エマの願い……
今話は一応、三度目? の山場の位置付けです。
予定ではあと一回、山場があります。
・・・・・・
……お姉ちゃん
……お姉ちゃん
誰かが私を呼んでいる……気がする
目を開ける。
真上には木材で覆われた天井が。
どうやら舞台の丁度中央で横になっているようだ。
手に温もりを感じたので左右に目を向ける。
すると右には手を握っているランとエリー。
左には手を握っているノア、そして菜奈と菜緒の姿がボヤけて見えた。
皆、目が開くのを見てホッとした表情へと変わってゆく。
「あれ? ノア戻って来てたの?」
「……うん」
険しい表情で頷く。
初めての時みたいに泣き顔にはなっていないが、とても複雑な顔つきに見える。
「ウチが呼んできたんよ」
さらに連れてきてくれたマリの声が離れた位置? から聞こえた。
そんな顔しなさんなって。
私もそうだがノアもそろそろ慣れた頃合いでしょ?
「どのくらい寝てた?」
「三十分くらいです」
反対側から声が掛かる。
見ると対照的に笑顔のランの姿が。
こんな時は慌てふためいていそうだが、今の彼女にそんな素振りは全く見られない。
多分エリーを始め、先輩達が落ち着いて対応していたのを見て、慌てる状態では無いと分かったのだろう。
その先輩達だが、二十三歳組は肝が据わっているのか全く慌てている素振りは見られない。
多分特に生まれてからずっと一緒にいる、実姉であるエリーがこんな状況でも普段と変わらない和やかな平常心、といった表情で座っているので、切迫した状況では無いのだろうと思えたのだろう。
「気分はどう〜?」
「すこぶる良い」
ランの隣から覗き込んでいる姉。
目を覚ましてからの第一声はエリーだった。
締まりのないキメ顔をして強がってみせる。
すると姉達だけ愛想笑いを返してくれた。
ここで誰かがおでこに手を当て前髪を捲るように撫でているのに気付く。
僅かに顔を動かすと金色の指が見えた。
「エリス?」
この場に金色の宇宙服を着ているのは一人しかいない。
もう一人、同色を着ているアリスは妹が適任と言っていたので、ここにいる理由がない。
名を呼ぶと頭上からキラキラ笑顔のエリスが至近距離で覗き込んでくる、と同時に頭が少し揺れたので彼女に膝枕をされていたと気付く。
「ん……」
彼女の髪が顔に当たりこそばゆくなり、自然と笑顔へと変わってゆく。
「悪くない笑顔だナ」
「そお?」
エリスの顔を見れて何故だかホッとした。
「アノ時、何を感じタ?」
今度は頬を撫でてきた。
とても愛おしそうに。
一瞬、間が開いた後、その問いに目を閉じて暫し考えてみた。
そしてある一つの思いに辿り着く。
「……昔……かな」
「…………」
目の前にある「目」を見てしっかりと答える。
やっとのことで辿り着いた答え。
その思いを聞いたエリスは見つめたまま何も言わない。
周りの者達は二人のやり取りを身じろぎ一つせず見守っている。
「エマ、コッチ向いて座れ」
握られた両手を離しゆっくりと起き上がる。
その際エリーと目が合ったので口元を緩ますだけの笑顔を送る。
そして正座をしエリスと向き合う。
無言で差し出される金色の宇宙服に包まれた手。
同じ様に手を出すと掌を私の手の甲にそっと重ねてきた。
するとエリスの手の感触が伝わってくる。
それと共にとても静かな、まるで波紋が全くない水面の如く静まり返った状態の心情も伝わってくる。
その状態に自らの心を合わせてゆく。
そのまま二人同時に目を瞑ると呼吸も最小に集中したまま動かなくなった。
固唾を飲む音がした。
それは舞台の外から見守る四人が発する音だった。
「「「!」」」
全員の視線が掌の上に集まる。
その視線の先には先日のエリーと同じで極小、だがそれと比べると何倍も明るい「光の球」が出現したのだ。
「「「…………や、やったーーーー‼」」」
大歓声が巻き起こる。
と同時に成功を喜ぶ仲間達に二人は一瞬で揉みくちゃにされる。
