第五十八話 エマと菜奈! 桜の思い!
二話に分割するか迷いましたがそのまま投稿します。
あと今話も会話過多です。
*2023/10/26 小規模修正を行いました
「それじゃ今度こそ……私の艦に」
数時間ぶりの菜奈艦ドック。横並びで艦を見上げる。
直径百五十mの巨大な球体。知らぬものが見たら艦とは気付けないだろう。
「ところでどうやってこの子達を元に戻すのですか?」
見上げながら至極当然な質問をしてきた。
「……話し合い、かな?」
同じく見上げながら答える。
「話し合い……で解決?」
菜奈も艦を見ながら聞いてくる。
「エマさんなら問題ありません!」
握りこぶしを作ったシャーリーも艦を見上げながら断言する。
「……そうなの……」
ソニアは……まだ眠たそう。
「えーと……エマ、どうするの?」
「何が?」
「みんなで行く? それとも……一人で行く?」
どうせいつかは知れ渡る。それが今だとしてもこのメンバーなら問題ないだろう。
「……みんなで行こう!」
「分かった……先行する」
と言って菜奈が無重力空間へ飛び出すと後に菜緒が続く。
続いて私も飛ぶとシャーリーとソニアも飛び出し、左右から私に寄り添う形で着いてきた。
追いついたシャーリーが私の手を握ってきたので見ると無言で頷いてくる。
そういえばドリーで分身体が倒れている場所も分からず必死に探し回って駆け付け、起こしてくれたのはシャーリーだった。
あの時の必死な声と表情は今でもしっかりと覚えている。
シャーリーも今から何が起こるか分からないので不安だろうに、逆に私を気遣ってくれている。
感謝の意味を込めて握られた手を強く握り返す。すると隣のソニアも手を握ってきた。
こちらはシャーリーを見て自分も、と握ってきたみたい。
勿論ソニアにも笑顔で答えた。
とここで前方から妙な気配がしたので振り向くと、先頭を飛んでいた筈の菜奈が身体をこちらに向けた状態で静止し待ち構えていた。
そして私とぶつかる寸前に私の首に手を回して抱き着いてくる。
先頭となった菜緒もその場で静止し「どうしたの?」といった表情で菜奈を見ている。
「な、菜奈、どしたの? 」
「私も……元気出して」
「え? え?」
菜奈の突然の言動が理解できずに困惑してしまう。
すると目の前にあった「お口」が私のお口に「ちゅっ」と軽いキスをしてきた。
「「「!」」」
周りの三人が驚き固まる。勿論私も。
「ふ? ふぇ~? どどどしたの? 菜奈?」
色気は無いが誰から見ても美人と言える綺麗に整った顔立ち。そんな美人さんに迫られたら同性とは言え冷静ではいられない。
しかも両手はシャーリーとソニアに拘束されており抵抗出来ない状態。
「え? えーーーー⁈」
我に返った菜緒も劇画調タッチで驚いている。
「不安な時は……こうすると良いのかなって」
未だに顔と顔の距離は約十cm。
だからか何となく不安そうな雰囲気? が伝わってくる。
「わ、私が不安? でも何で⁇」
「エマも……していたから」
「へ? い、いつ?」
「クレアって……人と」
「……………………あ! 保養地の温泉?」
「そうなの? ……場所は知らない」
「ってなんで知ってるの?」
「アルテミス?……ちゃんが教えてくれた」
まさか?
(あ、アル!)
(私は何も?)
(ならどうして知ってるの? アルが教えたんでしょ?)
(…………あっ!)
(あ?)
(あーーーー)
(なんじゃい! ハッキリ言わんかい!)
(なんてこった! 知らぬ間に複数の情報抜き取られちった……えへ♡)
(えへ♡ ……じゃなーーい‼︎ いったい誰に⁇)
(ん~と~……お、アクセスログ発見! 足跡も綺麗に残してたぞ~! あっ、置き手紙も発見! 読んでいい?)
