2.大阪駅
大阪駅。
大阪府の中心地。
有名店や大型百貨店がしのぎを削り、中心都市としての洗練された姿を示す。
その一方で、ありとあらゆる隙間に小型店がひしめき合い、商魂逞しい関西の気質を象徴してもいた。
その雑多な雰囲気と活気が、かつてのこの街を知るものにとってはひどく懐かしく、愛しいものであった。
ユウヤ達は目的地までのおおよそ半分近くを進んで来ていた。
幸い、今のところ危険な兆候は無い。
目の前に、どことなくレトロで優美な曲線をもった建物が見えて来る。
「あっ、ここ…」
「ん?どうした?」
「昔ここで…」
言いかけて、ユウヤは口を噤んだ。
しかし記憶の蓋は開いてしまったようだ。
ふと、かつての喧騒が耳に聞こえるような気がした。
「お客様、何をお探しでしょうか?」
はっと顔を上げた先に、にこやかに微笑む女性がいる。
「えっと…その…婚約指輪を…」
ユウヤは顔が熱くなるのを感じながら、もごもごと答えた。
「素敵ですね!!どういったデザインがよろしいでしょう?」
女性店員は嬉しそうに身を乗り出し、あれやこれやと提案してくる。
「これなんか、可愛いけど豪華って感じでオススメですよ!!」
そう言って勧められたその指輪を、ユウヤは散々悩んだ末に購入した。
「頑張ってくださいね!!」
やたらと親身になってきた彼女にガッツポーズで見送られながら、その指輪を大切に鞄の底に仕舞い込んだ。
ふと外の空気が吸いたくなり、エスカレーターで地上に上がる。
百貨店を見上げながら、人生で最も大切な瞬間のことに思いを馳せた。
「おい、どうした?」
我に帰った今、聞こえるのは仲間の声だけだ。
雑踏も、女性店員も、指輪も消えてしまった。
とん、と背中に手が当てられた。
「ユウヤくん、思い出しちゃった?」
アキナが優しく声を掛けてくれる。
ユウヤは慌てて目を拭い、頭を振る。
今はダメだ。
自分だけでなく仲間まで危険に晒してしまう。
「…大丈夫です。行きましょう」
振り返り、さらなる危険地帯へと足を向けた。
プレデターは基本的には夜行性だ。
そのためコミュニティの活動は必ず日中に行われる。
しかし、建物内や地下など日の届かない場所は、日中であろうとも危険度は大幅に増す。
ユウヤ達は今、大阪駅を通り抜ける高架の入口にいた。
巨大な大阪駅を通過するため、もはやトンネルのような様相である。
各所の危険地帯を避けた上の最短ルートで、ここが最も危険なエリアであった。
「行くぞ」
ツヨシが短く言い、トンネル内へ踏み込んだ。
冷たく湿った空気がユウヤの身体を包み込んだ。
目を慣らすためにしばし立ち止まり、暗視ゴーグルを着用する。
いやに心臓の音が聞こえるのは気のせいではないだろう。
前に立ったツヨシとレイコが少しずつ奥へ進む。
ガチャガチャと鳴るアーマーの音が、ひどく恐ろしいもののように感じた。
1分ほど奥へ進んだ時、アキナが鋭く告げた。
「動体を検知!」
5人がいっせいに銃を構える。
カッカッカッと、何かがコンクリートを叩く音がする。
そして、唸り声。
数匹のプレデターが、迫ってきている。
「サプレッサーは付いてるな?」
冷静なツヨシの声がした。
「当然」
レイコが答えた。
ユウヤも心の中で頷く。
奴らの足音が大きく迫る。
強烈な悪臭が鼻をついた。
闇の中を異形が駆けてくる。
大きさは、大型犬といったところ。
四足歩行でかけてくる様も犬を想像させる。
しかし大きく異なる点があった。
奴らに体毛は無い。
かわりに骨のような外骨格が全身を覆い、不気味な黒い管がそれをさらに包み込んでいる。
最も薄気味悪いのは、その頭部だ。
そこだけは白い骨格が剥き出しになっており、さながら髑髏だけが宙に浮いているように見えた。
「スカルが…6!!」
アキナが告げる。
彼女は元々エンジニアであり、この中で唯一索敵装備を身につけていた。
ユウヤは先頭のスカルの、髑髏に狙いを定める。
「まだだぞ…まだ」
ツヨシが慎重に距離を測っている。
「今!!」
反射的にユウヤは引き金を引いた。
全身に力を込め、反動に耐える。
殺到した弾丸が外骨格を砕き、先頭のスカルが生き絶えた。
続け様に残りの個体が殺到してくる。
フルオートの弾丸がばら撒かれ、異形の白波を押し返した。
どす黒い血を撒き散らし、スカル達が地面を転がる。
「2匹抜かれたぞ!レイコ!」
「はいよ!」
レイコが1人、前に出る。
彼女の全身を覆うバトルアーマーが駆動音を立てて稼働した。
3班の中で、ツヨシとレイコの2人は元軍人であった。
そのため他のメンバーよりも強力な装備を身につけている。
レイコは背部装甲に格納されていた長剣を抜き放った。
無論、それはただの剣ではない。
ヴィブロブレード、超振動によりあらゆるものを切断できるという強力な近接兵器である。
大量に電力を消費するため、バトルアーマーから直接電力を供給する必要があるのが難点だ。
レイコはヴィブロブレードを右手に持って半身に構える。
蜂が飛んでいるような音と共に刀身が薄っすらと発光した。
スカルが猛スピードでレイコに迫り、跳躍した。
流星のように、白い髑髏が宙を駆ける。
レイコはブレードを一閃した。
流星が流星を迎え撃ち、黒い雨に濡れる。
半身に構え直したレイコを見て、最後の1匹は飛びかかるのを躊躇した。
そこに、ユウヤ達が雨あられと弾丸を浴びせる。
断末魔の声と共に、スカルは死んだ。
「索敵」
「動体確認……敵影ありません」
しばし、闇の中にユウヤ達の息遣いだけが響いた。
「よし…進もう。」
ユウヤはホッと息をつく。
ここを抜ければ、目的地はすぐそこだ。