勿論舞台の外にいた四人もシューズも脱がずに上がり込みその輪に参加していた。
舞台上はまるでお祭り騒ぎ。
まるで絶体絶命状態の試合で奇跡の大逆転を勝ち取ったといった風に。
年下組に覆い被られ、その上に年長組に乗られて、もう誰が誰だか分からないといったご様子。
皆にとってこの先の明るい展望が開けた瞬間なので無理もなかった。
場が笑顔で満たされる。
その一方で笑顔では無い三人がいた。
輪の中心で光の球から目を離すことが出来ずにいる二人。
成功した当の本人は「頭が真っ白」といった表情。
対面の少女はとっても驚いたといった表情。
さらにもう一人、輪に加わらなかった少女は複雑そうな顔。
「で……できちゃった……よ」
揉みくちゃにされ、体が右へ左へと揺さぶられるが、伸ばしている手の先の光の球は一向に消えず、寧ろ光を増してゆく。
「こりゃ……半端ないヨ」
先に我に返るエリス。
既に手は離れているが、先程から手を伸ばした状態のまま、暫く揺り動く光の球から目を離せずにいた。
その後、皆のお祭り騒ぎが一段落したところで光の球も霧散してしまう。
そこでテンションが一気に下がり落ち着きを取り戻す一同。
その様子を見て、キラキラ笑顔に戻したエリスが元気良く立ち上がり、四人を見て言った。
「よし、ここでの目標は達成したナ。次に行くゾ!」
「え? もう行くの?」
思わず声が出てしまった。
「ここは息抜きに使われた星なんダナ」
「息抜き? そうなの?」
「だから長居しても意味無いナ。次はビシバシと厳しく行くゾー」
「……ちょっと待って、くれ。その前に質問がある、ぞ」
その声で一瞬で静まりかえる。
見ると一人、輪に加わっていなかったノアがエリスに向けトコトコと歩み寄っていた。
「……エリス、よ」
その距離約1m。身長もほぼ同じの二人の少女。
金色の宇宙服を着た少女に若葉色の宇宙服を着た少女が詰め寄る。
「何カナ~?」
「……何故エマだけ気を失う、の?」
何かを言いかけるが止め、ノアではなくエリーに声を掛けた。
「今までに同じ現象が起きたことハあるかナ?」
「わ、私? 覚えている限りでは無いわね〜」
聞いた後もエリーから暫く目を外さない。
エリーに対して疑いの眼差しを向けている訳ではなく、何かを考えているような素振りにも見える。
そして僅かな間、思考した後にポツリと呟いた。
「ナラ~特別なんだろ、色々とナ」
「……何がどう特別なの、だ?」
「サア?」
「……三組とも条件は同じな筈、だぞ。なのに何故エマだけ気を失うの、だ? それと何故、椿やサラは特にエマを注視しているの、か?」
軽いノリ? で答えているエリスに対し、先生は真剣そのもの。
「…………多分だけド~宿命……じゃないのカナ~」
「……宿……命……とな?」
「椿はネ。サラは知らんケド」
それ以降、二人とも口を閉ざしてしまう。
と言うかエリスに他人の事を聞いても知らなければ答えようがないのは当たり前。
彼女からしてみれば本人に聞いてくれ、と思っているのかもしれない。
「他にイチャモン付けるヤツはおらんナ? 良し、次に移動するゾイ! 全員撤収準備ーー!」
合図と共に辺りが光に包まれる。
さらにゆっくりと舞台と外のモノリスが薄れていく。
薄れていく床を見て慌てて外に出て行くと、上空で待機していた艦達が、ここに降りてきた時と同じく円陣形で降下しているところであった。
(エマ~お疲れ様~)
行き成り脳内通信が届く。
(へ? アル?)
聴き慣れた陽気な声が聞こえてきた。
外見上寸分違わない艦の一つを見上げながら近付いて行く。
(上手くいったみたいだね~)
(当然でしょ! 楽勝よ!)
(そうなの~なら何で机を投げ飛ばしてたのかな~)
(うげ? アンタ見てたんかい?)
(見~て~た~だ~け~ってか)
繋がってなかったので油断してた。
そう言えばAエリア基地で似た様な状況があったっけ。
(そうなの? あっそう言えばやっと思い出したよ!)