(…………)
(『菜奈をよろしく~なのじゃ♪』だって)
(…………)
天探女主任経由ってこと? いやそれよりアルテミスはあの光景を記録してやがったと。
アルテミスとの会話に集中し現実離れしてたせいか、視界が黒暗くなっているのと声にならない声? にやっと気付く。さらに口から暖かい、そして形容しがたい心地よい感触も伝わってきた。
ん~~? この感じ最近何処かで……………………って菜奈、君はなにしてるの⁇
焦点が戻ると菜奈が目を閉じ愛おしそうに私にキスをしていた。
しかもあの時と同じ様に濃厚な……そうあの時のラーナのように‼︎
しかもこっちの方が何倍も上手い! ……色んな意味で。
癒しお姉さん系の垂れ目のクレアとはまた違う、凛々しいお姉さん系の上気させた顔が目の前で私にキスをしていたのだ。
口の中を縦横無尽に蹂躙される……ダメだ……力が……抜ける……こりゃいかん……たい……心地よくて……意識までもが……
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ
「ぷ、ぷはぁぁーーーー」
意識を持っていかれる寸前に奈菜の動きが数秒止まる。そしていきなり顔を離すと思いきや思い切り噴出し悶えだした。
奈菜の後には菜緒が私から奈菜を引っ張っていた。どうやら菜緒が機転を利かして脇の下への「くすぐり攻撃」をしてくれたようだ。
「やっと離れた‼︎ エマさん申し訳ありません‼︎」
そう言いながら菜奈共々数メートル離れる。
引き剥がされた菜奈は……とても切なそうな顔をして両手を私の方に伸ばして藻掻いていた。
「菜奈一体どうしたの⁇」
「えーーと」
素早く正面に回り込んだ菜緒は妹を問い詰める。対する菜奈は藻掻きながらも「何が?」といった不思議そうな表情で姉に口を開きかける。
「菜緒、大丈夫。理由は聞かなくても分かるから」
「え?」
何かを言おうとしたタイミングに今度は私が会話に割り込む。
私の両脇でやり取りを眺めていた二人にアイコンタクトで握っている手を離すように促す。
身体が自由になると姉妹の間に割って入り、奈菜の両腕を掴むと体をこちらへと向けさせた。
「菜奈ごめん、あなたのことやっと分かった」
「…………」
急に大人しくなる奈菜。それは菜緒も同じであった。
「今度『嬉しいことや悲しいこと』があったら、先ずは『言葉』で伝えて。それで充分伝わるから、ね?」
「それでいいの? ……大丈夫?」
諭すように言う。すると奈菜が小声で聞き返してくる。
「大丈夫! 私はあなたを拒絶しないから! 絶対にね!」
ここは勿論笑顔で断言する。
「うん……分かった」
「それと周りは気にしない。貴方は貴方。ありのままの貴方を私は受け入れるから」
「うん……ありがとう……エマ……ちゃん」
初めて見る笑顔。とても可愛いらしい。思わず抱きしめたくなり手を伸ばそうと……
「ええエマちゃん⁇」
菜緒が奈菜を見て私の名前を叫んでいる。エマはそっちじゃなくてコッチ。
「うふふ、いい子ね。菜奈」
何故かパニクっている姉はほっといて感情の赴くまま菜奈の頭を優しく抱きしめる。すると奈菜も私の身体に手を回してきた。
菜緒、シャーリー、ソニアの三人は私たちのやり取りを口を開けて眺めていた。
私には分かった。
菜奈はね、大きな子供なんだ。
何があったのかは知らないが、幼い頃から他人との関わりが少なかったんだろう。
そのせいでどう触れ合ったら良いのか分からないし、うまく表現できないんだ、だと思う。
……もしかして主任の影響? いや主任と会う前って言ってたっけ。疑って御免なさい。
ただこの二人に出会えたお陰で、何となくエリーの私に対する気持ちが分かった気がする。そして奈菜に対する菜緒の気持ちも。
