隠し事?
だいぶ復調〜五割くらい?
でも仕事量も半端なく増えた……
「図星〜♪」
「何だと⁉」
追い打ちを掛けてくる声。
レイアが振り返る。するとルイスは正面から冷めた眼差しでレイアを見下ろしていた。
見上げる形となるレイア。
普段なら、相手の性別に関係なくこのような小馬鹿にしていると取れる態度をされたら、嬉々揚々と思わず口元が揺るみまくってしまう状況なのだが、最悪のタイミングでの登場だったこともあり、
その様子を見ると我慢の限界に達したのかついにブチ切れてしまい、ルイスの顔面目掛けて右ストレートをお見舞いしようと最小限のモーションを起こす。
パシッ!
が、まるで予測していたのかルイスは素早く手を伸ばし、レイアの右肩をガッチリと掴んでしまう。
「チッ」
ルイスを甘く見ていた自分を戒める為にワザと舌打ちをする。
この状態では体格差から、いくら手を伸ばしてもルイスには届かない。しかも掴まれている為にある程度の行動が制限されてしまった。
だが骨の髄まで叩き込まれた格闘技術、そして天性のセンスがあるお掛けで、その程度抵抗ではレイアを止められない。
伸ばしている腕の下に無理やり自分の体を潜り込ませ勢いを使って強引に引き離す、と同時に伸ばしていた腕を抱え込み、抵抗を最小限に抑える為に肘関節を攻めながら背負い投げの要領で投げ飛ばそうとする。
対しルイスは関節を守る為に、体を少しだけレイアの横方向へ退ける。さらに抱え込まれている手と空いている手を使いレイアの身体に抱きつき道連れとし盛大に一回転、吹っ飛んで行く。
その先には大きな浴槽が待ち構えていた。
「「キャーーーーーーーーーーーー!」」
そのまま入水、水飛沫を盛大に撒き散らす。
エリーとラーナはギリギリ巻き添えにはならずに済むと、急いで浴槽から気を失っている二人をそれぞれ抱えて脱出、 一先ずエマとクレアをメイドさんに任せ、自分達は素早く宇宙服を着てゆく。
「ちっ! 放せやコラ!」
その間も湯舟のなかでバシャバシャと暴れていたが、着終える頃には大人しくなっていた。
そのままそーと近付いて沈んでいる二人を覗き込むと……
バシャ―!
と両腕で、レイアの両腕を大きな山脈がある位置で背後からホールドしたままノッソリとルイスが立ち上がる。
見れば大柄なルイスに抱えられ、小柄なレイアは足が届いていない状態。
これでは拘束から抜け出せそうにないのは誰の目にも明らか。
だが……それでもレイアは諦めない。
「オラ放せや!」
前へと頭を振ってから勢いよく後へとルイスの顔面目掛けて振る、が首を横に傾けて難なく躱されてしまう。
「チッ!」
次はルイスの脛に向け、ぶら下がっている両足の踵を大きく振り上げる。
だが意図を察したルイスはそれを防ごうと、抱えたまま膝を折り中腰の体勢で回避しようと重心を下げる。
するとすぐさまレイアは足を戻し底に両足を付け、そのまま膝を曲げる。そこに力を込めるとしゃがみ込もうとするルイスの下向きの力とは逆の向き、つまり上へとめい一杯床を蹴った。
掴むところが無い、更に摩擦抵抗も少ないボディースーツ型の宇宙服。
唯一の凹凸である立派な山脈も邪魔をせず、功を奏しルイスの腕が胸元の位置からずり落ち、何とか抜け出すと、ルイスに向き直りながら一歩分だけ距離を取った。
今度は妨害出来ない体勢にいる内に動く。
のっそりと起き上がろうとしているルイスの上半身目掛けてジャンプ、己の両足で挟み込むとそのまま思いっきり体を捻り、強引に横転させ湯舟へと沈める。
そこから一旦離れて仕切り直すつもりで両足の拘束を解くつもりだったのだが一歩及ばず道連れとなり一緒に水没してしまう。
だが幸いにもルイスの反撃はなかったので直ぐに起き上がり再び距離を取るレイア。
濡れたにもかかわらず一切崩れた様子の無いボンバーのルイスが僅かに遅れて起き上がる。
そこに待ち構えていたレイアの鋭いローキックが顔面目掛けて飛んで行く。
「な⁈」
鋭いケリを掌で受け止める。しかも片手でガッチリと。
「い、イテーー!」
突然レイアが痛がり出す。宇宙服の防御機能が作動するギリギリ、かなりの握力で足を握られているらしく、何とか逃れようと抵抗している。
「くっ、舐めたマネ……しやがって!」
残った片足で床を蹴りその勢いを利用し、今度はつま先を頭に目掛けて足を振り抜く……がルイスは今度も残っていた片手で難なく受け止めてしまう。
支える足が無くなり上半身が引力に引かれ、再度盛大に湯舟の中へ。
ぶくぶくぶくぶく……
沈んだまま抵抗を見せずに起き上がらろうとしないレイア。
両足はルイスに握られているとはいえ、彼女なら筋力を利用し上半身を起こすのは容易いだろうに。
