踏んであげないわよ?
*今話も一部で距離による時差を無視した描写があります。ご容赦下さい。
*あと会話多めです
既定路線との発言に興味を示すアトラス。
というのもその既定路線は主任クラス、或いはローナしか知らない筈。
例え代行であっても例外はないし、菜緒の上司である天探女も口にすることは絶対にない筈。
「はい。戦いに勝利するだけでは済まなくなりました」
対する菜緒は敵に意識を向けつつ、慎重に言葉を選んで話を進める。
今回の一件で知り得た、主任代理という立場の自分ですら知らなかった複雑な事情を、他の職員が知っている筈は無い。
その事は椿やアリスと接点がなさそうなアトラスやハンクと言えども例外ではないだろう。
皆が聞いている状況で下手に喋ったことにより事態がどう転ぶかなど、椿のような立場では無いので責任が持てない。
特に自分は基地から殆ど離れたことは無く、他エリアとの接点が全く無かったので尚更だ。
さらにこの期に及んでも未だに秘匿通信に切り替える素振りが見られない。
つまりアトラスが何を知り、どう考えているのか読み切れないのだ。
「その先を聞きたいが今はアレを排除するのを優先する」
「了解です」
「君はどうする?」
「お任せします。命があればお手伝いしますが?」
「いやそれには及ばん。そこで待機していなさい」
「はい」
包囲している敵から無数の「何か」が基地に向け放出され始める。
モニターには「ウイルス弾」との注釈が出ており基地に向けて広範囲に撒き散らし始めていた。
だがここで至る区域で閃光が発生し包囲陣に沿って光の帯が走る。数は十。
モニターの注釈には『隠蔽迷彩モードのAエリア探索艦』との表示が。
光の帯は強引に、さらに確実に敵の数を減らしてゆく、が放たれたウイルス弾は発射された速度のまま基地に迫ってゆく。
「菜緒様、少々よろしいですか?」
「どうしたの?」
お手並み拝見とばかりに基地のそばで大人しくしていたら、突然セバスチャンが話し掛けてくる。
(あの弾の弾道、放置しておくと少々不味い事態になるかと)
脳内通話に切換え、さらに新たに空間モニターを出して弾道の予想到達ポイントの説明を始めた。
(成程……狙いはそこね)
到達ポイントはドック近辺に集中している。
(つまりは近付けさせないのが目的)
(はい)
(でも何故誰も質量兵器を使わないのかしら?)
(調べましたが主任も含め誰も存在自体を知らない模様です)
(……はい?)
(あるお方の仕業かと)
(誰? アリスさん?)
後始末を任せたのは失敗だったか?
(いえ……Bエリア探索者のノア様ですね)
(へ? 何故あの子が?)
(それはご本人にお聞きしないと)
(……………………まさか)
(理由に心当たりがおありで?)
このタイミングでの腹いせ? でもあの子ならあり得る……
(使えるように出来る?)
(はい、ですが解除パスワードが存在するようです)
(どんな?)
(所謂「合言葉」的なモノかと)
「ああもう面倒くさい‼ ホント昔から1mmも成長しないんだから‼」
シートのアームレストを思いっきり叩く。
もし思っている通りなら自分にはどうやっても解除できない。
「菜緒様、落ち着いて下さい」
あくまでも冷静な執事風の男性の声で宥める。
(そ、そうね。私としたことが)
(それでこそ菜緒様です。現状では質量兵器が無くとも応戦出来ておりますので、使用出来なくとも問題は無いかと)
(今は、ね)
そんな会話をしている間にウイルス弾が目前まで迫って来ていた。
「さあどう対処するのかしら」
ここまで接近すれば敵の意図は誰にでも読める。
敵は探索艦を近付けさせない様にウイルス弾で弾幕を作りそこにピンポイントで艦を突撃させる作戦。
ウイルス弾の情報はAエリアにも伝わっている筈。触れれば一時的に機能停止に落ちってしまうので触れるのはNGなのは知っている筈。
一応被弾しないようにと基地から距離をとり成り行きを眺める。すると直径五百mはあろうか巨大な黒い塊が何処からか高速で現れドック前へと向かい、そのままウイルス弾を弾いてゆく。
よく見ると探索艦が数艦、黒い塊にへばり付いて後ろから押していたのだ。
「あの塊は……調査艦の残骸?」
「はいそのようです」
確かに直接触れさえしなければ全く損害はない。
さらにあの塊には調査艦の前部、つまり「固い部分」も含まれているので突撃用の盾の役割も充分に果たせるだろう。
しかもあの量だと推進力全開の探索艦でも突き抜けられずに内部で止まってしまうはず。
ただ材料は豊富にあるのに同じような塊が他にはまだ見当たらないところを見るに、形成するには時間を要するのだろう。
(菜緒様、あちらをご覧下さい)
基地とは真逆の方向、しかもかなりの至近距離に隠蔽迷彩状態の艦が一つ。
(味方……ではないわよね?)