「エマさん、本当に申し訳ありません!」
必死に頭を下げる菜緒。
「ううん大丈夫。菜奈も可愛いとこあるじゃない!」
菜奈の頭を優しい菜緒の代わりにゆっくり、そして優しく撫でてあげる。
「え? あ、はい。それは勿論」
はいはい菜緒はシスコンね。でもね、今だけは(奈菜は)私のモノ。だから返してあげないよーーだ。
「……でも一体どうしたのかしら」
「んーーこの件はまた改めて話しましょう」
「は、はい。分かりました」
できれば奈菜の前であまり突っ込んだ話しはしたくない。
「さ、菜奈。穴を開けてくれる?」
「うん分かった」
手を緩め、胸元の菜奈の顔を覗き込む。すると眠たそうな目つきは変わらないが、今は「真っ直ぐ」に私を見据えて返事をしている。
ここまで信頼関係が出来上がればもう大丈夫、と菜奈から手を離す。すると艦の方に向き直り外装に穴を開けてくれた。
そこに菜奈・菜緒と順番に入りその後を私達達が続く。
当然だが穴から先も形状が同じで、菜緒の小さなお尻の数十m先にはコックピットの明かりが見えた。
だがその先には思いもよらぬ物が待ち受けていた。
それは球体内に「浮かんで」いた。
あったのは4.5畳の「畳」とその上には「炬燵」があったのだ。
「えーと、ここはコックピットでいいんだよね?」
もしかしたら「寛ぎ空間」かもしれないと思い聞いてみた。
「そう……遠慮なくどうぞ」
艦の主は靴を脱いで炬燵に入る。脱いだ靴は畳の脇で揃って「浮いて」いた。
菜緒も靴を脱ぎ炬燵に入る。その動作に違和感がなかったのでコックピットなのだろう。
これってノア姉妹の漫画家机以上のインパクトがあるよね!
でも寝転びながらの跳躍……ちょっといいかも♡
それよりも「コレ」が許されているって方がチー意外だった。制服着用と聞いた時には「お堅い雰囲気」だと思ってたのでギャップが大きい。
あの主任はその辺りは気にしないのかね? サラだったら速攻切れてるね。
「は、はい。では遠慮なく……お邪魔します」
私も靴を脱いで畳に上がり炬燵に入る。
続いてシャーリーとソニアも畳に上がり込み並んで炬燵に入った。
因みに炬燵は五角形。
ふつうは四角形だと思うが人数に合わせてくれたのかも。
全員が入ると人数分のお茶と茶菓子と蜜柑が壁面モニターから出てきて炬燵の上に音もなく置かれる。
遠慮なくといわれているので全員揃ってお茶を一口だけ飲んだ。
「さて、まったりしたところで始めますかね!」
四人がこちらを見る。結構真剣な目つきで。ちょっと照れるぜ。
「とその前にシャーリー、一応念の為に言っておくね。(私に)何か起きたらサラを呼んでくれる?」
「はい後はお任せを! ただ決して無理はしないで下さい!」
「大丈夫。ここは「遺跡」ではないし「あの子」自身はここにはいないと思うから」
「何で分かるんですか?」
「何んでだろね? 自分でも分からないけどこの前みたいなことにはならないと思う」
言葉通り根拠はない。ないが奈菜艦に入ってから全くと言って良い程不安は感じていない。
ただそれを説明しても理解してもらえるとは思えない。だから理由は言わない。
そしてあの時、ドリーにはいなかったソニアと菜緒は話の内容に付いていけず、黙したままこちらを見ていた。
「分かりました! エマさんを信じます」
「ありがと。それと奈菜。この子? に名前はある?」
菜奈に向き直り尋ねた。
「特に……ない」
「分かった。多分……」
そう言えば菜緒は何故艦を「この子」と呼ぶのだろう? と思いつつも目を瞑り意識を集中する。そして心の中で問いかけた。
《桜……さん》 ──でいいよね?
《…………》
《聞こえる?》 ──そこにいるのはあなたでしょ?