「る、ルイス~?」
ここで浴槽から数m距離を取っていたラーナ達も心配になり、レイアではなくルイスの顔を伺いながら声を掛ける。
「「…………!」」
顔を見て固まる二人。
初めて見せた表情……かもしれない。
ルイスを一言で表せば「不愛想」の一言。
他人とも積極的に関わろうとはせず、無関心を貫き通す。
話し掛けると相手に顔は向けるが、返事を返さないでそのまま行ってしまう。
仲間(とはいえ正面切って言うのはエマが嫌味、そしてシェリーは小言と二人だけ)からたまに文句を言われても、反論どころか表情を変えずに、感情の起伏を見せずに聞き流す、といった感じ。
Bエリア基地にはルイスと似たタイプの姉妹がいる。
それはミアとノア。この二人も自ら他人と積極的に関わりを持とうとか、気軽に話し掛けてくるタイプではない。
ただ似ているのはそこまで。彼女らは基本は受け身。ただ単に用がないだけで、キッカケさえあれば彼女らなりに真摯に、そしてフレンドリーに接してくれる。
表面上にも差があり姉妹の前を誰かが通り過ぎる場合、何かに集中している時を除けば必ずと言っていい程、視線で追っ掛ける。
それは相手を観察するという意味合いもあるが、もしかしたら新鮮でワクワクするような事件が起こるかも? との期待の表れでもある。
片やルイス兄弟は根本的に仲間達と関りを持とうとはしない。
特に兄であるルイスはサラやローナが相手であっても黙して語らずといった不愛想を貫き通す。
だが不愛想ながらもルイスとは違い、話し掛ければ拒否はせず取りあえずは耳を傾けてくれて、さらに場合によっては渋々? ながらも手を貸してくれる。
同じ男性探索者であるワイズ兄弟とは対極にいる存在なのだ。
そのルイスが何故か怒っている。
ハッキリと分かるくらいに眉間に皺を寄せレイアをジッと見てるのに驚く。
さらに……レイアの素早い動きについていけれる程の能力があったのも意外で驚きに拍車を掛けていた。
「え~~と〜〜何を~そんなに~怒ってるの~かな~?」
何故か恐る恐る聞く。
別にラーナに対して怒りが向けられている訳でもないし、正直なところ今程度のやり取りならば本気の自分の足元にも及ばないのは、己が一番知っている。
なのに気を使っているのはルイスの「沸点」がどこら辺なのか、皆目見当が付かずこれ以上不機嫌にさせたくはなかったから。
「おい……これでいいのか?」
掴んでいる手は離さず、聞いてきたラーナではなくレイアに向けて言い放つ。
「少しやり過ぎな気もしますが」
ルイスが現れた方向から女性の声が聞こえてくる。
そこで両足を掴んでいた手を行き成り離す。
すると上半身だけでなく下半身までもが大きな音を立ててそのまま湯の中へと沈んで行った。
ラーナの質問に対するルイスの返答は噛み合わない。
なのでこちらに向けられたものでは無いと判断。水没しているレイアは放置し、声が聞こえてきた方に慌てて振り向く。
するとそこにいたのは………
「え?」「な、菜緒ちゃん?」
二人に軽い会釈をしながら草原の上を優雅な歩みで、口を開け目をパチクリさせている二人の下へ。
足槽の脇に差し掛かると不服そうな態度のルイスは浴槽から出ていく。するとメイドさんがタオルを差し出す。
だが目をやるだげで受け取ろうとせずにそのまま暗闇へと消えて行ってしまった。
入れ替わりで二人の前に到着した菜緒は再度一礼をした。
「ど、どうしてここに~?」
「色々と事情がありまして」
二人を見る菜緒の顔に笑みは無い。会話をしているが意識は他へと向いているのが二人にも分かった。
「その事情と〜ルイスがいるのとは〜?」
「はい。途中で合流しました。私とは違い、彼は別の指示で動いているようですが、主たる目的は同じかと」
会話の最中にチラリと目をやる。視線の先は……エリスだ。
「別の指示って〜?」
取り敢えずは話を合わせる。
ラーナはルイス達が姉の支配下にいたのを知っている。
なのでここには姉の指示で来たのだろうと。
視線を戻すと菜緒が軽く頷いてみせた。
「それより……いつまでそうしているつもりなの? そろそろ出てきたら?」
水没したまま微動だにしていないレイアに向き直る。
するとレイアにしては珍しく? ゆっくりとした動作で起き上がると振り向きもせずにメイドさんの下へと向かいタオルを奪い取り濡れた頭を拭き始めた。
「…………やはりお前か。何故俺の邪魔をするんだ?」
先程までの緊迫感は微塵も感じられない程に淡々と話す。
その余りの態度の変わりようにエリーは戸惑いを覚えるが、菜緒とラーナはレイアが思っていた以上に自制心があるのだと評価を改めた。
「邪魔? 私は貴方がエマに手を上げたから介入しただけ」