(約束の事だよね~)
(そう。ゴメン正直忘れてたわ)
(そんなこったろうと思ってた~)
そうあの時、私にはエリ姉しかいなかった。
養育施設にいた大人は優しい人ばかり。
だが同年代、と言うか子供は一人もいなかった。
いやいるにはいたが「人間の子供」と呼べる者は周りに一人もいなかった。
成長し私達だけで外出するようになると世界が広がる。
見るもの聞くもの全てが新鮮だった。
街に行けば周りは人だらけ。
そこで楽しく行き交う人々。
見ていると自分達まで楽しくなった。
でも楽しかった反面、淋しくもあった。
特に自分達と同い歳くらいの家族連れを見掛けると、その姿を気付かぬうちに目で追っていた。
そんな時は必ず姉にバレる。
そして必ず抱きしめてくれた。
すると泣きたくなった心が癒されてゆく。
そこで気付いた。
パパでもママでも兄弟でも誰でもいい。
私達にも家族が欲しかったんだと。
そして外出を重ねる毎に、割り切りれる様になってゆく。
そんな贅沢を考えなくて済む様になってしまった。
いつの間にかその思いをしらずの内に心の片隅へと追いやっていたのだ。
だがある日、今まで触れてきたモノとは明らかに違う異質なモノに出会った。
それはAIなのだがどこか人間臭い温かみを感じられる変なヤツだった。
会うなり「私の為に何でもしてくれる」と冗談とも取れる変なことを言ってきた。
その変わったAIと会話をしたら、初めて街に繰り出した時の様に、随分と久方ぶりに心が軽くなるのを感じたのだ。
そして気付いたらお願いしていた。
──私達の家族になって、と
そんな私をアルは受け入れてくれたのだ。
何年も一緒にいると「それ」が当たり前になってゆく。
楽しかったこと。悲しかったこと。
苦楽を共にし、冗談を言い合い、喧嘩までしたことすら当たり前に流していたのだ。
そして今……やっと気付いた。
アルのお陰でここに辿り着けたのだと。
今では姉と同じくらい掛け替えのない大事な存在だと。
本来なら「ありがとう」と感謝の一言くらい言いたいところだが恥ずかしい今は止めておくことにする。
(だから改めてお願いする。私の家族になってくれる?)
(残念だけどその願いは却下されました~)
(……な、なして⁈)
(前の契約が未だに有効だから〜なのね〜)
(……あ、そう)
面倒くさいヤツ……って人の事言えないか!
(でもね〜だからと言って許すことは出来ないかな~)
(うぇ⁈)
(なので薄情者に軽蔑の眼差しを向けながら一言だけ伝えておきたいことがあります~)
(な、何?)
(クレアとのリンクが完全に途切れました~)
(く、クレア? と言う事は……)
(と言う事だ~)
(……どーゆーコト?)
(相変わらずの平常運転だね~。つまり~今までのイレギュラーな状態から本来の正常な形へと戻ったってコト~)
正常な形って?
(探索者の~繋りは誰と誰との間で~使われる技能かな~?)
(姉妹兄弟? ……え? なら?)
(その通り~)
(え? え? でもあのレイア、よね?)
(二人共決心したってコト~)
(決心って? でもあの時点ではまだ覚醒はしてなかったよね?)
(いえ〜す。実はねクレアに特別な餞別を渡しておいたんだな~)
(餞別っていつの間に? それってチョコのことでしょ? 私が楽しみに取っておいたヤツ)
(大正解~因みにエマが気持ちよさそうに寝てる間に贈呈しときました~)
(そう……それをレイアに使ったってことね。分かった)
(あれれ~期待してた反応とはちょっと違うような~)
(私もそれだけ大人になったってことよね)
(へーーーーーーーーそうなんだ。なら大人になった君に~もう一つ、特別な情報を教えてあげる~)
(?)
(ある人がね、ローナにこっぴどく叱られましたとさ~)
(…………はい? 誰が?)
(でも嬉しかったって~~会えて良かったとさ〜〜)
一体なんのこっちゃ? どこが特別なの?
ってゆーか、あたしゃローナに叱られまくりなんですけどーー!
(では〜ここからは真面目な話をするね〜。今のエマなら「桜」の思いを分かってあげられるよね〜? その上で教えてあげる〜。さっきノアが聞いていた疑問だけど〜)
(気を失うってヤツ?)
(そう〜それはね〜特にエマは「桜」の影響が色濃く出ているせいなんだな〜)
(影響って?)
(「思い」が重なる部分が多いって意味だよね〜)
(つまり?)
(ん~と、エマと〜桜は僅かだけど繋がっているよね〜)
(うん)
(と言う事は〜?)
(?)
(分からないか〜。なら「ドMの少女」が色々バラシてくれた内容を思い出してみ〜)
(アリス? 思い? 繋がり? ……………………あ! その影響で?)
あの時の話か!
ってゆーか、桜や椿だけでなくアリスまでシレッと使いこなしてるよね。
しかも私自身が身を持って体験してるし。
(そーゆーことだ〜)
(なら当初の予定通りでも問題なくない?)