《…………》
奇妙な言い方に聞こえるかもしれないが『誰かがいる気配』はする。だが残念ながら呼びかけには応じてくれない。
《もしかして……妹さんの方?》
誰かが「そこ」にいるのは感じる。
(アル、ここにいるのは間違いないよね?)
(…………はい)
(そう……)
(エマ、貴方の声は間違いなく届いています。ただ今は……)
(今は? それよりどしたのその口調?)
(まだ力不足……)
無視かいな。
(どーゆーこと?)
(……エマさん、あなたは「あの方の思い」をまだ理解していないの)
ん? 口調もそうだがアルテミスに違和感を感じる。
(……思い?)
(あなたは本来の道筋を通って「覚醒」すべきところをいきなり「覚醒」させられてしまいました。確かに「あの方達」の思惑はサラさんを含む大多数の意志を上回る「力ある立場」なのは確かです。それにより貴方達は逆らえない流れにのってしまったのは「運命」なのかも知れません。ですがそれでも「桜」の思いは「あの方達」とは違います)
(…………)
(エマさん。サラさんは私の役目は何だと言っていましたか?)
(……私を「あの方」のところへ導く)
(はい。それは今でも変わりありませんし、未だに達成されてはいません。貴方はドリーで「桜」に会いましたね?)
(うん)
(本来なら貴方の準備がすべて整ってから会う筈でした)
(え?)
(そのことは「桜」も承知している筈です。絶望的なほどのリスクを犯してまで、桜があの場に現れたのは「妹」のため、さらに貴方達姉妹を救うため)
(絶望的? リスク? どういうこと?)
(エマさん、貴方は「桜」から何を預かったのですか?)
(…………)
(あれはとても大切なものです。そして私との約束は覚えていますか?)
(…………)
(「融合」を果たした私からのお願いです……「桜」の思いに触れ、そして応えてあげて下さい。少しずつでも構いません。それが貴方達姉妹が助かる唯一の道でもあるのだから)
(…………)
(それとここの探索艦ですが「ある思い」によって行動を制限されています)
ん? 違和感が消えた? 元、というより会話を始めた時点に戻った?
(どーゆーこと? ウイルスの類い?)
(いえ違います。探索艦AIにもちゃんと意志が存在しています)
(い、意志? 人格の様なもの?)
(はい、その通りです。今動けずにいるのは、その意志が外部からの影響で阻害させられているからです)
(ど、どうすればいいの?)
(エマさん、初めて探索艦に乗った時のことを覚えていますか? あの時、貴方と私はお互いに契約を交わした筈ですよ? その時交わした約束をもう一度思い出して下さい。そうすれば開放される筈です)
(…………)
(今からではあまり猶予がありません。天探女さんなら本来貴方が歩むべき道を示せるかもしれません)
(え?)
(「彼女達」を助けてあげて下さい。よろしくお願いします。エマさん……)
(あ、アル? ちょ、もう少し……)
(…………はいよ、エマ。呼んだ~?)