そうでなければもう少し様子見をしていた。
「それが邪魔だって言ってるんだ」
「あらそお? それはごめんなさいね」
返答を聞き、拭く手がピタリと止まる。
「…………まあいい。それじゃあな」
タオルをメイドさんに投げつけると、やって来た方向とは違う方へと静かに去っていってしまった。
「ところで彼女は何処へ?」
去って行く姿を目で追う。
ここで何故かラーナがピクリと反応。切実な眼差しが自分へと向けられているのに気付く。
「ん? 何か?」
「い…………」
口を開くが言葉が続かない。
「ちょ、行かせちゃっていいの~?」
戸惑うエリーがラーナの肩を揺さぶり出す。
「エリーさん、ご説明を」
「彼女は一人であちらの世界に渡るつもりなの〜」
「…………」
それでクレアとエマに手を上げたのか……
だが一人で? 確かに彼女は「贄」だから渡ろうと思えば可能だろう。
だが彼女だけでは足りないかもしれない。もう一人の「贄」である桜の力も準備しておかないと。
「な、菜緒……ちゃん」
「はい?」
「れ、レイアちゃんを……止めて」
「……何故、ですか?」
「お願い……止めて……でないと」
止める? 何故? しかもこの狼狽えようは……尋常ではない。
レイアが渡った後でもエマかエリーが行けば最悪の事態は回避出来る筈。それを知らない訳でもあるまい。
──そういえばサラ主任も「止めろ」と言っていた……
「……仕方ないナ」
静まり返る空間にエリスの呟きが聞こえてきたので一斉に見ると、座ったまま目を瞑り集中していた。
「ヨシ、暫くオネンネして貰ったゾ」
「あ……ありがとう」
エリスのお蔭で? 取り敢えず落ち着きを取り戻したように見える。
何、この連携は?
レイアを行かせたくない?
もしくはレイアではダメ?
だとしたらクレアも同様?
皆、何を隠しているの?
「……それより今の内に確認しておきたいことがあります」
既に宇宙服を着せて貰い、草原の上に敷かれた簡易マットの上で横になっているエマとクレア、そしてそのそばで待機している執事さん達に目配せをしてから二人に向き直る。
「艦と探索者の数が合わない気がします。探索者はここにいるだけ、ですよね?」
するとエリーは躊躇いがちに、ラーナに目を向けながらぎこちなく頷いてみせる。
そのエリーの仕草を、同意を求めた頷きでは無いと判断、そのままラーナに視線を移す。
「う、うん」
目を背けながら頷いた。
──凄く分かり易い態度。嘘は言っていないが察しろと。それと基地で感じた違和感はまだ解決していない雰囲気ね……
顔はラーナに向けたままエリスと執事さん達の動きを注視しつつ質問を続ける。
「どちら……ですか?」
この終末に近い状況で考えられる可能性は一つだけ。
それはアリスの姉。
つまり……姿は見当たらないがリンかランのどちらか、又は二人ともここにいる。
「だから~それを知ってどうするノダ~?」
執事さん達は無反応。エリスだけが反応してきた。
──これはこれは……探る手間が省けたけれど、これで確定ね。だとすると……菜奈を向かわせたのは失敗だったか……
心の中で舌打ちをする。
「いいえどうもしない。少なくとも私自身は」
「ならイイ」
これは本心。自分から具体的な行動を起こすつもりはない。
ラーナもいるし状況が不明な今は大人しく、先ずは状況を整理するに限る。
更に不安材料を減らしてゆくのが先決。
「それはそうと、ラーナさん、艦のカルミア……さんはどちらに?」
聞くと銀と白の探索艦が並んで駐機している方を見たので同じ方向に目が向く。
視線を戻すとラーナが力なく小さく頷いてみせた。
──ということは銀色の方。つまり艦AIのリンクは切れている。
状況から推測するに、
基地をアリスの手の者が襲った。リンランを連れ去る目的で。
引き上げる際、思惑は分からないがラーナも同行させた。
その後、何らかしらの理由でアリス自身が基地に向かう必要が生じた。
それを妨害されたくないのでカルミアの機能を封じた。
そして機能を封じたのはアリスしかいない。
目の前にいるレベル5には信用出来るアリバイがあり、物理的には不可能。
そしてカルミアの隣の白色の艦は……リン艦でほぼ確定。さらにそばの銀色の間の中にいる。
ランとシャルロットの組み合わせだと今の状況では辻褄が合わないし、リンに何かをするのにリン艦で事足りるのならわざわざ連れてくる必要はない。
ならばこの目の前の艦は……その為にあちらの世界で用意された艦。
──でもアリスは大切なお姉さんを残し何故基地へと向かったの? 万が一、ここで不測の事態でも起きたら、とか考えなかったのかしら? それほどまでに執事達を信頼している?