(はい。間違い無く第五世代艦です)
(堂々と……セバスチャン)
(はいお任せ下さい)
艦から隠蔽迷彩状態の質量兵器が三機、水滴の様に飛び出して最短ルートで敵艦目掛けて突撃して行く。
敵艦は全く気付いていないらしく質量兵器が突き刺さる瞬間まで変化が見られなかった。
そして質量兵器がAIを見事破壊、そのまま敵艦から離脱すると同時に敵探索艦が銀色の姿を現すと基地から『敵発見』との報告が。
「敵艦、何故か行動不能状態!」
「何じゃそれは」
「「「理由は不明!」」」
理由なんぞ知るか! と言いたげな雰囲気の大声が数か所から聞こえた。
「そ、そうか」
部下の勢いにたじろぎながらも菜緒に視線を向ける。
対する菜緒は無表情を決め込む。
「一体どうやって気付かれずに近付けたのかしら」
「途中で炉を停止させ慣性であそこ迄近付いたのでしょう。停止時は気付かれぬように戦闘の合間に作動させたのかと、はい」
「そうか……戦闘初期に囮を見せておく。盲点を突いて来た訳ね」
「はい」
ここで包囲している調査艦が跳躍を開始、一斉に姿を消す。
多分だが定期的に指向性の通信で機能停止させた探索艦から指令を受けていたのだろう。司令塔から通信が届かなくなったら撤収するようにプログラミングされてあったのかもしれない。
菜緒は念の為、周辺を調べたが艦影は見当たらなかった。
どうやら隠れている敵艦は他にいなかったらしく、その証拠にウイルス弾全弾が通過した後も敵の襲撃は無かった。
ここでアトラスが宇宙に出ている全探索艦に、先ほど使用した敵艦の残骸の塊を急いで作る様に指示を出す。さらに塊が出来上がるまでの間、基地内にて待機していた艦に基地防衛の任に当たらせた。
「さて一息ついたところで先程の続きを聞かせてくれ」
相変わらずの通常通信。
悩むが主任代理権限を行使し秘匿通信に切り替える。
(率直に進言します。基地を今すぐ放棄してBにて他エリアの探索者と合流して下さい)
(理由は?)
(先ず、主任はそちらの基地内部の空間について、どの程度ご存知でしょうか?)
(……今はどうなっとるかは分からん)
(ならば内部の管理者が誰かは知らない?)
(「長」では無いのか?)
(いえ。個人……厳密には四賢者、つまり総本部管轄かと)
これはアリスから聞いた話を総合的に判断した結果、導き出した答え。
(ほう。して?)
(この戦いの後には……総本部との戦いになる可能性が)
これは菜緒の直感。
この戦いは椿の為の戦い。
我々の勝利を持って終了する。
それは条件さえ揃えば然程難しくはない。
唯一気になるのは……落とし所だけ。
つまりこちら側の世界の準備はほぼ終了したと言ってもよい。
それよりも問題なのは……もう一組の「贄」であるアリスの存在。
アリスの部屋で気を失ったフリをした時に聞いたあのセリフ。
《最悪の結果になりそうな場合》
アレは初めは椿の件を指している、と思っていたがもしかしたら自分達、つまりアリス姉妹を指していたのかも知れない。
そして気になる「姉」の行方。
何故、姉が行方不明なのか……
仮に原因がこちら側の世界にあり、その原因をアリスが知っていたとしたら……
《一切情け容赦をするつもりはない》
この言葉には色んな感情が込められている気がする。
そして取り戻す為の準備は……既に整っていると。
我々探索者を排除出来るだけの力を。
その力で何を企んでいるのかまでは分からない。
感情に左右されないタイプだとは思うが「譲れないモノを抱え込んでいる者」は追い詰められた時、大抵は非情になる。
つまり何を仕出かすか想像も付かない。
だからこんなところでまごまごしている時間はない。
(…………何故?)
