデターはいない。

急いで、駅に向かう。

特に勝算があったわけではない。

ただなんとなく、駅に向かおうとしていた。

そこに行けばこの悪夢から日常に帰れると、心のどこかで期待していたのかもしれない。


大通りまで急いで駆ける。

無人のビル群に、騒がしい足音が吸い込まれていった。

今思い返せば、そのあとに起こったことは必然だったのだろう。

「見ろ!大丈夫だ!今なら...」

ブシュッという音とともに、言いかけた男が黙った。

熱い液体がユウヤの頬を濡らす。

「えっ?」

そこにあった男の顔は、無い。

あるのは血の赤と物体となった体だけであった。


ユウヤの耳に、風を切る音が聞こえた。

振り返ろうとして、幸運にもバランスを崩す。

ユウヤの眼前を、何かが凄まじい速さで通り過ぎた。

それはそのまま前を走る男に迫り、首を跳ね飛ばした。


「ひっ!!??」

ユウヤは無我夢中で走り出した。

飛来物を避けるため、ジグザグに動く。

無様でもなんでも、死に物狂いだった。

共に外に出た生存者達が、正体不明の飛来物に次々と狩られていく。

転がるように角を曲がったユウヤは、そこで立ち止まった。


大通りでは既に、悲鳴と血の匂いに惹きつけられて、プレデターたちが動き出していた。

その光景に、生き延びたわずかな面々は絶望し、膝を折った。

「ははっ...なんだよこれ」

ユウヤは涙が溢れるのを感じた。

こんなところで、こんな無残な死に方をするなんて、誰が想像しただろうか。

今からユウヤ達は怪物達の餌になるのだ。

わけのわからない怒りが沸き起こり、次に圧倒的な虚脱感に襲われ、ユウヤはその目を閉じた。

そんな瞬間であった。

ユウヤの耳に、大らかで優しいメロディが聞こえたのは。


その音色は、静かにユウヤの心に入り込む。

「頑張れ」

と、そう言われているような気がして、ユウヤは再び目を開けた。

しっかりと周囲を見る。

プレデターは動き出してはいるが、まだ鈍い。

先ほどの飛来物は、縄張りがあるのかこちら側には来ていない。

今なら、行ける。


ユウヤは立ち上がった。

「行こう!まだ間に合う!」

そう言って生存者達に声をかけたが、彼らは絶望に囚われたままだ。

逡巡したユウヤの耳に、再びメロディ。

今度は強く、鋭い音色だ。

グッと奥歯を噛み締め、ユウヤは1人走り出した。


ゆっくり動いているカニ型のプレデターを大きく避けながら、ユウヤは駆ける。

こいつらの鋏は想像以上に大きい。

距離を見誤って切り刻まれた者をユウヤは見たことがあった。

息が切れるのも構わず、全力で走った。

後ろから、コンクリートを叩く音が聞こえてくる。

ユウヤの顎があがり、足が空転し始める。

息ができない。

しかしそれでも、ユウヤは走った。


ついに駅の前にある橋が見えて来た。

ラッシュアワー時はサラリーマンで埋め尽くされたその橋は、今は奇妙に静かだ。

右手には、迎撃戦の折に空爆によって作られた、対岸が見えないほど巨大な池が見える。

プレデターの群れを引き連れて、ユウヤは橋を渡り始めた。

だがそこで、極度の空腹に晒された体がついに限界を迎えた。

死力を振り絞り足を動かすが、無情にも体がついて来ない。

あっと思うまもなく、ユウヤの視界が反転する。

激しい衝撃と痛みで、意識が遠のいた。

一瞬後、ユウヤは空を見上げている自分に気づいた。

もはや体は、ピクリとも動かせない。

耳には奴らが近づいてくる不快な音が響いている。



「ねえ、ゆーくん」

あれは何をしていた時だろうか。

「もしこんな風な世界になっちゃったらどうする?」

