アリスの意図……
暑い……
こんな日は森林に囲まれた「ぬるめ」の露天風呂でノンビリと過ごしたい……
それと……中華料理店の「チャーハン」が食べたい……チェーン店やラーメンがメインの店ではなく、下町で長年やっている個人経営のチャーハンが……
・・・・・・
「…………」
「…………」
お互いを見ずに無言のまま食事を続ける少女達。
身長や体型以外、髪や肌の色、着ている服、さらに性格の違いからか同じメニューなのに作法もかなり異なる。
数名の黒服が壁際で見守る中、黒髪の少女は何故か顔を赤らめながら元気良く偏り無く箸を進め、金髪の少女は対面の黒髪の少女をチラチラと見ながら行儀良く、黙々とマナーを守りフォークで食べてゆく。
然程時間もかけずに食べ終えると黒服の女性が下膳をし、入れ替わりで食後の飲み物とデザートを並べていく。
それを手に付ける前に黒髪の少女がソッポを向きながら口を開いた。
「先日はありがとう。でどうしたの?」
金髪の少女は飲もうとしていたティーカップを口から離すと椿を見てニコリと笑みを浮かべた。
「その前に、レイアさんの件は?」
「総本部に行ったところまでは知っている。その後の行動は追いかけていないけど大体の予想はつく」
「はいそれならいいです。今日来たのはそろそろ私に会いたくなった頃じゃないかな~と思いまして。それと計画が大詰めですし、今のうちにお顔でも拝見しておこうかと思いまして。うふふ」
控えめだが屈託の無い笑顔。
「流石ね。目的は……勿論エリスよね?」
「はい大正解です」
椿の問いに即答する。
同じ艦に乗っていた椿は当然だとしてアリスまで、エリスの状態を把握しているようだった。
「その前にさっき見た事がない「艦」が現れたんだけどアレが何だか……知ってるよね?」
顔色を伺いながら聞いてみる。
「………そう……来ちゃったか……」
アレという言葉にピクリと反応。詳しい説明を一切していないにも関わらず理解した様で、対面に座っている椿に聞こえないくらい小さな声でボソリと独り言を呟く。
対して呟いたのは分かったが、何を言ったのかまでは聞こえなかった。
だがそんなことは気にも止めずにさらに問い詰める。
「アレは貴方の世界のモノよね?」
「はい。確かに私の世界のモノです」
「目的は?」
「私の望みを叶える、ため……ですかね」
「望み? ……ということはお姉さんが見つかったの?」
「望み」と聞いて口調が変わり若干小声になる。
「いえまだ……です。ですがそちらの計画が終わるまでには間に合わせます」
「そう? 結果が出るまでは干渉しないって契約だから口添え程度しかしなかったけど」
「はい大丈夫ですよ。お陰様で様々な方の御助力も受けれましたし。それよりも椿さんの方は……大丈夫ですか?」
「私? 勿論!」
「そうですか? 先程のラッキーイベントで決意が揺らいでしまった……なんてことはありませんよね?」
「ふ、ふぇ?! みみみみ見てたの?」
急に慌てふためく椿。
「はい♡ 真っ赤になりながらワナワナと立ち尽くす純情な椿さんのお姿を拝見出来て、見ていた私にとっても目の保養になりました♡」
「ううう……」
真っ赤になり俯く椿。
「それより……そろそろ「力」をお返し願えませんか?」
「……まだダメ」
そっぽを向く椿。
「何故です? そちらの用事は既に……」
「何でも!」
膨れっ面の椿。
「あまり時間的猶予は残されてはいませんよ?」
「分かってる! でもまだダメ!」
キレる椿。
「サラさん? それとも……会うのが怖い?」
「ち、違う!」
力強く否定をする。
優しく語りかけたが様々な表情が見れただけで頑なになってしまった。
「……分かりました。椿さんの意思の確認も出来ましたし、エリスの調整をしてから引き揚げるとします」
背筋を伸ばし椿を見据えると、先程までとは違う笑みを浮かべる。
ナプキンで上品に口を拭いてからテーブルの上へ置く。