(詳しくは話せません。この戦いの結果によってとしか)
(……総本部か。何やらきな臭い事情があるようだの。確かに「長」も何かを隠しておるし、Bやそちらの主任も探索部出身ではないのは知っておる。事態が良からぬ方向へと向かっておるのも、そしてその良からぬ事情を知っておるであろう君が何かを背負い込んでいるのもな)
(では今すぐに……)
「それでも儂は儂の役目を果たす。これは「長」との約束でもあり探索部Aエリアマスターの役割りでもある」
声に出して宣言をする。
今まで誰に対しても孫と話している様な温和で長閑な雰囲気の話し方だったのだが、行き成り聞こえた厳しめの声に班長達と探索者が何事か? と驚いた様子で一斉にアトラスに目を向けた。
Aエリアマスター……纏め役として他のエリアの模範たろうと。
その模範が決めた事に対してコロコロと変える訳にはいかないと。
ましてや大した損害も無く、防衛可能な状態なのに基地を放棄する訳にはいかないと。
皆の前でこんな宣言をされたら説得は難しい。
ここに来てからの皆の様子から、アトラスに対して信頼を寄せているのは容易に想像がつく。
ここで突然現れた他エリアの探索者が他の者も含めて事実の説明をしたとしても、アトラスがそれを拒否してしまったら賛同は得られづらいのは間違いない。
見方によっては救援を乞う為の演技と受け止められかねない。
それだけは悪手で絶対に避けなければならない。
どうする? 最後の手段を使うか?
ただ効き目があるかは試さないと分からないし、もし本人にバレたら後で何を言われるか考えただけでも末恐ろしい。
だが迷っている暇は無い。
意を決し、口を開く。
「アトラス主任。これはBエリア探索者であるロー……」
「菜緒様! 何者かが接近して……」
言おうとしたところセバスチャンに遮られる。
さらに自艦の直ぐ脇に白色卵型の探索艦が姿を現した。
「はいそこまで〜♩」
「「「!」」」
その声の主に心当たりがある者たちの動きが止まる。
「主任~?」
基地及び全艦に空間モニターが現れ漆黒色の宇宙服を着た小柄な赤髪の女性が呆れ顔で映っていた。
「おお! その声はローナちゃんかい?」
「正解~♪」
「ローナさん!」
アトラスが真っ先に反応する。
寸前の雰囲気はどこへやら。目を輝かせてモニターに顔を近付ける。
「「「ちゃん?」」」
聞いていた部下達。全員聴いたことの無い言葉に思考が止まる。
「う、うぉほん! 突然どうしたの……何か用事かの?」
慌てて訂正をする。
「弟子の様子を見に来たのよ♪」
「弟子?」
「そう。先ずは菜緒~♪」
「は、はい!」
「で、私を探してるって?♩
「は、はい。どうしても相談したい事案がありまして」
「どの件?」
「どの……クレアの件です」
「グッドタイミング~♪ 流石ね♪ ところで貴方一人よね?」
「は、はい」
「なら行って貰いたいところがあるの♩」
「何処へ?」
「総本部♪」
「……へ? で、でもあそこは進入禁止区域では?」
「「長」経由のご招待だから心配無用♪」
「招待? 誰が?」
「あ・な・た♪ エマでもエリーでも菜奈でもなく、菜緒♪」
「誰から?」
「四賢者♪」
「…………」
「行けば成すべきことが見えてくる♪ 時間もないしサッサと行く♩」
「で、でも」
「ここから先は任せなさい♪」
「は、はい。それと別件ですがラーナさんが……」
ラーナの名を出した途端、ローナは人差し指を口元に寄せ「シー」のジェスチャーをして見せる。
「だからこそ菜緒に行って貰いたいの♩」
意味深げな揶揄するような眼差しで菜緒を見る。
「…………了解しました」
「貴方の役割はここから♪ 気張りなさい♪」
「はい!」
そのまま漆黒の円錐型になり跳躍して行った。
「上手く行くといいわね~♪ さてと~主任?」
ジロリと薄目でアトラスを見る。
「一体何を話しておったのだ? 「長」とは?」
「「長」は「長」、でも探索部の「長」じゃない♪ それよりも何故私の愛弟子の話を最後まで聞いてあげないの? もしかして私に喧嘩売ってるの?」
更に目を細めるローナ。
「で、弟子なんて知らんよ⁉︎ それにワシにも立場と言うもんがあってじゃな」
「そんな立場、今直ぐブラックホールにでも捨てちゃったら?」
ブラックホール……吸い込まれたら二度と手に入らない。いや手にするな、という意味だろう。
「若いのにちゃんと気を使って説明してたでしょうに、それに気付いてたでしょ?」
「ふ、ふむ」