──いや……成程……そういうことか! どちらでも問題ないのね。
もう一度エリスをチラ見る。
── 流石、抜け目ない。
正解に至ると跳躍中に菜奈が言おうとしていた事がやっと分かった。
あの子は正体を見抜いた上でこの状況を危惧していたのだ。
──呼び戻す? だとしても今からだと一時間以上は掛かる……
基地にはミアがいるしあのローナも既に戻っているだろう。
なら呼び戻しても問題ない様にも思える。
──いやそもそも何の為に呼び戻す? それほど切羽詰まった状況とは言えない。
アリスは不在。
ここには今まで敵対していないエリスがいるだけ。
レイアも抑え込むだけならルイスにお願いすればいい。
──では何が不安?
自身に問い掛ける。
思い付くのはラーナが何故ここにいるのか? くらい。
彼女はリンの付き添いなのは間違いない。
問題はラーナでは無く、この件にローナが表立った関与をしていないという点。
未だに理由が分からない。
それどころではない?
関与は必要がない?
それとも思惑は他にある?
あとはリン。彼女は目の前の銀色の艦に乗せられている。リン艦が白色のままでいることから現在は無事であると思われる、がリンを使って何をしているかまでは……。
そのリンはほぼ間違いなく、生まれた時から姉妹共々アリスの姉と関連付けられていたのだろう。
だからこそアリスと同じエリアに配属された。
理由は大切な存在なら手元に置いた方が監視もし易いし、不足の事態から守れるから。
そうして準備万端にし「事が済む」のを待ち構え、今まさに事を成そうと実行に移した。
なのに何故、今更基地に戻る必要がある?
まさか別れの挨拶がしたくて戻った、という訳でもあるまい。
可能性が一番高いのは……そう不測の事態が起きたから。
その不測の事態を解消する為に基地に戻る必要があったから。
アリスの「力」はいずれは返却される。そこで椿が拒否する余地は無い。それももう目前で焦る必要は無い。
ただ椿に会えるのならこの際返還の要求、くらいはするだろうが……
では一体何をしに?
機材……はあり得ない。ならば人。
サラ……の行動は織り込み済み。しかも主目的は椿関連。なので可能性は限りなく低い。
椿……は無くは無い、が例え気付いていたとしても、アリスの計画に椿から約束を破る行為をするのか? 少なくともこの時点までは協定は守られているように思える。
レベッカ……も違う。アリスが向かった先はBエリア基地。本人に用があるなら行き先が違う。話をするだけなら直接自分の艦に語り掛ければいい。
ローナ……が絡んでいる可能性は高い、が彼女は指示を出す立場。しかもリンランの存在意義を知ったのはごく最近。関わりはあるかもしれないが、ローナに辿り着くには様々な困難を乗り越えなけらばならない。……まさか助けを乞う為、だったりして。
ミアノア……は自分から何を起こすとは思えない。ただ指示があれば喜んで手を貸すだろう。なのでコイツらは怪しい。
最後に一番しっくりくるのが……天探女。
天探女はリンランの正体を知っていた。いや知ってしまった。
情報源は……ラーナだろう。
それならラーナの違和感のある行動と、何故ここにいるのかにも納得がいく。
つまり……天探女が主犯格。
あの人の専門分野は生物学。
ここにいるリンに対し、何らかしらの細工を施したのだろう。
それは取り返しが付かない、といったものではなく嫌がらせレベル。もし修復不能なレベルなら「詰み」となってしまうから。
とは言えあの人の嫌がらせは質が悪いのは折り紙付き。
目の前に餌をぶら下げておきながら、それを得るにはわざわざ遠回りしないと入手出来ないといった、RPG顔負けの陰湿な手を好んで使う。
それで何度となく煮湯を飲まされたことか……
──細工? そう言えば以前、私達の……ならもしかしたら同じ手を?
(セバスチャン)
(如何なさいました?)
(私の宇宙服のデータを調べておいて)
(……はい、承知いたしました)
あの時はアリスも困惑していた。解析しておいて損はない。
これで不安材料は色々絞れた。
・・・・・・
レイア……脱落。
彼女は「時」がくるまで目を覚ましません。
長い間、頑張ってきたのに御免なさい。
次は基地方面を進めます。