普段のアルテミスに戻ってしまう。
とこのタイミングで目が覚めた。
目を開けると炬燵の天板が目の前。どうやら炬燵にもたれ掛かっていつの間にか気を失っていたようだ。
顔を上げるとシャーリー・菜奈・菜緒は起きており心配そうに私を見ている。
ソニアは……横になり寝ていた。
時間はと……既に十八時を過ぎている。
寝起き特有の頭がボーとする感覚もない。むしろスッキリしている。
だから言える。
さっきのは夢ではないと。
「どう……だった?」
「ん? んーダメみたい。今は」
「そうですか……」
「今は? という事は?」
「うん、これから天探女主任に会ってくる」
「これから、ですか?」
「うん。早い方がいいでしょ?」
「……いえ、先に夕食にしましょう」
「そう? いいの?」
「はい。エマさんばかりに押しつけて申し訳ありません」
「別に謝ることじゃない」
「いえ、うちの子達がご迷惑をお掛けしてしまって」
「いいってことよ。私もやらなきゃいけないことが何となくだけど分かったから」
「やらなければいけないこと?」
「そう! 私は「遺跡周り」をしなきゃダメなんだ!」
炬燵から立ち上がる。
「遺跡周りですか?」
「うん! いつまでも逃げ回ってたら解決しないしね!」
何だか吹っ切れた。
早速サラに報告をする。
「サラ? 話し合いは終わった?」
皆にも分かる様に音声のみの通常通話。
『ああ、とっくに終わっている。そっちはどうだ?話せたか?』
「ダメだった。ただアル? が天探女主任と話しをしろって」
『…………少し待っていろ』
と言い残し一方的に通話を切られた。
突然切られたので軽く呆気に取られる。
菜緒とシャーリーにも意外だったのか目をパチクリさせていた。
菜奈ちゃんは相変わらず。
ソニアは覚醒しているがまだ眠たそう、ってゆーかシャーリーもそうだけど、昼間からよく寝れるな~。
とここだサラからリターンが。
『エマ、天探女に話しを通しておいた。あいつは自室にいる。お前一人で行くんだ』
「ふぇ〜⁈ いいの? 大丈夫なの? 私一人で?」
『すまん』
「何が? まあいい、分かった」
『少し時間が掛かるかもしれないから、シャーリーとソニアは一時解散。エマが終わるまで自由行動とする』
「了解です!」「了解なの」
『それと菜緒、少し付き合ってくれ』
「は、はい。分かりました」
『私は……エマちゃんに……ついて行く』
全員が菜奈を見る。
「うん分かった。とりあえず一緒に行こ!」
「それなら私達も!」「なの!」
「二人とも、寝汗かいてるでしょ? 今のうちにお風呂入っといで」
「「ブーーーー」」
ブーたれてしまった。
「私、汗くさい女の子は嫌だな~~♩」
「「行ってきます‼︎」」
二人は光の速さで去ってゆく。
「エマさん流石ですね。では私も行きます。くれぐれもお気をつけて」
後輩への対応に感心すると菜緒も出て行った。
「さ、私達も行こ! 菜奈、案内してくれる?」
「分かった」
「ここが……主任の部屋」
転送装置にてやってきたのは居住区エリアにある天探女主任の部屋のそば。
ここもBエリアと造りは一緒。職員・探索者、来賓の区別は扉の色で分けており転送装置の場所まで同じであった。
ただし主任の部屋は通路最奥で作りが微妙に異なる。
飾りもネームプレートもない、一見すると居住区ではなく、何処かの倉庫の雰囲気が漂う扉。
その扉の前に二人で立つ。
「エマです。入ります」
「おお、待っていたのじゃ! 早よ入るのじゃ~」
中から天探女の声が。許可が下りたので早速扉を開く。
部屋は貴賓室と同じで白一色で結構な広さ。そして置かれてある家具は一人掛けの椅子がテーブルを挟んで二脚とクイーンサイズのベットが一台のみ。その椅子に主任が腰かけていた。
主任の部屋? とは思えない程の質素な部屋だったので確認の意味を込めて奈菜を見るが表情に変わりは見られなかった。なので警戒せずに中へと歩みを進める。
「失礼しまーす」
と二人で並んで扉を通り抜けた……ところで、
「……あ!」
菜奈は思わず声を上げ焦りだす。
「……あ、あれ?」
エマも思わず声を上げ困惑しだす。
「ささ、そこに座ると良いのじゃ~♪」
椅子から立り上がると私に向いの席へ座るように手招きをしてきた。
ただそうしたいのは山々ながら、今はそれどころではない。隣にいた筈の菜奈が忽然と消え失せたのだ。
「菜奈なら気にすることはないのじゃ~。ほれ~先ずはここに座ってお茶でも飲んで一息つくのじゃ~」
と誘ってくる。見れば小さな丸テーブルの上には「ティーセット」が。
訳も分からず、だが魅かれるように椅子に座る。
「そちは紅茶好きだからの~これを飲むがいいぞよ♪」
注いでくれた液体は綺麗でに透き通った赤。そしてこの独特な香り、さらに輝き、もしかして……
「ウバだ‼︎」
「正解なのじゃ!」
ウバ茶に目が釘付けとなる。
「好きなだけ飲むが良い。時間は腐るほどあるからの〜」
先ずは何も加えずに一口飲む。
はーー美味かーーーー幸せ!
