1.プロローグ
初めて掲載します。
色々と至らない点があると思いますが、読んでいただいた方に楽しんでいただけるよう頑張ります。
豆腐メンタルなので、ご指摘はお手柔らかにお願いしますm(_ _)m
湿った空気を、明朗たるメロディが包んだ。
ユウヤは我知らず身を乗り出し、音に聞き入る。
暗い水面を照らすような、明るく力強い響きを一心に感じながら、目を閉じる。
トランペットによる独奏は徐々に盛り上がっていく。
胸に温かい光が宿り、目頭が熱くなってきた。
そして最高潮を迎え、メロディは終わった。
ほっと息を吐き、脱力する。
「今日もよかったな」
突然声をかけられて、不覚にもひゃっと声を出してしまった。
「はっはっはっ!悪い悪い!」
コウジが屈託なく笑った。
「びっくりさせんなよ」
とユウヤが返す。
「今日はいつもより明るい曲だったな」
2人、暗く沈んだ水面を眺めながら今日の演奏について話す。
この瞬間だけ、ユウヤは日々の鬱屈を忘れることができる。
といっても、本心は話さない。
堪え切れなくなるから。
それはこのコミュニティの、暗黙のルールでもあった。
「じゃあ、また明日。見張りよろしくな。」
しばらく他愛のない話をし、ユウヤはコウジを残して寝床へ向かった。
明日はまた、戦わねばならない。
翌朝。
今日はユウヤたち三班が調達係の日である。
班長のツヨシが装備の最終点検をよびかけた。
ユウヤはコウジとペアで各部のプレート、携帯食、武器弾薬と、一連のチェックを行う。
このチェックはユウヤにとって気持ちを戦場に向けるための儀式でもある。
素早く、的確に。
ルーティンをこなす事により「緊張」が腹の底に落ちて行く。
チェックを終えて、コウジと拳を合わせた。
「っし、行きますか」
そう言ってユウヤ達はコミュニティを出た。
ここ、大阪はかつてこの国有数の都市であった。
経済の中心こそ東京に明け渡したものの、商人の街としてその存在感は薄れることは無く、異彩を放つ多くの著名人を輩出していた。
その中心地に向けて、ユウヤ達は慎重に進んで行く。
動くものは、無い。
乗り捨てられた大量の車、立ち並ぶビルがかつての繁栄を虚しく訴えている。
目的地である倉庫は、急げばコミュニティから30分もかからない場所にある。
しかし"グレートフォール"以降、そんなバカな真似をする者はいなかった。
3班の面々は隊列を組み、安全を確認しながら少しずつ進んだ。
左手には大阪湾に流れ込む大きな川がある。
この川の先には希望と、絶望が潜んでいる。
ユウヤは無意識に、下流を眺めた。
視線の先には、かつては存在しなかったものがある。
「フォボスは、見えるか?」
ツヨシが小声で聞いてくる。
"堂島湖"と呼ばれているその湖面に、動く影は見えない。
「いえ、今のところは…」
声の大きさは必要最小限に。
グレートフォール後の世界で自然と身についた癖である。
「…そうか。よかった」
ツヨシは少しホッとした様子を見せた。
「まあ、できれば会いたくは無いわよね」
後ろにいたレイコも安堵の声を上げた。
「そうっすか?俺は好きですけどね、カッコよくて」
コウジが軽口を叩く。
レイコは呆れ、その横にいるアキナに至ってはドン引きした顔でコウジを見ていた。
ユウヤにはコウジの言うことも少しは理解できた。
初めてコミュニティを訪れた日、見上げたその威容は、死の恐怖と同じ位に畏怖の感情をユウヤに植え付けたのだった。
「集中しろよ。ここからが本番だぞ」
ツヨシが注意する。
ユウヤ達は今、大きな橋のたもとにいる。
橋を渡ったその先は、まさに大阪の中心地である。
そこに潜む危険を想像し、ユウヤはブルリと身を震わせた。
この時間、プレデターの活動は鈍い。
しかしそれでも、かつて大阪駅周辺で起こった出来事を思い出すと、とても安心は出来なかった。
しばし佇んだ後、意を決してユウヤ達は一歩を踏み出した。