ああ、あれはそう、妻と海外ドラマを見ていた時だ。

そのドラマでは世界中にゾンビが溢れ、生き残った人々は互いに協力しながら、そして裏切り合いながら戦っていた。

「私ならさっさと死んじゃうかなぁ。こんな辛い世界生きてけないや」

妻はそう言って笑っていた。

あの時俺はなんて答えたっけ…

あたりを埋め尽くす足音や唸り声を聞きながら、ユウヤはそんな場違いなことを考えていた。


「ああ、もうここまでか...」

と呟いて目を閉じる。

限界まで体を酷使したためか、意外と恐怖は無い。

ただ虚しさだけがあった。


プレデターの立てる耳障りな音は、もうすぐ間近だ。


突如、ユウヤの体が大きく跳ねた。

とっさに開けた目に、また青い空が映った。

再び、体が跳ねる。

そして、頭が破裂したかと思うほどの大音量。

見上げる空が、陰る。

半分黒く覆われた空から何かが落ちて来て、ユウヤの真横に突き刺さった。

今思い返すとそれはそいつの脚だったのだが、この時は知る由もない。

宙に浮かぶ赤い球体が、ユウヤを()()

遅れてそれが眼だと気づいた瞬間、ユウヤは声を聞いた。

叫び声が自分の口から出ていることに彼が気づく頃には、現れた巨体はもう、ユウヤに興味を失ったようだった。


小型プレデターの群を、そいつの巨大な鎌がなぎ払った。

風圧だけで、ユウヤの体が転がる。

色とりどりの、気味の悪い色で地面が濡れる。

見やると先ほどの一撃で半分近いプレデターが無数の肉片と化していた。

動く山のような怪物が、残る群に突進し、踏み潰し、切り裂いた。

断末魔がこだまし、吐き気のする匂いが漂ってくる。

カニ型が、そのハサミで丸太より太い脚を挟んだ。

下手をすれば鉄筋をも折り曲げるその力は、しかしさらなる怪物の前では何の役にも立たなかった。

再び放たれた破壊の風が、あらゆるものを吹き飛ばす。

それは戦いではなく、もはや虐殺であった。


眼前で繰り広げられる惨状をユウヤはただ呆然と眺めている。

脳が情報を処理しきれていない。

「おい!お前!今のうちに逃げろ!!」

ユウヤの耳にまたしても幻聴が聞こえた。

こんなところに他に誰がいるというのだろう。

「おい!大丈夫か!??」

「ショック状態だな。コウジ、あんた背負ってやりな」

「ええっ!?俺が!?何で!??」

「じゃああんた、プレデターが出たら私の代わりに...」

「はい!背負います!」


未だ呆然としたユウヤは、呆然としたまま誰かに背負われ、ビルの中へ運ばれた。

そこはこのあたりでは有名だったビルで、コンサートなどが開催されるホールがあるのが特徴だ。

どさりと乱暴に降ろされて、ようやくユウヤの頭に状況が入って来た。

目の前に、精悍な男の顔がある。

「大丈夫か?」

「...はい。ありがとうございます。」

「危ないところだったね。」

鋼鉄の鎧を纏った、端正な女性が話しかけて来た。

外での口調とは打って変わり、優しげな響き。

その横で、大きめのメガネをかけた女性がうんうんと首を振っている。

後ろで大袈裟に疲れた様子なのが、先ほどユウヤを背負ってくれた男性だろう。

それが、ユウヤと3班の面々との出会いだった。


あのトランペットと、フォボスと、彼らが居なければユウヤはもう死んでいたはずだ。

それから2ヶ月。

彼らと共に無我夢中で生きてきた。

ユウヤは未だ思い出せずにいる。妻の問いになんと答えたのか。

あるいはその答えを知るために、自分は生きているのかも知れない。

談笑する仲間たちを見ながらユウヤはそんなことを思った。

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