(ノーーーー! 今の状態では間に合わないのでほぼ無理〜)
(足りない、ってことよね?)
(そだね〜。なのでこの件はエマが成長すればいずれは解決出来るんじゃないのかな~と)
(成程。アル、後でコッソリとノアにも教えてあげといて)
(エマのスリーサイズを~?)
(……色々と増し増しでね♡)
とここで菜緒の声が聞こえてきたので見ると、艦に乗り込もうとしていたエリスを呼び止めているところであった。
「エリスさん、ここはもう来ることは無い?」
「もう用はないナ。来ることも無いナ」
「エマ、ルーシー少尉には私から言っておくわね」
あ、やべー。またそっちを忘れるとこだったよ……
全員乗り込むとほぼ同時に浮き上がりゆっくりと上昇して行く。
成層圏を出たところで全艦同時に漆黒色の円錐型へと変わり、同時に跳躍、去っていった。
ルーシーがいる隣の惑星の首都となる都市。
一際高いタワーを中心に綺麗に区画分けされた街並みが広がっている。
だがまだ人口が少なく、行き交う人も疎らで見た目にも活気が感じられない。
その街並みの一画、政府関連施設に囲まれ、表通りからは隠れた位置に情報部専用施設があった。
塀に囲まれた然程は広くない敷地に何の変哲もない五階建てのビル。
見た目にはどこにでもある商業ビルにも見える。
だがこの建物はこの星系のあらゆる情報が集まる場所であり、星系AIとも直結しているとても重要な施設。
なので様々なセキュリティーが何重にも施されており、部外者がこの場所に足を向けただけでも即排除対象に認定、脳内チップ経由にて記憶の改ざんが行われる程の重要な場所。
また塀から建物に至るまで全てに迷彩が施され、その姿を正しく認識出来ない工夫がしてあり、至る所に光学迷彩を施された警備アンドロイドが配置されるほどの厳重な体制が敷かれてあるのだ。
その厳重に守られた敷地内の芝生の上には、横になって午後の昼寝を楽しんでいるルーシー少尉の姿があった。
彼女は帽子を深々と被り、両手はお腹の上で組み、微妙に足を開きながら寝ていた。
それはどう見ても居眠りしている様にしか見えないほどの無防備な状態。
そこへ空間モニターが開き一人の男性が急ぎの報告を入れてきた。
「ルーシー少佐、今通信が入りました」
「読み上げて」
目を開けずに即答する。
しかもエマ達と接していた時とは明らかに違う雰囲気で。
「はい……『任務は無事終了した。貴官を始めとする情報部の御助力には感謝を』とのこと」
「……御助力と? それは確かか? いやすまない。で、それは誰からのメッセージ?」
「えーーCエリア主任代理の方からですね」
「……あのシレッと話す澄まし顔の女か。成程……あの程度の会話で気付くのか。探索部にも情報部並みの観察眼を持ったヤツもいるのね」
まるで別人のような態度と話し方。
ただ部下? となる話し相手に変わった点が見られないので、情報部内では今の様子が「普通」と思われる。
「返答しますか?」
「そうね……『次回は是非クレア少佐と一緒に遊びに来てください。そのときは歓待致します』でいいわ」
「了解!」
ここで目を開けムクリと起き上がる。
「それと打ち合わせ通り、奴らが去ったら待機させていた連絡艦を出して」
「りょ、了解!」
「あ、もう一つ。行政担当官に制限解除の報も忘れずにね」
いくつかの指示を矢継ぎ早に出してから立ち上がると足早に建物へと向かって行った。
ルーシーの出番はここまでです。
もうお分かりだとは思いますが、彼女も本来は「特務課」所属の将校です。
Bエリアで事態が動き出したので急遽この星系に赴任してきたのでした。
本来であればこの時点でここには用が無くなり本部に戻る筈でしたが、以後「何故か」辞令が届かなかったのでこの辺鄙な星系担当として苦労して行くことになります。
まあそちらは(完結後、気力が残っていたら)文字にします。
因みに「大尉」までは各銀河や星系での現地担当。「少佐」以上は本部付きの扱いとなっております。
それとアルちゃんや、あまりネタバラするなって。謎は謎のままそっとしときなさいって。
これ以上風呂敷広げたら、今後の展開が大変でしょうに。
というわけで会話を強制終了させました……がこの「能力」は今後の展開に多少なりとも影響を及ぼすことになる……予定です。
*投稿日から数日は「修正」を行う可能性があります。予めご了承ください。
次回は5/30(日)までには投稿します。