それを合図に控えていた黒服女性がアリスへと近付き椅子を引く。
更に控えていた女性が立ち上がったアリスに一礼をしてからエリスの下へと案内する為に先を進み出ると、アリスは椿を見る事なく後をついて行った。
「これ……本当に私?」
「はい、とてもお似合いですよ」
「本当に貰っちゃって……いいの?」
「はい」
決して派手ではないが、街中で見掛けたら誰もが振り向かずにはいられない、黒髪に似合うコーディネート。
その道のプロが二人の為に選んだ服。
それに似合う化粧をし終えて自分の姿を見たところ、二人とも言葉を失ってしまう。
エリスと一緒に来ただけなのにここまでして貰い、流石のエマでも引け目を感じてしまう。
「あの〜先程は……すいませんでした~」
突然、先程の妹の突拍子もない行動の件で、代わりに頭を下げ謝る。
「お気になさらずに。元はと言えば椿様が原因、自業自得というものです。それに本人にとって良い経験になったことでしょう」
逆に笑顔でお礼を言われた。
「え? そう? い、いや~どうしても一言、言ってやりたかったんだな~」
「だからって行き成りあんなことするなんて~。それに一言で済んでなかったわよね~?」
「だってーー」
「フフ」
姉妹のやり取りを見て微笑む。
因みに先程の件だが、エマは向かっていくといきなり椿に力一杯抱き着いた。
そのまま耳元で「何やら」囁くと椿は顔を真っ赤にし挙動不審に陥ってしまったのだ。
その状態はエマが解放するまで暫く続く。
何を言ったのか、エリーも含めて誰にも分からなかったが、黒服女性さんは察したようで、和やかな笑みを浮かべるだけで敢えて何も言わなかった。
「でもみんなが止めなかったから成功したんよ」
「そうね~でもどうしてこの子を止めなかったんですか~?」
「簡単な話です。何者も椿様のお身体に害をなすことは不可能なのを、ここにいる者は皆知っているから、ですね」
「それって……」
「アリスが言ってた……」
「御存じのようですね。アレは一種の「呪い」とでも言いましょうか、お二人は見ての通り身体に関しては成長も老化も、そして死ぬことすら叶わない「時が止まった」状態。仮に「消失」が再開せずに安定してしまったら……想像するだけでも恐ろしいかと」
「でもアリスが言ってたよ? 「どうなるかは分からない」って」
「はい。ですが今は誰にとっても良くない状態。例えどんな結末を迎えようとも、全てが無に帰そうとも前に進むしか道は御座いません。それは「贄」となられた椿様方の責務でもあります」
「責務……」
「それ! 実は私も何となく感じてたの〜」
「いつ?」
「ここに連れて来られて、会って話した時にね、何か「使命感」みたいな重たい雰囲気を感じたの~」
「そうなんだ」
「で色々と実験はされたけど、髪と目の色が変わっただけで危害を加えられるワケでもないし待遇も良かったし〜。悪い人達じゃないって思えてね~」
「「…………」」
聞いていて、思った事はそれぞれ違うが同じ眼差しでエリーを見ている。
「椿にはこんなことをしなければならない「特別な理由」があるんじゃないかな~ってね。だからここに戻ってきた時にちょっとだけ後ろめたさを感じてね~」
「何故?」
「マリが迎えに来てくれて勢いそのまま帰っちゃって挨拶も出来なかったから~それに高級な茶葉も貰ってたし~」
「それ気にし過ぎじゃない?」
「そうです。ご迷惑をお掛けしているのは我々の方。逆に要らぬお気遣いをさせてしまった様で申し訳ございませんでした」
「そう言えばアノ紅茶、メッチャ美味しかったよね~」
「そうね~」
「その「責務」ですが僅か十二歳の少女お一人に背負わせるには酷というもの。なので普段の実務は我々が分担し、ご本人には極力年相応の自由な行動をするように言い付けてあります」
「言い付けてって……椿は普段は何をしているの?」