「偉そうに「儂の役割」とか言って調子乗ってるし♩ 役割云々ぬかすのなら他エリアの声にもしっかりと耳を傾けなさいっての♩」
「ううう」
ローナには頭が上がらない様で項垂れる。
「さっきあの子が言いたかったのは今のこの戦いの先に「既定路線」ではない戦いが控えている可能性があるから戦力を温存し集結しておくべきだってこと♩」
「その先とは?」
「第六世代型♩」
「あの理想を高く設定してしまったが為に量産化に至らなかった艦?」
「詳しい性能は私は知らない♩」
「儂も知らん。噂の範囲でしかの。たしか搭乗者は……」
「でその第六世代型が相手で、このままでは太刀打ちできないので他エリアの主任は部下を引き連れてBに来てるってワケ♩」
「成程のう」
「だからここも荷物纏めて直ぐに向かいなさい♩」
「……嫌じゃ」
「……はい? 今ナント?」
「儂は「長」からここを任されたの。だからここを守る」
「「長」から任されたのは物? それとも人?」
「両方。さらに言えば「中身」も」
「まず一つ目♩ 物は替えが効くけど人はそうはいかない」
「当然それは承知しとる。だから最悪の事態を考慮して基地内に離脱用の艦を待機させておる」
「あらそう? それは殊勝なことで♩ なら二つ目の基地は?」
「壊れたら直せば良い」
「あらあら男気が感じられるセリフだこと♪ なら主任が拘っている「中身」を教えてあげる♪」
「み、見れるのか?」
「はいはい、今すぐ一人で指定した転送装置にサッサと向かう♩」
ローナ艦から該当装置の番号が送られてくる。
「こ、ここは」
『転送装置No R-78』
「自分の目で中を確認したら直ぐに引き返してくること♩ 一分も掛からないから♩」
そう、あの正体不明の女性執事? とカプセルが現れた転送装置。
「そこは内部空間と繋がっているの♩ 一回限りの通行許可設定をしておくからその目で中を確認してきなさい♩」
「じゃ、じゃが「長」との約束がだな」
「私と「長」とどっちの言う事を聞くの?」
「うっ!」
真剣に悩み始めるアトラス。
仕事と趣味の狭間で激しく揺れ動く。
「もう二度と踏んであげないわよ~?」
「わ、分かった!」
最後の一押しで流されてしまう。
長年気になっていた「中身」と「踏む」の単語と「長」との約束を天秤にかけた結果であった。
「はい行ってらっしゃ~い♪ お土産はいらないから~♪」
渋々? 近くの転送装置へと向かう。二人のやり取りを聞いていた職員や探索者は話の展開に付いて行けずただ眺めているだけであった。
そしてアトラスが姿を消してから丁度一分後。
慌てた様子で戻ってきた。
「な、なんじゃあれは!」
「見たままの通り♪」
「儂らはあんなものを後生大事に守っておったのか⁉」
「そう、その管理者に私達が後々襲われるかもって話~♪」
愕然とするアトラス。
「「長」は……一体何を考えておる……」
「管理者は「長」ではないから心配しなさんな♪ 「長」は命令されて手を貸しただけだから♩」
「そ、そうなのか?」
ホッとする。
「で、どうするの?」
「儂らが放棄したらここはどうなる?」
「負けたら?」
逆に質問し返す。
「全てが終わる」
「なら?」
「勝てば良い?」
「そう♪ やっと呪縛から解かれたみたいね♪」
「呪縛……儂は……誰かの策にハマっておったのか?」
「違う、盲目だっただけ♩ だから何もさせなかったの♩」
「そうか。済まなかったのう」
「分かれば良し♩」
「……よし、全員に通達。ここを出てBへと向かうぞい」
「「「了解!」」」
返事と共に班長達が慌ただしく動き始めた。
「向かうならお願いがあるの♩」
立ちあがろうとした所を呼び止められる。
「何じゃ言うてみ」
「Bはドリーも防衛対象になっている♩」
「何故じゃ?」
「私達探索部と同じ♩」
「……見せしめ……いや試されておる?」
一瞬考え込むが直ぐに答えに辿り着く。
それを見て頬を緩ます。
「血の巡りが良くなったみたいね♪ それを踏まえた上でAのメンバーにはドリー防衛を中心に遊撃に当たって欲しいのよね♪」
「分かったぞい」
「それと一つ確認♩」
「?」
「何故質量兵器を使わなかったの?」
「何じゃそれは?」
本当に知らない様でキョトンとしている。
不審に思い調べてみると……
「あちゃーーノアったら……」
珍しく塞ぎ込むローナであった。
初めはローナを出す予定は無かったのですが、やり忘れた事があったが為に予定を早め来て貰いました。
次回は9/4(土)までには投稿します。
*修正作業は継続となります