先程飲んだ紅茶とは雲泥の差。逆にあの紅茶を飲んだからこそこのお茶の味が際立って感じられる。
さらにもう一口飲む。顔の筋肉が緩みまくっているのが自分でもよく分かる。
「おお! 良い表情になってきたの~。気分はどうじゃ?」
「え、気分って…………あ、あれ?」
視界がどんどんボヤけてくる。
さらにティーカップを持つ手の力が抜けてゆく。
ガチャン!
カップが手から落ちて紅茶が溢れてしまう。
「心配せんでも良い。後で好きなだけ飲めるからの〜」
テーブルに頬杖をつき優しい笑みを向けてくる。
「い、いったい……どうしたの……」
テーブルに崩れて落ち気を失ってしまった。
「さてさてと。始めるとするかの~」
徐に立ち上がるとテーブルで気を失っているエマへと近づいていった……
『菜緒……騙された……エマちゃんと逸れた』
菜奈から緊急通話。
「あ、貴方が? どこで?」
『主任の部屋』
「え? え?」
言っている意味が理解出来ない。さらに菜奈が……騙された?
「どうした?」
「あ、サラ主任! 菜奈が……じゃなくてエマさんが……」
「エマなら心配いらない。暫く放置でいい」
「え? 良いのですか?」
「ああ。今は「お仕置き部屋」だったか? そこにいる」
「え⁈ あそこに⁈ 何故?」
「そのうち教える。それよりも今後の打ち合わせをしておきたい」
「は、はい」
「明日以降、輸送艦が大量に物資を運んでくる。天探女では当てに出来ないから、概要だけでもお前に説明しておく」
「先日の件ですね? では機密に関する? それなら二人だけで話せる場所に移動しますか?」
「そうだな……そうしよう」
「それでしたら今、司令室は空なのでそこで」
「ああ。ついでに基地の状況も確認しておきたい。早速行くぞ」
「了解です」
菜緒が頷く。
そして二人が転送装置へと歩き始めた時、突然基地内に<警報>が鳴り響いた。
「エマちゃんは……あそこ」
会話を聞いていた菜奈は一人お仕置き部屋へと向かう。
お仕置き部屋だが「使用中」は外への出入用扉は特殊な隔壁により隠されて物理的に使えなくなる。
もう一つの出入方法である転送装置も隔壁が閉じられた後では使用不可となる。
さらに説明があった通り「設定時間」が過ぎないと扉は開かないし転送装置も使えない(物品専用の転送装置は使える)。
また前後上下左右の壁は各種電磁波は元より、探索者の繋がりさえも完全に遮断してしまう特殊な素材を用いている。
ここまで「隔離」してしまうと中で不測の事態が起きた場合に「即応は無理なのでは?」との懸念もあったが、利用者は一人だけだし、その者は探索者とは違って生体強化を受けているし、換気は行われているし、飲食もできるし、トイレも設置してある。なのでその懸念は敢えて無視された。
隔壁の前に到着。隔壁脇のモニターで使用状況を確認すると確かに二人は中にいた。
開閉までの時間は……十二時間。
モニターから目を離し閉じている隔壁を見つめる。
そしてその場に座り込んだ。
お尻が床に着いた丁度その時、基地内に〈警報〉が鳴り響く。
急いで立ち上がり周りを見渡すが誰もいない。
隔壁を見るが変化はなかった。
警報が鳴り響く中、暫く隔壁を見つめたあとに隔壁に寄り掛かりながらその場に座り込んだ……
天探女に会いに行ったエマと菜奈。部屋に入った二人の目には違ったモノが映っていました。
次回は明日12/31に投稿します。多分午後になるかと。