「えーー最近はここには殆ど居られませんね」
「ならどこに? まさか地球とか?」
「いえいえ! あそこには絶対に……いえとある場所に入り浸たっておられます」
明るく軽く首を振るだけの否定。
「とある場所?」
「もしかしてアリスの~?」
「…………」
二コリとするだけでそれ以上は教えてはくれなかった。
「それではお二人のご準備も終えましたので、お食事の前にエリス様とお会いになられますか?」
「会えるの?」
「まだ目覚めてらっしゃらないのでお話は出来ません。それでよろしければ、ですが」
二人とも頷く。
「ではこちらへ」
案内されたのはVIP専用客室エリアと思われる豪華な扉が並ぶ広めの通路。左右にかなりの枚数の扉があり間隔もかなり開いている一直線の通路。
そこを三人で進んで行くとある扉の前で立ち止る。
「ここですね。それでは入りましょう」
黒服女性が入ろうとしたところで突然扉が開く。
すると音もさせず、まるでそよ風の様に金髪を靡かせた小柄な少女が三人に目もくれずに通り過ぎてゆく。
まるでそこには実態がない、気配が感じられない、白昼夢にも思える程に。
突然の事に呆気に取られる三人。
エマとエリーは身動きできずに目だけで後を追う。
黒服女性は目も動かさなかったが全神経はその少女に向けているのが伝わってくる。
ある程度、距離が離れた所で後ろの二人が我に返る。
「「あ、ありす?」」
素っ頓狂な声を上げ顔を見合わせる。
「ちょ、アリス! アンタでしょ? ちょい待ち!」
既に姿は見当たらない。
ってゆーか、私達に気付かなかったの?
「では参りましょう」
気にしていないのか、それとも切り替えが早いのか中へと入って行く。
「今の、アリスよね⁈」
「その様ですね」
「何でここに〜?」
「さあ? 理由は存じておりません。それよりどうぞ中へお入り下さい」
「「は、はい」」
その時、ふとある記憶が蘇る。
「……あの顔」
「? どうしたの〜?」
雰囲気もそうだが……今の顔……あの時最後に見せた顔と同じだった……
「ハローー!」
「! こ、これは……」
部屋の中からエリスの声が。
見ると先に入っていた黒服女性が何故か固まっている。
脇から覗き込むといつもの特徴的な服を着た陽気なエリスがソファーにデンと腰掛けていた。
「「え、エリス!」」
「ハーーイ、歌って踊れるスーパーアイドルエリスちゃんデーース!」
訳の分からないアイドル風の? ポーズをとっている。
「いつアイドルになったんだ?」
「ダ〜? マキじゃないんだからツッコミ要らんテ!」
「体はもう大丈夫なの〜?」
「ノ〜? タダの寝不足〜迷惑掛けられちまったのダナ!」
「それを言うなら「掛けちまった」だろうに!」
「ソウとも言う~」
「これなら大丈夫そうね~」
「うんいつものエリスだ!」
そこに椿が勢いよく入ってくる。
「椿様……え⁇」
入ってきた椿を見て驚く。が直ぐに三人を見て固まっている椿の傍に歩み寄る。
「……あの人の仕業ね。何をしてたか分かる?」
小声で呟く。
「いえ私も気付かず、しかも丁度入れ替わりで……念のためもう一度調整を行いますか?」
その問いに答える前に、楽しそうに会話をしている三人を僅かな間眺める。
そして……徐に首を横に振った。
・・・・・・
「ここを落すにはちーと数が足りなかったかの」
「全ての敵、沈黙。これより残骸の除去を開始します」
「第二派があるやもしれん。除去は奇襲班に当たらせるように。防衛班は護衛と周辺警戒」
「了解!」
「その他は今の内に交代で休息を取る様に」
「「「了解!」」」
「主任、アトラス主任!」
班長の慌てた声と同時に壁面モニターにイエローアラートが表示される。
「どうした?」
「重力震を感知。何者かが跳躍して来たと思われます」
「今度は誰だ……慌てずにもう少し正確に報告しなさい」
「は、はい、それが……重力震感知センサーのみに反応。それと意味不明な信号を検知。それ以外の観測機器は無反応」
「なんじゃそれは?」
「その重力震の波形から基地に近付いてきているのは間違いないのですが……」
基地だけでなく、散らばっている探索艦からも情報が集まっているので誤報というオチはない。
だがその情報のお陰で位置はかなり正確に特定出来ていた。
「数は? どこに向かっておる?」
「数は1。進行方向から目標は探索艦用ドッグの何れかと思われます……あ! 信号及び重力震もロスト! 完全に見失いました」
「姿が見えぬとは厄介な迷彩じゃの……ならば予定変更。全艦呼び戻せ。ハッチは迎撃モードに変更。全てのドックにアンドロイドを配置」
慌てる素振りは微塵も見せずに冷静に指示を出す。
「りょう……あ! 1番ドックの流体ハッチに反応あり。何者かが進入しています」
「何⁉︎」
「映像を出します」
驚くには理由があった。
迎撃モード時は探索部所属艦、つまり探索艦や輸送艦に使われている流体物質と同じ素材のみ通り抜けれる仕組みになっているからだ。
と言うことは入ってきたヤツは紛れもなく……
指令室正面の壁面モニターに内部の様子が映し出される。
そこには白色の流体ハッチの中央付近に小さな真っ黒な穴が開いており、その穴が段々と広がって行く様子が映し出される。
開いた穴の先は外の星の光が見えていることから光学迷彩を作動させた「何かが」ハッチを通り抜けている最中と思われる。
「た、タラップに人影が!」
そのドック内にあるタラップには見た事が無いカプセル一台とその隣に場違いな燕尾服を着た見知らぬ女性が立っていた。
ドッグ内中央付近から黄色い光が発せられカプセルと女性に浴びせられると引き寄せられるように浮かび上がりドック中央へと向かって行く、が途中で姿が消えてしまい、光も止んでしまう。
今度は丁度通常の探索艦と同じ大きさまで広がっていた流体ハッチの穴が段々と狭まっていき、最終的に閉じてしまう。
「再度重力震を感知……かなりの勢いで遠ざかって行きます……あ、どうやら跳躍したようです」
「各班長は報告」
報告とは、今見たモノを見た事がある、又は知っている者はいるか、との意味。
基地の中に「いる者」や「ある物」を、エリアマスターが全てを把握出来ないのは当然の事。
代わりに部下である班長達は受け持ちの範囲内は網羅しているので誰かしらが知っている筈。
さらに気になったり気付いた事があったら早めの情報共有をしておけばリスクを減らせる、といった意味合いが含まれている。
と、大層な言い回しだが本当のところは「自分は知らないから知ってたら教えて」と素直に言えないから威厳ぶって言っているだけ。
「「「…………」」」
誰も返事をしない。
「なんと誰も知らんのか……さてどうしたものかの」
残るは内部エリア関連しかない。
「長」との約束は未だに有効。
ローナも「何もするな」と言ったまま去って行った。
さらに今の騒動では精神的ダメージ以外、自分達が何かしらの損害を被ったワケではない。
ただ先日の様な事態だけは避けたいのでチェックだけはしておこう。
「どこから現れた?」
探索艦? では無く内部、つまり女性とカプセルのこと。
艦が何処から来たなどを聞いても、相手が教えてくれない限り誰にも知る術はない。
「出現点はR-78番の転送装置です」
転送装置や使用記録には異常が見当たらなかったので報告のみとし、通過時や今の現場の様子の映像は出していない。
「以後使用禁止とする」
「調査及び隔離は?」
「監視のみで放置。それとアンドロイドは撤収、艦は作業再開」
「了解!」
監視のみとしたのは、調査や封鎖する事により「長」との関係を悪化させるのだけは避けたかったから。
不可思議な事態に、どう考えたらよいか悩むアトラスであった。
少々忙しいので修正作業、及び「ホラー作品」は中断しております。
次回は今月中に投稿するつもりです。




